第2話 ゲーム主人公への嫌がらせを中止しますの その2

   ***


「だから頼む、殺してくれ……僕に痛みを教えてくれた、君にならできるはずだ」

「私は確かに復讐を望んだ。貴様の死を渇望してきた。だが、こんな形を望んだ訳では無い! あまりにも……時が経ちすぎたのだ」

「まだ遅くはない。これ以上悲劇が繰り返される前に……早く、僕を」

「うっ、ぐっ、あああああああああああ」


 鳴り響く銃声、声にならない叫び、血を流して倒れる、金髪の美麗な青年。苦悶に歪む精悍な顔の女主人公。


「ああ、またバッドエンドだ……。どこで選択肢を間違えちゃったのかな」


 私はスマホの画面に落ちた涙をモコモコしたパジャマの袖で拭う。そして、飲んだことのないヤケ酒をあおるような気分で、チキンナゲットを一つ、口の中に放り込んだ。スチルを回収すると、もう一度最初からやり直し。勉強机の上に置いてある過去問には、未だ手をつけられていない。


 数日前のこと、受験期真っ只中の私に友達のミキが、「色々ヤバいから」と言って、あるファンタジー系乙女ゲームを勧めてきた。それが『妖精と悪魔(フェウントイフェル)』。


 ロートウェル王国の国王軍に故郷の村を滅ぼされた女主人公は、命からがら逃げ延びて、裏家業のボスのところに身を寄せた。散々しごかれた末に強く成長した彼女は戦争で命尽きてしまったボスから、形見として王立学園の入学願書を受け取る。「そこで復讐を果たし、国を変えるのだ」という遺言と共に。


 彼女は死に物狂いで勉学に励んだ末に合格を勝ち取るも、平民出身だからという理由で前途多難な学園生活を送ることに。そんな中、主人公は学園内に憎き国王の息子がいることを知った。復讐心に燃えて暗殺を企てるが失敗。


 それどころか、王子がドMだったために「もっと、僕に殺意を向けて欲しい、むしろ君を妃に迎えて毎日銃口を向け続けて欲しい!」という具合に結婚を申し込まれてしまう……というストーリーだ。


 その後に魔王の森を訪れたり、弟分と夏祭りに行ったりと、恋に復讐に忙しい学園生活が始まる訳だが、とにかく私は、ミキ曰く「乙女ゲームらしからぬ設定」というこのゲームにドハマリしてしまったのだ。


 このゲームと出会ってからは、全てのルートを攻略しようと模索する日々。しかし、どうしても王子ルートのハッピーエンドに行きつかなかった。友達に教えて貰って一度クリアはしたものの、もう一度攻略してみようとすると上手くいかない。いつも主人公と王子が敵同士として対峙する「殺し愛」ルートに入ってしまう。


 見た目も(ドMな部分を除けば)性格も一番の好みなので、なんとしてもハッピーエンドに辿り着きたいのに。


「どうして……。まあ、このエンドも結構好きだけどさ」


 時計を見るともう夜中の1時。そろそろ過去問をやらないとヤバい。明日は模試だ。急いで机に向かうと、スマホが鳴る。友達からのメッセージだ。


「フェウント、追加ルート解禁されるって!」


 というメッセージの下に公式サイトのURLが貼られている。


「ミーキー。自分は推薦で進路が決まってるからって」


 友達のアイコンを睨み付ける。とはいえ、肝心のアイコンはゲームの攻略対象である魔王・ベルンハルトだったのですぐに顔が緩んでしまった。


「はあ、やっぱり魔王様の髪の毛つやつや、お肌すべすべ、ふつくしい」


 ため息をつきながら公式サイトを開くと、新ルートの配信は2ヶ月後で、攻略対象は既存のキャラらしいということが分かった。


「楽しみだな~新ルート。でも課金しなきゃいけないんだ……」


 お小遣いで十分出せる値段だけど、散財が激しいのでなかなか貯まらないんだな、これが。今日も塾帰りにチキンナゲット買っちゃったし。


 そう、私が愛すべきチキンナゲットは、1960年代に農業科学者のロバート・C・ベイカー氏が大学の研究室で開発したと言われている。当時のアメリカは脂肪分の多い食事は健康に悪いからという理由で、比較的カロリーの低い鶏肉が推奨されていた。


 しかし、その頃はチキン料理のバリエーションが少なく、ずっと食べていると飽きる食品として敬遠されていた。それをどうにかするために開発されたのがこの料理。つまり、元々チキンナゲットは健康食品として開発され、広まってきたローカロリー食! だからいくら食べても大丈夫……なはず、きっと。


 と、言い聞かせながらもう一つ頬張る。手軽でチープでジューシーで、マスタードのぴりっとした辛さと相性抜群なところがたまらん。けど、こればかり買っていたら課金するお金がなくなる訳で。


「頑張ろ。節約も、勉強も」


 ようやく私は机に向かって過去問に取りかかった。


 けれど、ついぞ新ルートを攻略することは無かった。模試当日は、台風が近づいていて、警報が出ていないのに雨も風も激しい日だった。ほとんど眠れていなかった私は、ボーッとしていて、勢いよく曲がろうとする車に気がつかなかったのだ。


 強い衝撃、身を引き裂かれるような、感じたことのない痛み。それ以降の記憶は無い……。


 救急車のサイレンが鳴っていたような気がする。

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