第3話 ゲーム主人公への嫌がらせを中止しますの その3
***
目を覚ますと、メイド服に身を包んだ綺麗な人が顔を覗き込んでいた。彫りの深い緑色の瞳、ヨーロッパの人って感じの見た目。ヨーロッパ系の外国人って、英語の先生くらいしか会ったことないけど。
「お嬢様……良かった。ようやく目覚められたのですね」
彼女は瞳に涙を溜めている。心底ほっとしている顔だ。
(ここは……)
ふかふかのベッドに、それを覆う薄絹の天蓋、布に透けて見える大きな窓、細かい模様が敷き詰められた壁。天井にはイタリアン料理店のような絵が描かれている。
(何、この豪華な場所)
私はキョロキョロと辺りを見渡した。
(模試会場はどこ、さっきまで外にいたはずなのに、そもそもここ、日本じゃないよね。ならどこなのよ)
「マルガレーテ、具合はどうなんだい?」
メイドの後ろにもう一人、すらりとした体つきの男が立っていた。端正な顔立ちでどこか儚げな雰囲気をまとった、どこか見覚えのある人物
「は、はい。大丈夫、です」
しどろもどろに発するのは、日本語とは似ても似つかない言葉。声も全然違う。
「フェリクス様、お嬢様が倒れられたと聞いて、真っ先に駆けつけられたのですよ。やはり、ご心配なさっておいでなのですね。婚約者ですから」
とエルケー。
(あれ、なんでこの人の名前を知ってるんだろう。それにフェリクス……どこかで聞いたことがあるような)
もう一度男の顔を見る。
「あっ。そっくり」
傍にいた人物は、ゲームの登場人物の一人、フェリクス王子と瓜二つだったのだ。
(しかも、この人さっき、マルガレーテって言っていたような)
「あの、フェリクス、様。もう一度わたくしの名前を呼んで下さい」
「え、どうした? マルガレーテ」
「マルガレーテ!」
脇役だったから忘れかけていたが、その名前は王子の元婚約者であり、ゲームのライバル筆頭の名前。
「エルケー。鏡をちょうだい」
メイドが持って来た手鏡を覗き込むと、髪型こそ違うものの、明るい茶色の髪にオレンジの瞳、気の強そうな顔立ち、ゲームのマルガレーテそのものだ。そして、目の前にいる男に婚約破棄を宣言された後、部屋に戻ってベッドに頭を打って寝込んだことを思い出す。
確かゲームにも、主人公に興味を持った王子が元婚約者のマルガレーテを振って、怒った彼女が学園のパーティーに乗じて、主人公を密室に閉じ込めて殺そうと画策したシーンがあったはず。
(もしかしてこれって、かの有名な悪役令嬢に転生ってやつなんじゃ……)
頭がこんがらがってきたので、深呼吸をしてもう一度状況を整理し直してみる。
私はもはや、高校生の高木まゆ子ではない。まゆ子としての人生は車にはねられたことで終わりを告げ、なぜか当時プレイしていた『妖精と悪魔(フェウントイフェル)』の世界の、しかも悪役令嬢役・マルガレーテとして生まれ変わった。
そして、頭を打って寝込んだことにより、前世である高木まゆ子としての記憶、そしてゲームをプレイしていた時の知識が蘇ってきた。
それなら自分の顔がマルガレーテに似ていることも、王子の生き写しがいることにも説明がつく。とはいえ、ゲームの主人公みたいな人ってこの世界に……居たわ。
平民出身の生徒で、しかもレディとはかけ離れた姿をしていながら王子を誘惑した、ヨハナ・ザッハー。確か、主人公のデフォルト名だった気がする。すぐに名前を変更したから自信ないけど。
(まずい、まずい、超ヤバいって)
私は慌てて起き上がる。外は夕暮れ。今日は何日かと尋ねると、丁度パーティーの日付が返ってきた。マルガレーテとしての記憶と前世の知識を照らし合わせて考えると、タイミングとしてはヨハナの暗殺を命じた直後ってところかな。だったら今すぐに中止させないと、大変なことになってしまう。
「あの、フェリクス様、一つお願いがあるのですが」
「何だい?」
ああ、小首を傾げる姿もなまめかしくて素敵。等と言っている場合ではない。
「わたくし、体調が優れなくて。申し訳ないのですがパーティーは欠席させていただこうと思っているのですが」
「なら、僕から学校に伝えておこう。もとよりそのつもりだったからね。今宵はゆっくり休むと良い」
少し憂いを帯びた笑みを浮かべて彼は去っていく。ゲームではあまり見なかった表情。
(王子様、なんだかつまらなさそう。表情も硬い感じがしたし)
マルガレーテからはこんな風に見えていたんだなあ、としみじみ思う。だが、そんなことを考えている場合ではない。
「エルケー、急いで出かける支度をするわよ」
「お嬢様!? 本日は学園をお休みすると仰ったばかりじゃないですか」
「他にすることはあるの。セバスティアンも呼んできて」
「か、かしこまりました」
メイドはすぐに着替えを準備して、執事を呼びに行く。その間に私は髪をとかし、化粧を始めようとして、道具箱を開けた。どの粉を顔のどの部分に塗ればいいのか分からないことに気がつく。いつも誰かにやって貰っていたのだ。
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