60話ー2 何彁の社
「おい、ちょっと待てよ!」
田中は走る佐藤の背中を必死に追いかけていた。ただでさえ足場が悪いというのに、手がぶれて携帯端末が揺れ、ライトの光が安定しない。
「田中! 絶対に私から離れないでよ! 少しでも離れたら、こいつらに取り殺されるわ!」
「だったら少しゆっくり……」
「悠長にしていたら、藍川君は殺されるわ! 急いで!」
藍川英司が消えてから、入れ替わるように周囲に子供の霊がわき出した。今まで町中で見かけたヤツ等とは違い、憎悪の表情を浮かべて奇声を発しながら近づいてくる。佐藤の瞳の力が無ければ、進む事も戻る事も出来ずに取り殺されていただろう。
「いったい何が起こっているんだ!?」
「知らないわよ。ただ、私たちはしてやられたって事だけは確かね。一瞬の瞬きの間を狙われて藍川君を連れ去られるとは思ってもいなかったわ」
「だったら、アイツを探さないと……」
「そんな時間は無い。ただ、この連れ去ったのが何彁の力だったら、この先の何彁の本体を消滅させることで助けられるかもしれない。だから急いでいるのよ。分かったら死ぬ気でついて来なさい。分かっていると思うけど、遅れたら置いていくからね」
田中は背後から迫る子供の霊を見て背筋を凍らせる。冗談じゃない、佐藤の力なしでこの数の霊を相手にする事などできっこない。つまり、少しでも佐藤と距離が開けば、自分の命はないという事だろう。まったく、喫煙者にはきつい話だ。
佐藤が切り開く道を抜け、開けた空間に出る。
「おいおい、何だよここ」
「八洞……でしょうね」
ライトの光が洞窟内を乱反射して地底湖の全容が顕わになる。その神秘的な光景に二人は目を奪われていた。
田中はハッとなり、ペットボトルを取り出して背後から迫る子供の霊に向けて聖水を振りまいた。ハラサシには効かなかったが、子供たちは嗚咽を漏らしながら田中達から距離を取る。
「何彁の本体ってのはどこにある?」
「たぶんアレよ」
佐藤は石橋の先にある小島の社を指さした。
「急ぐぞ」
二人は石橋を駆け抜けて社の前までやって来た。田中は石橋を渡り切る際に、左右の手すりに札を貼った。背後から迫る子供の数を考えれば、気休め程度の効果しかないだろうが、それでも多少の時間稼ぎにはなる。
「田中が開けて頂戴。絶対に中は見ないで」
「分かった」
佐藤の指示を受け、田中は観音開きの小さな扉を開ける。顔を背けて背後を見ると、さっそく結界が破られ子供の霊が小島になだれ込んできていた。
ああ、これで社の中身が何彁とは関係のない物だったなら、俺たちはお終いだな。そう心の中でヒヤヒヤしていたが、心配は杞憂に終わる。
「……ちゃんと何彁を認識できた。もう大丈夫よ」
田中が一瞬の瞬きをしたうちに子供の姿は跡形もなく消えていた。恐る恐る社の中を覗く。しかし、その社は石造りの空っぽの箱でしかなかった。
「この中には何があった?」
「初めから何もなかった。そういう事にしておきなさい」
きっとこれは佐藤の力に関連する助言なのだろう。ならば田中としては深堀する事はできない。迂闊な事を口走ったばかりに、何彁が再び存在する事になっても困る。
それよりも大切な事を思い出し、田中は周囲を見回す。
「あのガキはどこだ?」
「……もうこの場所は不思議な事が起こるような場所じゃなくなったはずよ。近くに居るとは思うのだけど」
しかし、藍川英司の姿はどこにも見えない。ただただ、水滴が水面に落ちる冷たい音が反響するだけだった。
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