守れなかった約束
「ど、どういうことなんだよ! 怜!」
目の前の光景を理解できるはずがない。
目の前の少女が消えていく、曖昧な存在感が薄れていく……
「ありがとう光。いままで一緒にいてくれて、生きている頃に楽しめなかった高校生活を楽しめてあたし本当に……」
「どういうことだって聞いてるだろ!」
話を勝手に進める怜に俺は怒号をあげて問いただそうとする。
「あたし、楽しめるだけ楽しんだんだよ……もうここに未練もないみたい」?「だから、それだけじゃわかんないって!」
「あたしはね、こうやって人を想って、好きになって、その想いを伝えることって生前一回もしたことないんだ」
なんだそれ……なんだそれなんだそれ!
理解が追いつかない。なんでそんなことで消えることができるんだ。
「は……? だから? それでお前は、怜は成仏できちゃうのかよ……っ!」
「ははは、最後くらいちゃんとお話聞いてほしいな」
そう顔に貼り付けたような笑顔を見せながら怜は続ける。
「あたしね、光にさ、あたしの未練を晴らすことだけど付き合ってやるとか言われてちょっぴりドキッとしたんだ」
怜は震えながら話す。そうやって震えながらでも話す必要のある言葉は、怜を曖昧な存在として固定するために必要な力を持っているだろう。
ただやめてほしい。
それを吐き出したら、怜は消えてしまうんじゃないかって怖くなる。
「でもそこから光は本当にあたしのために動いてくれてあたしが生きている間にできなかったことをやろうと色々考えてくれた。まるで本当に付き合ってる恋人同士みたいな感覚にまでなったの。光に『怜』って呼ばれるだけで心がキューってなったの!」
いつも通りのように見えてそうじゃない怜に俺は何もできなかった。
怜の話を聞いてやるしかなかった。
「それにいろいろあって光を困らせちゃったけどさ、一つだけちゃんと謝らなきゃいけないことがあるんだ」
ここで割って入れる最善の言葉が全く頭に浮かばなかった
だからただ俺は黙るか心で呻く言葉でない何かを発するしかできない
「あのさ、あたしが幽霊で光に取り憑いてるっていうのは秘密にしようって約束、あったでしょ?」
「あ、あぁ。あったな……」
秘密にもならないあの約束。また、思い出を消費するつもりか?
「二人だけの秘密にしようって言ってたけど、その約束、守れなかったんだ」
「……えっ!? ……あ、いや、まさか!」
そんなこと全く知らなかった。正直ここまで知っていたことの方が少ない。
ただそんなことを言われると可能性があるのなんて一人しかいない。
事前に怜に会ってる人間、そして、彼女を理解している節を見せる人間。
もう、一人しかいないじゃないか
そういえばおかしかった。急に怜のことを理解したように陸奥を言いくるめていたんだから。
「そう、青葉ちゃんに会って話しちゃった」
耳を疑う事実だったがなんとなくわかっていたようでもあった。
いきなり怜のことを俺の従姉妹と言ったことにも合点がいく。
「光が新入生歓迎会の準備で疲れて寝てる時ね。あの子、光を心配してたんだ。だからいてもたってもいられなくなっちゃって」
ごめんねと頭を軽く下げて怜はまだ話を続ける。
「最初は青葉ちゃんもびっくりしてたんだ。でもさ、正直に説明したらさ、受け入れてくれたみたいなんだよ。あの子本当にいい子だよね」
知ってる。青葉は底なしに真面目でいい子というのは中学時代から知っていたことだ。その裏表のない人に優しい性格に俺は惚れていたから。
「でも君の想いは一切話してないから安心して。一つお願いしただけ」
「おね……がい……?」
「これから想いを告げられることがあったら勇気を出して想いを告げたそのことを真剣に考えてあげてって、あれ、こんな言い方だっけっかな、もっと濁したかも。忘れちゃった。あはは」
怜の作ったような乾いた笑いに反して背中にぞくっとするような震えが全身に走り目頭が熱くなるという言葉の感覚を初めて知った。俺は常に怜のために、怜の未練を晴らすために動いていたつもりだけど、一方で怜も幽霊のように俺の見えていないところで俺のために暗躍をしていたんだ。
「なんか青葉ちゃんと引き離されてるのもあたしのせいだったし、あたしのために光が困るのも見てられなかったんだ。それに光はあたしのためにずっと動いてくれたんだから今度は私の番って思って、あの子天然っぽいから受け流されないように真剣に考えてもらいたかった」
俺のためって……笑ってそういう怜の言葉にはなぜか悲しみがこもってる。
「いや、そんなの、俺はべつに……」
「それに光がずっとこのまま地味なまま終わるのも見てられなかったんだよ。光はすごい優しい人だから普通の幸せ、喜びくらいはあってもいいと思ったの。君は君の人生の主人公なんだから。もう人生が終わってるあたしなんかにその人生を使うべきじゃないよ」
その言葉には悲しみや、いろいろと重い何かが込められていた。
影というかなんというか存在感などが全体的に薄く消えゆく怜の体を俺は見つめながらも何も言葉をかけてやれることはできなかった。
消えていく怜の体。これが何をしているのか、俺には理解していたけど口にしたら本当になってしまう。
そんな恐ろしさから自分の中にあった確信めいた何かに蓋をし続ける。
「もう一度言うね、光。あなたが好き。あたし岩清水怜は、比山光のことが好きなんです。どうしようもないくらいに」
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