第一章 渡り鳥と少女

① 出会い リオン・ラッド

 勇者の紋章。それは世界の救世主である証。

 そして今はこの世界に存在している"呪いの子"を管理する最高司祭の一族。「トワイライトの一族」にしか現れない神紋。


 その紋章が「トワイライトの一族」でもない私の胸元に浮かんでいるのは、なにかの間違いだと思いたかった。


 そんな彼女は今、大きな黒塗りの魔動四輪車まどうよんりんしゃ、フリグに乗せられ、山道の木々を眺めている。


「リオン。私の話を聞いていましたか?」

「……」


 リオンが返事をしないのは当たり前だ。

 この二人は昨日、四六時中大喧嘩をしたばかりだったからだ。


 しかしそう思っているのはリオンだけだろう。正面の司祭服を着ているこの男は、昨日の彼女のことなど忘れているのか、いつも通りの態度、表情でリオンに話しかけてくる。


「リオン、リオンさーん?リオンちゃん、リオン・ラッド!」


 騒がしいのでリオンは目線だけこの男、ルカロスに向ける。


 そこには夜の光を顕現させた尊顔が月を閉じ込めたような瞳でリオンを優しく見つめている。

 

 誰かがこの男を「一縷いちるの光」を擬人化するとこんな姿になるのではと、言っていた気がする。 

 「一縷の光」とは、どんなに絶望的な状況だろうが微かな希望は存在する。と言う意味でその言葉通り、一見穏やかに見えるが、性格は極度の鋼メンタルだ。


 つまり昨日の喧嘩について、全く気にしてないのではコイツ。


 そう考えるとリオンは同時に苛立ちを感じはじめていた。


「あんたなんか知らないもん。名前も知らない。もう絶交だって昨日言ったじゃない」


 リオンは嫌嫌に「怒ってます」とルカロスにアピールするために、昨日感情任せに発した「絶交」の言葉をもう一度浴びせた。

 この言葉を放ったせいで、ルカロスは帰宅の時間でもないのにスタスタと一直線に帰っていったので少し言い過ぎたかな、と心配していたのに…!

 悩みに悩んだ眠れない夜を返してほしい。


 すると「あっそう言えば喧嘩してましたね君達。フフフ」と運転席から聞こえてきた。よし、あの運転手、後でぶん殴る。


 そんな心中のリオンに気がついたのか、ルカロスは慌てた様子で説明する。


「ですが…もう決まったことだと説明しました。今更不貞腐れても私の権力ではどうしょうもないと」

「嘘つけ。"あの家"のクソガキ共の中で一番実権握ってるくせに」

「クソガキ共って…私の兄弟姉妹、従兄弟いとこ再従姉妹はとこにそんなこと言わないでくださいよ。…まぁ彼らが貴方にしたことは、た、し、か、に、…クソガキですけどね」


 後半黒いオーラを放つルカロスの怒気はフリグ内に冷気として発せられたようで、運転手は「ヒィッ」と間抜けな声を出してそれ以降、何も話さなかった。


 しかしそれでリオンの気が晴れる訳がない。それよりももっと弱々しい声で呟いた。


「なら、わかってよ。に戻ったら、私、何されるかわかんないんだよ?」


 そう言いながらリオンは頭を下げる両手で胸元を抑える。その手は微かに震えており、ルカロスは自身の兄弟たちが小さい彼女に何をしたのかを痛感させる。


ー彼女を守る。それはルカロスの最大限の謝罪であり、天命でもあるのだ。


 ルカロスは下を向いて震えているリオンの両頬をそっと持ち上げる。その顔は歪みに歪み、今にも涙が溢れ出しそうだ。

 いつもの余裕のある自信家な表情は一切ない。


ルカロスはようやく、彼女が泣き顔を見せまいと顔をそらし続けていたことに気づく。

 だからこそ、彼女にをかけてあげなければ。

 

「リオン大丈夫。私は貴方の味方です。で貴方になにかする人が現れたのなら私が全精力で吹き飛ばします。自信を保ってください。貴方には最強の味方がここにいるのですから」


 その言葉はいつもリオンを強くする。気付けばリオンの涙は流れることなくは引っ込み、震えも止まっていた。


「本当?」

「本当の本当です」

「私達、友達?」

「はい、友達という名の大親友です」

「…絶交とか言ってごめんなさい」

「大丈夫です。私はあなたに後千回『絶交だ!』と言われても許します」

「…千一回目が言われたら?」

「千回も言われたので千一回目も華麗にスルーします。だから」


 そんなやり取りを十回くらいして、ルカロスは丁寧な動作で頭を下げる。


「…貴方を私を、許してください。」


 その声には申し訳なさと息苦しさの両方を孕んで、目の前の少女に発せられた。


ー主よ、まだ幼い彼女をお守りください。


 ルカロスはそう神様に願った。


       ****


聖域都市せいいきとし『ピオネーリア』


 快晴のため、この大都会の街並みがよく映える。


 経済けいざいの発展の象徴しょうちょうである高層ビルや、女性向けのお洒落しゃれな店舗が並ぶ中に、レンガ層の住宅街、王政時代おうせいじだいの全盛期に建てられた古城、その王家達が残した歴史的聖遺物せいいぶつや建築物など昔の街並みを残している。


 そこには、今の時代でも剣と魔法の才を磨く”人間にんげん”と、動物の体の一部と能力を持つ“亜人あじん”と殆ど動物だが高い頭脳を持つ”獣人じゅうじん”の人型族ひとがたぞく

 自然界の草木の手助けをし、人型族の私物を借り暮らしする悪戯好きの妖精族ようせいぞくなど、多種多様たしゅたような彼らが助けあいながらも平和に暮らしていた。


 その大都会の中心に豪華絢爛ごうかけんらんそびえる。

『ピオネーリア・トワイライト大聖堂』。


 あの『トワイライトの一族』によって建てられた。この世界に9しか存在しない“呪いの子”の保護機関でもある。


 その大聖堂の門の前に、黒塗りの高級フリグが停まる。

そこから、黒い司祭服の麗しい美男と儚げな雰囲気を持つ美少女が降りてきた。


 男は金色の月を閉じ込めたような瞳、弧を描く唇、整えられた夜の帳の様な黒髪は太陽の光を纏い、星空の様に輝いている。

 包容を感じさせる、若く神様の彫刻の様に整った顔立ちと長身は、門の周りの花壇に隠れていた妖精族が顔を覗かせるほどに目立つ。


 しかし横にいる少女も彼に劣らない天使の様な顔立ちをもつ。男より小柄な小動物なみの愛らしさは、庇護欲を引き立たせるほど可憐な容姿だが、長いまつ毛に縁取られた薄緑の瞳には強い意志が宿っている。

 セミロングに整えられた白銀の毛先はふわりとカーブされ、そこから覗かせる桃色のインナーカラーはさながら白鼠しろねずみの耳の様だ。

 少女は男の様な司祭服ではなく、女の子らしい白ワンピースに赤いスニーカー。一般家庭の年頃の娘の様で豪華さはない。


 男の名は、ルカロス・トワイライト。

 少女の名は、リオン・ラッド。


 今日からこの大聖堂の一室に生活する「トワイライトの紋章」保持者の二人であった。


「『トワイライト』の御二方!本日はお忙しい中、来ていただきありがとうございます。ルカロス様はお久しぶりです」


 門から、燕尾服えんびふくの執事風の初老が歓迎する。名はジェム。後半の言動からルカロスとは知人の様だ。

 二人のトランクを持っているため、歓迎と荷物運び、そして案内を任されている様で、二人の前を歩いて「ついてきてください。”例のお二人”のいるお部屋までご案内します」と大聖堂の隣にある庭園の建物に向かう。

 それは最近建てられたような雰囲気を醸し出して二人を歓迎しているようだった。


「ここが私たちが暮らす聖天塔だよ。」とルカロスが耳打ちする。続けてジェムが建物とここでの生活を説明する。


「ここ、聖天塔には生活に必要な施設や娯楽が揃っております。夏はプール、秋は収穫祭、冬は聖夜で人も多く来ますよ。今は丁度、桜を楽しむ季節ですね。」


 聖天塔に入り「桜?」とルカロスが驚く。「ここに桜なんてありましたか?」

 どうやら、桜があることはルカロスは知らなかった様である。珍しく驚いたルカロスが面白かったのか「ハハっ」と声を出しながら疑問に答える。


「ルカロス様が知らないのは当然です。東洋出身の子がいましてね。あの子の故郷の話を聞くと『桜が見たい』と言い出す職員が増えて、今も『オハナミ』を楽しむ参拝客と若者がいますよ。私はソメイヨシノが気になりますね」

「ソメイヨシノとは?」

「桜の種類のひとつです。これが面白くて、挿し木や接ぎ木で株を増やすそうですよ。自然なのに自然繁殖できないクローンの様な桜だと」


 興味深いです。と話しているうちに“例の部屋”についた様で、白い扉の前に足を止める。


「ここでお待ちしています。様?入りますよ?」


 ジェムがノックをする。応答はない。


「センバ様?」


 ガチャ。ジェムがドアノブを捻り扉を開ける、そこには




巨大な緋色ひいろの両翼が部屋を埋め尽くしていた。




「!?」

 その両翼から伸びる羽根は、虹色に輝く光りを帯びており、まるで太陽に抱かれているかの様に3人を包み込む

 幻想的なびっくり箱に、開いた口が塞がらない。


「センバ様!?翼が!翼がはみ出過ぎています!」


 最初に口を開いたのはジェム。どうやらこの状況を作り出した子と7年間過ごしてはいたが、この様なことになっているのは初めての様で驚きを隠せていない。だが、怖がっている様子は無い。

 ジェムの声に反応して、部屋の内側から慌てた男性の声が聞こえてきた。


「ごめんなさいジェムさん!なんか出てきて!しまって!」

「おちついて!落ち着いて!同室のマリーナ様は大丈夫ですか!?」

「あっそのことなんですが、なんか急に『乾いた』と言って、部屋をあとに」

「なんでぇ!?」


 羽根の半分が仕舞われ、リオンとルカロスの体が自由になる頃にはジェムは敬語を忘れて叫んでいた。


 ジェムのその様に両翼の主は落ち着いた様で、緋色の翼に隠れていた一人の青少年の影を捉えられる程短くなった。意外に長身らしい。


ー伸縮性なのかそれ。


「君が、例の、不死鳥フェニックスの?」


「は、はい、はじめまして。ルカロス最小年最高司祭さいしょうねんさいこうしさい様!」

「長い長い長い、ルカロスでいいよ、これから一緒に過ごすんだから。翼ありがと。すごく綺麗だったよ」


ーあんな豪翼の持ち主なのに情けない声だ。


 これから共に暮らす同居人をリオンはそう印象付ける。一体どんな腰抜けが出てくるのかと、どんどん短くなる翼を赤い羽根まみれになった姿で見つめていた。



 これから自身のに出会うことになるとも知らずに。



 部屋の中にある豪華なテーブルと長椅子が出てくる頃には、姿ははっきり見え、


 とくり、とリオンの胸を弾ませる。


 同い年に見えた。年は十六、七歳くらいだろう。

 翼と同色の少しはねた緋色ひいろの髪、翡翠かわせみ色の瞳は子供の様に爛々と輝いているが、大人の持つ穏やかさも兼ね備えた若者の顔。


 細いが引き締まった体躯には白いシャツに、黒いズボン。茶色のブーツ。そこからはみ出る健康的な肌からは先ほどの緋色の羽根が両腕、両頬に生え、背に翼を広げていた。

 この姿を見た者は、全員彼を亜人あじんと判断するだろう。


 天井から張り付いていた赤い羽根がヒラヒラと男の前に舞い降りる。

 その頃には、部屋全体に広がっていた太陽の翼は消えていた。


 すると目の前の男の姿が変わた。

 緋色ひいろの髪は烏羽からすばに、

 翡翠カワセミ色の瞳は黒曜に、

 両腕、両頬に生えていた羽根は、肌に吸い込まれる様に消えていった。


 幼い。

 先ほどの様な神秘的な天使の様な姿はなく、東洋人の少年がリオンを見つめていた。

 人間になっている。

 ああ、この子がなんだ。


  

 この世界の”呪いの子“の別名。少なくとも『トワイライトの一族』は彼ら九名をそう呼ぶ。

 「災害九悪獣」はをかけられたのだから。

 

 「災害九悪獣」の呪い。

 生まれ変わる度に、能力とステータスをそのまま持ってくることが出来る呪い。

 しかし記憶は復活することはなく、人格は「災害九悪獣」の幹部とは別人だ。彼ら曰く、たまに夢を見る様に思い出すこともあるが朧げでまったく記憶に残らないとのこと。

 しかし、この呪いの厄介な所は

 問題は、


 昔、その呪いの存在を知った、ピオネーリアの国王は、『転生者』を斬死刑に処した。そこから阿鼻叫喚の時代が始まったといっても過言ではない。

 『転生者』が斬死刑で死んだ後、国はお祭り騒ぎだ。子供達は歌い、王族はパレードで踊りだし、国の植物という植物が枯れる。


 国の植物という植物が枯れてゆく。


 国中の笑い声が止まった。しかし、呪いが進行していることに気づく者はどこにもいなかった。


 ピオネーリアの妖精達が囁いた。

「殺した」「殺しちゃった」「馬鹿だ」「馬鹿な王様だ」

「なんであいつらが『災害』って言われていたのか知らないの?」

「馬鹿だから知らないよね」「教えても無駄だろうね」

「これからこの国は死ぬよね」

「食べ物がなくなって死ぬわね」

「体が干からびて死ぬよね」

「冬を越せなくなって死んじゃうね」

「死ぬ」「死ぬ」「死ぬ」「死ぬ」「死」「ぬ」「死」「ぬ」「死」「ぬ」


 かくして、ピオネーリアの王政は不死鳥フェニックスの転生者が死んで十日で滅んだ。


 『転生者』が老衰、病死以外の死を迎えると、彼らの周りの土地にが降り注ぐのだと理解するには3年もの時間がかかった。


 勇者が彼らをなんの代償もなく殺せたのは、神の加護があったからだ。

「トワイライトの一族」にはない。『慈愛の加護』が、あったからだ。


 リオンは、「トワイライトの一族」ではない。

 他の「トワイライトの一族」達はリオンを妾の子と思っている。

 しかしルカロスは昔、こう言っていた。


『君は、もしかしたらの末裔かもしれない』、と


 この美しい生き物を私が殺す。

 この美しい生き物を私は殺せる。

 この美しい生き物を私が殺せる?

 むりだ、できない、絶対に、


 なぜならリオンは堕ちてしまっている。


 この人の形をした『災害』に、自覚のない恋をしてしまている。


「はじめまして」


「僕の名前はセンバ・ユーノミヤ。君の名前は?」


 リオンの初恋の相手、センバは太陽の様な笑顔でそう言った。

 

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