54話 約束


「土疼柊の部屋? そこには何がある?」


 運転席の田中が聞く。僕はカオリちゃんの死体の話をしようとするが、問いの意図はそこではなかったらしく佐藤が答える。


「土疼柊は贄となる子供の代用品。何彁という遥か昔からこの地に根付いていた土着神の荒魂あらみたまを抑え、和魂にぎみたまの部分だけを取り出すための餌ね」


「荒魂と和魂……神には災いを引き起こす側面と恩恵を与える側面の二面性があるという、神道の考え方だったな。いや、神社に祀られているのだから、何彁は神道の神に決まっているか」


「荒魂は何も災いを引き起こすだけじゃないわ。ただ荒々しい側面というだけよ。もっとも、神々の荒々しい側面が強まる事で天災が引き起こされるというだけ」


「つまり祟り神みたいなものだろ。同じじゃねぇか」


「いいえ違うわ。時には天災が人々の恩恵となる場合もある。……例えば、侵略者との戦の時とかね」


 田中は運転しつつ片手で膝を打った。


「そういう事か! 何彁の荒魂はハラサシという侵略者に対するカウンターとして使用されてきたんだな!」


「そういう事。んで、その何彁に土疼柊を捧げる場所が土疼柊の部屋って事らしいわ。そして皮肉な事に、侵略者に対抗するための何彁が祀られる土疼柊の部屋は侵略者の開発によって取り壊された八廣神社の地下にあったらしいの。詳細な場所を調べる前に、あのサバイバルナイフを持った女に襲撃されちゃったんだけど、藍川君が知っているなら問題無いわ。それで、その場所はどこにあるの?」


 散々人の事を蚊帳の外にしてたくせに、いきなり必要な情報を提示しろと話を振って来る事に苛立ちを感じながらも、寛容な心で許し答える。


「黒士電気第六事業所。国蒔の東北にある廃墟地下だよ」


「ありがとう。羽廣神社の記録では、その部屋の奥に何彁の本体があるらしいわ。私はそれを祓いに行ってくるから、その場所で降ろして頂戴」


「土着信仰の神霊を祓うなんてできるのか? いや、そもそも祓う意味は?」


「元々の何彁がどんな存在なのかは分からない。けれど、今は捧げられた子供を神格化させたモノに思えるわ。もしその子供の中に、今を生きる特定の相手を深く憎む個人が混じっていたら……ねえ藍川君、あなた達に恨みを持つ故人に心当たりは無い?」


「一応ありますけど」


「その子は今どういう状況にある?」


「……土疼柊の部屋に死体を放置してあります」


 ドライバーの田中が「うげぇ」と声を上げる。


「これで決まったようなものね。アナタ達に恨みを持つその子供が何彁の中に取り込まれて、荒魂の力で復讐を遂げようとしている。もしも今逃げた所で、何彁の力が強まる八年の周期でアナタは狙われるわ」


「なあ、一旦撤退しないか。生き残ってるヤツの身柄は確保できたんだ、何彁の力とやらが弱まるまで逃げに徹して、その後でじっくりと何彁を祓う方が確実だと思うが」


「それは悪手だわ。何彁の力が強まっている今は、何彁が現実に干渉する力が強まってるとも言い換えられるわ。向こうから干渉できるという事は、こちらからも干渉できる。つまり、今が八年に一度のチャンスだって事よ」


「ああ、分かった。それなら、佐藤をその場所で降ろすから何彁は任せたぞ。俺はコイツを連れて国蒔を出る。土着の神なら、その土地から離れれば力は殆ど及ばないからな」


「……僕も行きますよ」


 田中は僕を威嚇するように「ああ?」と声を上げる。


「テメェ、今の話聞いてなかったのか?」


「聞いてましたよ。ほとんど意味の分からない妄言でしたけど、とりあえず僕が今危険な状況にあって、土疼柊の部屋に居るカオリちゃんを何とかしないとダメなんですよね?」


「細かいところはさておき、大体はその認識で良いわ」


「なら僕も行きますよ。土疼柊の部屋に入るための道はややこしいですから、案内があった方が良いです。それに、友達が訳の分からない死に方をしたのに、蚊帳の外のままで解決されたら腹の虫が治まりません」


 正直言って僕は心霊だとか超常現象だとかは未だに信じられずにいた。この田中という男も、後部座席に居る佐藤も、真治や美麻ちゃんも、何かとてつもない強迫観念に囚われて、国蒔に伝わる伝説を現実のものだと信じてしまっているように思える。


 できる事ならば、今すぐ警察に通報して逃げ出したい。しかし、この怪しい二人組の目的地が土疼柊の部屋だというのなら、話は別だ。


 さっき別れ際に美麻ちゃんは、あの場所で待ってるからと言っていた。


 あの場所……つまり、一緒に調査に行くと約束していた土疼柊の部屋だろう。


 どうして彼女は僕をそこに連れ込もうとしていたのか。彼女の考えを聞くためにも、僕は約束を違うわけにはいかない。


「分かったわ」


「おい、佐藤。何が起こるか分からないんだぞ!」


「いいじゃない別に。私たちで守ってあげれば、問題無いわ」


 田中は舌打ちをしつつアクセルを踏み込む。車は国蒔の中心街を抜け、郊外の荒れた道へと入り込む。


「どっちに行けばいい?」


「このまま真っ直ぐです。かなり行った先の突き当りを右に曲がって、森林に沿って道なりに行けば辿り着けます」

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