さようなら、初恋の人
「もう一度言うね、光。あなたが好き。あたし岩清水怜は、比山光のことが好きなんです。どうしようもないくらいに」
そういつも見せてた笑顔で俺に告げると、怜の体はさらに薄く透けていく存在感と共に、そこに怜がいるという実感と共に薄くなっていく
「嘘だろ? やっぱりこれって……」
「そうみたい。あたしは高校生活、十分満喫できたんだ。この一ヶ月、やり残してたことも全部できたみたい。それにあのデートからわかってた気がす る。覚えてはないけどさ、あたしは死ぬ前に多分思ったんだよ。こうやって本当に好きな人見つけて、恋とかしてみたかったって」
「でも……っ! 俺はお前を!」
「ほらあたしさ、青春とは無縁だったって言ったでしょ? ガリ勉だしさ。こうやって告白みたいなこともしたことなかったんだ。本能的にわかる。叶わ なかった恋でもあたしは満たされて成仏できる」
なんで、なんで怜が消えなければならないんだろう。
今になって苦しくなってくる。あの踏切さえなければ彼女は今も、俺に出会わなくともきっと幸せに過ごすことができたんだ。
ただモノを憎んでもしょうがない。怜は死んだのはあくまで事故だ。
恨む相手すらいないことがこんなに苦しいなんて、思わなかった。
「でも、まだ一ヶ月だ……! まだ、俺はっ!」
成仏させるために動いていたのに、なんでこんなに辛いんだ。
彼女の諦めにも似た感情が、本当に俺は、俺は、どうしようもなく辛い。
「いいんだよ。あたしはもう満足なんだ。こうやって想いを告げただけでさ。幽霊が生きている人間に恋だなんてばかばかしいね。映画じゃないんだから」
怜はこちらに表情を見せてくれない。噛みしめるように言葉を紡いでいる。
「ばかばかしくなんて……」
「光があたしを守ってくれた時、あたし本当に生きてるんじゃないかって思っちゃった。本当の恋人みたいになれないのかなって思ったよ」
顔を上げてきっと精一杯作ったであろう笑顔をこちらに向けて続ける。
「本当はさ、カップルコンテストの前に言おうと思ってたんだ。でもなんかいけない気がしたんだよね。抜け駆けみたいで……だからさ、振られるとは思ってなかったけど万が一振られたら、あたしと一緒にいることを選んでくれるのかなとか思っちゃったりして。だから本気で告白をしてもらったんだよ。えっへへ。ばかばかしいしズルいよね! あたしってさ幽霊みたいに陰湿で……」
そう笑いながら涙を浮かべる怜を見ていられなかった。
「そんなこと……俺は怜のことだって……」
「何も言わないで、君の青葉ちゃんへの気持ちは知ってるから……聞いたら辛いだけだよ。消えちゃうのにそんなもの持って行きたくない」
「違う!」
俺は頭で整理つかないまま、焦るように、口が動く通りに言葉を発した。
「俺は青葉が好きだった。それには変わらない。青葉がいなかったら俺は下手したらどうかするかもしれない」
「ほら……だから聞きたくないって」
「けど! 怜のことも大切だったんだ……今だからわかる! こうして怜が消えそうで俺の中のなにか一部みたいなのがこう……崩れ落ちるように感じるんだ。いなくなってほしくない。たった一ヶ月一緒に過ごしただけなのに、それがかけがえのない心の一部になってる。そう感じるんだよ! 怜、お前がいなくなったら俺は抜け殻になるかもしれない」
頭ではどう思っていたのかはこんがらがって複雑でわからない。
でも口がそう動くように言葉を発した。
自分の立ち位置とか関係なく、脊髄反射で、俺の思っていたことを伝える。
「だからまだ一緒にいよう、青葉が怜を知ってるならなおさらだ。一緒に高校生活を、できなかったことをやろう!」
そう言うと怜の表情がまた一変する。
今回もまた幽霊のものとは思えない人間のような悲しくもあり、今まで見せた激しい喜怒驚疑哀楽 どれでもない吹っ切れたような笑顔をこちらに向ける。それを見た俺はなぜか悲しくなっていた。
「あはは、急にどうしたのさ。さっきまではずっと黙ってたし、光らしくないよ。だいたいあたし幽霊なんだけど……ありがとう。本当にありがとう。嬉しい……けどね。あたし、やり残したこともうないみたいなんだ。ぜーーんぶこの一ヶ月にあたしの高校生活が詰まってた。とっっっっても楽しかった!」
今度は指で涙を拭いながら笑顔でこっちに語りかける。
笑顔の裏に悲しみが明らかに見えていた俺は消えゆく怜の体をその手を握ってどこにもいけないようにしてあげたかった。
笑わないでくれ、笑うときは一緒にいれるとなったときにしてくれ。
「で、でも! まだやってないことあるだろ? 夏休みだってまだなんだ!」
「ううん、そんなことないよ。ないけど……一つだけ心残りはある、かな」
その言葉に俺は脊髄反射で食いついた
「じゃあやろうそれを! じっくり計画練ってさ。ならまだ成仏しなくていいだろ!?」
「……君と、光とはさ……生きてる間に出会いたかったなぁ」
そう言うと怜は堪えぬぐいながらも眼に溜めていた大粒の涙を溢す
優しく、俺に涙を見せないようにしても彼女の瞳から涙は止まらない
「あぁ……あと五年だよ? 五年遅く生まれてたら光と同学年、この街のどこかで光と出会えたかもしれないのに、遅く生まれてなかったとしても生きていれば光と出会えたかもしれないのに……っ!」
そう悔やむように涙ながらに語る怜を俺を見つめることしかできなかった。
感情が伝播する。
どうにもできない運命じみたなにかが俺にそれをまざまざと見せつける。
またあの時のようにその手を握って逃げ出そうにも、もう透けてしまって握ってやることはできない。あの冷たい手をもう一度握ることは叶わない。
「青葉ちゃんとかとも一緒に遊んでみたかったよ。陸奥ちゃんや荒戸くんともお話してみたかったなぁ。あーあ、この踏切がなかったらなぁ……うっ……」
なんて無力なんだ。
こうして幽霊と向き合っていた非現実にどうすることもできない。
非現実的な日常から現実という壁を目の前に打ち立てられどうすることもできずに悲しみだけがこの空間を包む。
君は君の人生の主人公、そう俺に告げた目の前の悲劇のヒロインは、そうやって悲しき運命を背負い、その曖昧な存在感を薄めていく。
主人公なんて、いいものじゃない。俺は初めてそう思った。
五年早く生まれたら、この踏切がなかったら、俺は君に出会えたのだろうか。こんな別れを経験しなくて済んだのだろうか。
何に問いかけても虚しくて、距離が広がるのは止められない
「あぁごめんね……一つじゃなくなっちゃったね。それに光と出会えた大切な場所をなかったらいいなんてあた……」
「いいよ! もうそんなの! やろう! 青葉も陸奥も荒戸も、三人と俺たち二人あわせて五人で! 話でもゲーセンでも映画でもさ、いろいろ遊ぼう! だから……行かないでくれよ!」
泣きながら俺は手の届かないところに行ってしまいそうな怜を引き止めるように大きな声で呼びかけ、手を伸ばした。
怜もその手を取ろうとするが俺たちの手は交差する。
二人手をつないだあの時のような感覚を感じることはできない。もう修理された閉まらずの踏切はカランカランと音を立て俺と怜の間にこの世とあの世を切り離すように遮断機を下ろしていく
「あはは、しっかり直ってる。もうあたしみたいな人はいなくなるね。ありがとう光。いろいろ優しくしてくれて、最後まであたしは幸せ者だよ。でもさ、もうあたしはここにはいないものなんだ。じゃあね光、青葉ちゃんと仲良くね。消えてもあたしは側にいて、いや天国に行ってもあたしはそこから光たちを見守ってるから」
涙を飲んで、踏切の警報機に負けないように声を張って、怜は、彼女は最後に言葉を残そうとする。
やめろ、やめてくれ。
「あぁもっと言いたいことたくさんあるのにな……でも最後にこれだけ」
俺の目に彼女の最後の笑顔が映り込む。
「さようなら光……あたしの大好きな初恋の人」
瞳に涙を浮かべながら笑顔で怜はそう言う。
そして怜に駆けよろうとしたその瞬間、電車が高速で通過した。俺は目が離せず高速で過ぎていく電車の模様を見つめながら目の前から視線をそらせなかった。
そして完全に電車が過ぎ去ったあと俺の目の前にさっきまでいたはずの怜の姿はなかった。
「怜……どこだ? いるんだろ……? また俺を驚かせて……くっ!」
俺の後ろにも左右にも俺を驚かせて笑うあの怜の姿はなかったんだ。
「あぁ……あああああああああああああああああ!」
泣いてしまった。その場にしゃがみこみ、人通りがないことをいいことに大きな声で、五年前の事故を、怜がいなくなったことを、コンクリに拳をぶつけ、ひたすらに泣いた。
光という名前なんだから女々しくてもいいだろとそのときは免罪符のように思って泣いてしまっていた。心の中から落ちた欠片を、探していた。
こうしていればきっと彼女がまた俺を驚かせにくる。そう思っていた。
ただどんなに泣いても彼女が驚かしてくることはなかった。
これが、俺と岩清水怜の曖昧で嘘くさい本当の話だ
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