55話 死体



 田中は僕の伝えた道順を辿り、車を走らせる。どこか急いているのは運転の荒さから伝わり、舗装されていない道という事も有り、車内の振動は相当なものだった。


「田中。煙草」


「ああ」


 後部座席の佐藤が煙草を所望する。しかし、田中は片手で器用に煙草を取り出すと自分の口にくわえて火をつける。いや、自分で吸ってどうする? とツッコミを入れたくなったが、後ろの佐藤はそれで満足気だ。


 どうにもこの人たちは、僕の知る常識とは別の世界で生きているらしい。それとも、常識が無いのは僕の方なのだろうか?


 やがて車はなだらかな坂道に入る。木々に囲まれた道幅はどんどん狭くなってゆく。やがて、草木に支配された獣道のような狭さになったところで車は止まった。


「流石にここから先は無理だ」


「えぇ……この道を歩くの? 虫とか出そうで嫌なんだけど」


「文句があるなら待っててもいいんだぞ」


「冗談よ、行くわ」


 そう言いつつ車を降りる佐藤は心底嫌そうな表情をしていた。


 僕も車を降りて、先頭に立って道を行く。以前来た時は、目的地まで自転車で往くことができた事を考えると、随分と人の出入りが無かったのだと感じられた。いや、単に夏場で植物の生育が活発なだけかもしれないが。


「本当にこの先であってるんだろうな?」


「間違いないです。思い出の場所ですから、忘れるわけが有りません」


「ふん。死体を隠した場所が思い出の場所とは、随分といい感性だな」


 田中の嫌味を無視して進む。確かに死体を隠した場所なのだが、黒士電気第六事業所は僕らが子供の頃に遊び場にしていた、いわば秘密基地のような場所でもあるのだ。例え死体を隠した場所だったとしても、その思い出まで否定されるいわれはない。


 蝉しぐれと木漏れ日の道をしばらく歩くと、やがて蔦に覆われたコンクリート製の廃墟が見えて来る。


「あれです。あそこが黒士電気第六事業所です」


 僕が指さす。


「……ねえ、何か臭わない?」


「そうか?」


「……なんか変な臭いしますね」


 田中は気付かないようだが、夏特有のぬるい風に運ばれて生ゴミが腐ったような臭いが流れてくる。


「ゴミの不法投棄でもされてるのかしら。それとも動物の死骸?」


「……どちらも半分だけ合ってるみたいだぜ。ほれ、人間の死骸の不法投棄だ」


 先行して進んでいた田中が、入口近くの茂みを指差す。


 そこには若い男性のものと思われる人間の死体があった。そして、腐敗が進んでいるとはいえ、その人物が誰であるかは判別できてしまった。


「……健太」


 腹部に大きな刺し傷があるから、きっと美麻ちゃんの仕業だろう。目の前に健太の無惨な姿が有るにも拘わらず、彼が殺されたという実感が湧いてこない。明日になればまた、新しい曲をアップロードしたから聴けと連絡を寄越しそうな予感すらあった。


「何というか……すまない」


「……行きましょう」


 田中の謝罪は健太を守れなかったことに対してだろうか。一体どうして関係のない田中が謝るのか疑問に思いつつ、僕は健太の死体から目を逸らし建物の入口に向けて歩み出す。


 第六事業所の入口はガラス製の自動ドアだったが、経年劣化のためか、はたまた盗人の仕業なのか、そのガラスは割られ破片が散らばっていた。


 かつて僕らがここを遊び場にしていた頃は、この扉をこじ開けて入っていた。ガラスが割られたのは、この場所にカオリちゃんの死体を隠したあの日以降という事になる。


「こっちです」


 埃っぽい室内へと足を踏み入れた。受付があったと思われるカウンターを過ぎり、奥の廊下を曲がる。少し進んだ所に階段が見えてきた。


「この階段から地下のフロアに入れます。土疼柊の部屋には鍵が掛かっていますが、途中でその鍵も回収していきます」


 僕が説明すると、二人は怪訝そうな表情を浮かべた


「……田中にも分かる?」


「ああ、流石にこれはな」


「何か感じるんですか?」


 未だに心霊だとか妖怪だとかを信じられずにいる僕は、二人が口裏を合わせてそれっぽい演出をしているものだと決めつけていたが、どんなホラ話が飛んで来るか気になり話を振ってみる。


「感じるというよりは、もう見るからにって感じだな」


「ええ、もうここまで来ると時間や空間的な概念も物理法則を逸脱しててもおかしくないわね」


「よく分かりませんけど、この先が無重力にでもなっているんですか?」


 佐藤は僕の例えが面白かったらしく、「ふふふ」と笑みを溢した。


「流石にそこまでの事は無いでしょうけど、何が起こっても不思議じゃないわね。見たものを見たままに受け入れないよう、気をつけて頂戴」


 なんとも意味の分からないアドバイスを受け、「はぁ、わかりました」と生返事で返しつつ、僕らは地下へと続く階段を下りはじめた。

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