僕のヒロインになってほしい

「熊野……じゃない、青葉!」


 マイクを受け取り下のフロアのどこかにいる青葉を俺の声で呼ぶ。


「え、名前っ!?」


 会長も驚いている。そりゃそうだろ。

 内心ドキドキだ。声は裏返ってなかっただろうか、緊張でいっぱい。

 だってこんなことほとんどしたことかったから


「えっ!? は、はい!」


 すると座ってる生徒の中で急に呼び出され起立しながらも困惑している。サプライズ感満載ってのはいいけど、びっくりさせてなんか申し訳ないな。


「あ、あの……なんかごめんなさい」

「い、いえいえ、そんな私……」


 生徒会の人に渡されたマイクを手に二人ヘコヘコしあう。


 なんかもうコント見たいだ。だけどコントみたいに綺麗にオチをつけて終わらせるつもりもない。


 できれば違う意味で落ちて欲しい。


 そんな気分だ。我ながら格好をつけすぎて気色の悪い。


「えっと、あ、あの……っ!」


 固唾を飲んで見守る周りの生徒。俺も何かを言わなければとひたすら口を動かすも言葉が何も出てこない。


「……ぷはぁ、はははは、言葉にできねえや」


 息が漏れる。本当に言葉通り何も言えなくて笑える。

 でも喋らなきゃだから、緊張で張り詰めていく会場で、俺は喋り続ける。


「あ、あのさ、言葉にできないってどっかの詩とか歌にもあったけどさ、本当にできないことってあるんだな。本当にこんなんなったのは初めてだ」


 心臓が飛び出しそうだ。とにかく、思ってることを口にしなきゃ


「ははは、すげえなぁ高ぶりまくるとこんな気持ちになるんだな。俺は頭の中でいろんなものが渦巻いて、言葉にできねえなんだ この気持ち。感動して何も言えなくなって嗚咽がでるみたいに、この感情を言葉で表現するボキャブラリーを俺は持ってねえ」


 会場が静まる。緊張の糸が切れたように、俺も何言ってるかはよくわかってない。ついにトチ狂ったと でも思われたかもしれない。でも、喋り続ける。


 俺が言いたいことはそれじゃないと頭で言葉を手繰りながら、俺は今まで塞き止めてた青葉への想いを全て吐き出す。


「俺はっ! 青葉、お前、いや違うな。君のことが好きだ」


 ぐっと会場の意識が集中する。「好き」という言葉に反応しているんだ。

 ただ、これじゃ足りない。まだどこかに気持ちの欠片が残ってる。


「俺は光なんて名前だが基本クラスでは影だ。それに名前も女みたいだ。でも、コンプレックスだった女みたいな名前を、青葉はかっこいいって言ってくれた! それに、影の俺をなぜか見てくれてた。誰もが忘れるような脇役のことを覚えてくれて、いつも昼休みには二人で俺の席に笑顔で来て他愛もない話をしてさ、中学の時から俺はそんな生活が幸せだった。そんで高校でも離れたくなかった。人によっちゃ気持ち悪いとか言うかもしれないけどそれだけ好きだったんだ」


 うっわ理屈っぽいってかストーカー気質、俺は何を言ってんだろ。

 俺も俺もと吐き出されたい気持ちがいっぱい出てきた。


「でも俺はそんな幸せを一秒でも長く続けたかった。でも今はもう、自分が求めていた幸せを手放そうとしてる。でも俺は先に進みたい。俺は俺が好きな人に気持ちを伝えたい。目先の幸せを捨ててでも、俺は青葉に、こんな脇役でもまっすぐ見つめていてくれている青葉に気持ちを伝えたい……っ!」


 視界が狭まる。だけで頭の中では枝分かれのように考えがたくさん広がっていく。


 訳がわからない。どの枝分かれの先の言葉や感情なら青葉に想いを届けることができるんだろうか。


 ただ考えることにきっともう意味がない。どんなにまくし立ててもこの一言に勝る感情表現は俺には見つけられなかった。


「こんな名前でも俺は男だ。もう一度、男らしく言うよ。青葉、君が好きだ。君を好きな人が脇役なんてのは申し訳ない、だから!」


 ゴクリと唾を飲み込み、フゥと息を吐いて、伝える


「俺は主人公になるから、だから! 俺、僕のヒロインになってほしい」


 今の俺は舞台じゃ主役だ。主人公だ。そう強く心持ちを保って伝える。


 あぁ膝が笑ってる。多分誰かの心も笑ってるだろう。

 力を込めすぎたからかもしれない。スポットライトの光が暑い、汗が口に入りそう。


 手汗もびちゃびちゃ、マイク壊れてねえかな。静まり返る会場に熱気のこもった俺含めた会場のしっとりとした汗の匂い。


 五感が研ぎ澄まされていくが、もうその目にはマイクを持った青葉しか見えてなかった。

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