59話 鍾乳洞


「なんだか寒くないですか?」


 僕達は土疼柊の部屋を抜け、八洞へと続く道を歩いていた。


 そこは鍾乳洞の洞窟だった。足場は非常に悪く、ライトの光で照らした先を観察しつつゆっくりと進む。


「外界と空気が入れ替わる事が無いからな。ほら、電気が止まってもしばらくは冷凍庫の中身がダメになる事は無いだろう? それと同じさ」


「その例え、田中以外の人には伝わらないと思うし、恥ずかしいからやめた方がいいわよ」


 佐藤が苦笑しつつ田中を窘める。初めはカップルか何かだと考えていた二人だが、話を聞くうちに二人は姉弟のような関係だと感じるようになってきた。


「あの……ここって何なんですかね?」


「あら、知りたいの?」


 僕が何の気なしに聞いた問いに佐藤が反応する。


「正直俺も気になる。羽廣神社で調べはついて居るんだろう?」


「田中まで……まあ、いいわ。分かっている事だけ話してあげる」


 ぴしゃり。天井から垂れる地下水が首元に当たり声を上げそうになる。そんな僕に構うことなく、佐藤は八洞について話始めた。


「八洞っていうのは、かつて国蒔市の鬼門に存在していた穴の事よ。飢饉に見舞われた折、口減らしの為に八人の子供を穴に埋めた事から始まった、生贄の儀式の場所。羽廣神社の羽廣は八洞が語源らしいわ」


「ハラサシも口減らしの話だったよな。同じ場所に似たような機能を持った話が二つあるのか?」


「確かにそうね。でも、元々は八洞が担っていた口減らしの儀式を、外からやってきたハラサシに肩代わりさせたのならどうかしら?」


「ほう。汚れ仕事をよそ者に押し付けたって事か?」


「そう。外から来た人間なら元々国蒔に住んでいた人たちにいくら恨まれても良いだろうって考えが当時の統治者にはあったのでしょうね。けれでもそれは昔の話。明治時代の末期あたりから近代的な農具や技術が入って来て、人口を管理しなければならないほどのひっ迫した状況ではなくなった。土疼柊という生贄の代わりを用いるようになったのはこの辺りからみたいね」


「明治というとおよそ百年前ぐらい前でしたっけ? あの置物の由縁は案外最近なんですね」


「ああ、あくまで八洞へ捧げるものを土疼柊にしたのが最近ってだけで、土疼柊自体はかなり昔からあるみたいよ。それこそ、この辺りの古墳からは土疼柊ににた土偶や埴輪も出土しているみたい。元々は土隠つちおぬって呼ばれていたものが土鬼つちおにと呼ばれるようになり、更に柊の葉を供えた事から柊の語源であるひいらぐが名前に組み込まれ、色々とごっちゃになった挙句、土疼柊という名前になったみたい。一体その起源はどこにあるのかしらね?」


 ただの地元出身の僕では土疼柊について知っている事は、せいぜい国蒔独自の縁起物という認識であり、ダルマや招き猫を飾るような感覚だ。


「ここからの話は私の予想も入っているから、話半分に聞いて頂戴。八洞に生贄を捧げる儀式にはしばらくの間、土疼柊が使われていた。八洞に居るという何彁もそれで鎮められていた。けれども八年前、本物の人間の子供を捧げてしまう事件が起こってしまった」


「……僕達の事を話していますか?」


 佐藤は僕の問いに否定も肯定もせず話を続けた。


「その事件は図らずも部分的に儀式の体裁を整えてしまっていた。しかし、土着の神は中途半端な儀式を許しはしなかった。こうして新たな生贄を求めて何彁は使いを放つ事になる」


「その使いってのが国蒔のいたるところに居る子供の霊か?」


「ええ、田中の言う通りよ。そして始めの生贄を捧げに来た子供達を標的に選んだ……これは始めの生贄の意向もあるんじゃないかしら?」


「ふん。指原真治の企みが読めてきたぜ。何らかの方法でその事実を知った指原真治は、標的とは別の人物がこの件に首を突っ込んで事故死させようとしたんじゃねぇのか?」


「事故死じゃなくてもっと確実な方法で生贄の対象を逸らさせようとしたんじゃないかしら? 何彁の意向のままに動く儀式の遂行者は子供の霊ばかりじゃない。その遂行者と指原真治が協力関係だったなら、なぜ指原真治が田中を国蒔に送り込んだかが分かるわ。田中は一度、その遂行者に襲われている訳だし」


「ッチ。ここに来てハラサシが絡んできやがるのか」


 ハラサシ。そういえばこの二人は美麻ちゃんの事をそう呼んでいた。


「ハラサシは何彁への生贄を捧げる役目を背負っていた。本来は指原家の女子がその役目を担うはずだけれども、他の家の人間に肩代わりさせる事もあったらしいわ」


「ああ、そういえば家弓の古文書に継承の儀だかで書いて有ったな。他の家の人間に役目を引き継がせる時は、土疼柊を使うなみたいな事だったか」


「羽廣神社の資料では、占いで次期ハラサシを選んでいたみたいね。ほぼ確実に指原家の人間が選ばれるように仕組まれていたみたいだけど、何かの手違いで間宮美麻という少女が選ばれてしまった。選ばれると言っても、それは実質指原家から差し出す生贄のようなもので、ハラサシに選ばれるとマヨイガで殺されていたみたいだけれど」


「殺される? じゃあ俺たちの見たハラサシは何だ?」


「マヨイガに捧げられた人間はその代わりとなる存在がマヨイガから生み出されるみたいなの。もっとも、流石の私も殺された人間とそっくりな人間が生み出されるだなんて事象は信じられないわ。マヨイガの二階には転生の間と呼ばれてるみたいだし、殺すやら生み出されるは何かの暗示で、そこで生まれ変わるみたいな話なのかもしれない。どちらにせよ、アナタの幼馴染の間宮美麻という人間はもうこの世に存在していないわ。アレは何彁に生贄を捧げる為に動く妖怪なのだと認識しなさい」


「それは……おかしいんじゃないですか? 僕たちはずっと美麻ちゃんと交流がありました。確かに少し変わった子だったかもしれませんが、彼女は普通に学校に通ってアルバイトだってしていました。彼女が妖怪だなんて信じられません」


「俺も変だと思うぜ。今までのハラサシは土疼柊の部屋にあの置物を運ぶのが仕事だったんだろ? 生贄の役目は百年ぐらい前に終わってるんだったら、どうして今更人間を襲うようになったんだ?」


「一度に質問しないで頂戴。私にだって分からない事はあるわよ。でも、田中の質問なら答えは簡単じゃない。指原家以外の人間がハラサシを引き継ぐとき、生贄は代用品を使ってはいけないのでしょう? 彼女はそのルールに従ってるのよ。もちろん、殺されて何彁と同化した女の子……カオリちゃんだったかしら? その子の復讐を代行している影響もあるのでしょうね」


 信じられない話が続き戸惑いながらも、あの美麻ちゃんが風ちゃんを刺した時の形相からはまるで別人のような印象を受けた。少なくとも、幼い頃の優しかった彼女の面影はみじんも感じられない。


僅かに納得しつつ、佐藤がこの話をした本意は僕に彼女への情を捨てさせるためだったのではないか、という疑念も抱く。この怪しげな女ならば、事実の中に都合よく嘘を紛れ込ませ、相手を掌握するようなことを平気でやりそうだ。


「あの……」


 僕が佐藤の真意を確かめようと声をかけた時、田中と佐藤が持つ光が消えた。


 もちろん、僕の問いかけに応える者も居ない。


 またか。僕は一人、真っ暗な鍾乳洞の中に取り残された。

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