52話 殺人
田中の運転する車が羽廣神社の駐車場に停まる。このままどこか遠くへ連れて行かれてしまうのではないかと不安になっていただけに、停車した瞬間に安堵のため息が漏れるも、せっかく冷たくなってきた車内がエンジンの停止と共に温度が上がったような気がして残念に思う。
「あの……うちに来ている先輩にも今と同じ話をしてもらってもいいですか? 境内に呼びますから」
車が止まると同時に、風ちゃんはそう切り出した。
「分かった」
田中が答えて車から降りる。僕らも続いて外へと出た。
灼熱の地獄へと足を踏み出すと、携帯の着信音が響く。風ちゃんの携帯端末からだ。
「もしもし……はい、はい……ええっと、分かりました」
僕と田中は足を止め、電話に出た風ちゃんを見る。一体誰からの連絡だろうか。
風ちゃんの表情に陰りが差す。その変化から、相手は美麻ちゃんなのだと察する。
「はい……では」
電話を切って僕等の方を見る。僕の不安に気づいたのか、風ちゃんは努めて笑顔を作っているが、指先は寒さに耐えかねるかのように震えていた。
「どうしたの?」
田中の前で訪ねて良い事かは分からないが、風ちゃんならば適当に誤魔化して話せる話だけをするだろう。僕は試しに聞いてみた。
「あー、ちょっとお二人はここで待っていて頂けます? 用が済んだら、先輩に連絡しますから」
何かトラブルだろうか。僕は会話の詳細が気になったが、今この場で聞くわけにはいかず、頷きながら「分かった」と答えるしかなかった。
風ちゃんは鳥居の並んだ心臓破りの階段をスタスタと登って行く。自宅がこの上に有る以上、外出する際は必ずこの階段を登る事になる。彼女が不登校になった原因では無いだろうが、外に出る事が億劫になる気持ちは何となく理解できた。
「あの……真治からカオリちゃんの話って聞いてるんですか?」
僕は風ちゃんがこの場を離れた事を幸いに、踏み込んだ話を聞くことにする。
「カオリ? 誰だそれは。羽廣風が家に呼んでいるという先輩か?」
田中の反応は演技には思えない。本当に知らないのだろうか。
「ええっと……昔の同級生で……僕らのせいで亡くなっちゃった子です」
思わず口を滑らせる。しかし、田中の反応は落ち着いていた。
「ああ。お前らが殺したんだな」
「えっ!?」
「ああ、そんなに警戒するな。別にそのカオリとかいうヤツの事は知らないし、遺族とも関係ない。だから今更警察にお前らの事を告発するつもりもない」
「……やっぱり真治から聞いていたんですか?」
「いや、クライアントからはそこまで聞いていない。だが、俺の仲間でちょっと変わった事が分かるヤツが居てな。そいつから、お前らが過去に誰かを殺した経験があるって聞いてたんだ」
「なるほど、そうですか」
いや、信じられる訳が無い。やはりこの田中という男は、僕らが過去に殺人を犯した事を誰かから聞いていた。或いは何かしらの方法でカオリちゃんの事を調べていたのだ。
それよりも重要なのは、仲間の存在だ。恐らく、郷土資料館で見かけたあの女性だろう。
彼女も僕らの殺人を知っている。田中の口を封じるのはもちろんの事、その仲間も始末しなければ、風ちゃんの計画は成就しない。
「その仲間は今どこに居るんですか?」
「ん? ああ、そういえば羽廣神社に行くと言っていたな。例の何彁について、調べているはずだ。案外、この上で羽廣風と鉢合わせしているかもな」
僕は鳥居の並んだ階段を見上げる。何とか風ちゃんにその事を伝えなければ。
逆光で赤い鳥居が黒い影に見える階段の先で、何か人影が揺らめく。シルエットから風ちゃんではないだろう。美麻ちゃんか、或いは田中の仲間だろうか。
僕の携帯端末が鳴る。美麻ちゃんからだ。
「もしもし、エイジくん? ちょっと大変な事になったんだけど、その男をうまく言いくるめて上がってきてくれない?」
「大変なこと?」
美麻ちゃんは声を潜めるように言う。
「その男には仲間が居たの。そいつに風ちゃんが刺されて……」
「えっ!?」
「とにかく、その男の事は後で何とかするから、今はこっちに来て! このままじゃ風ちゃんが死んじゃう!」
「わ、分かった!」
僕は状況が飲み込めないままに電話を切り、階段に向け走り出す。
「おい!」
田中が背後で何事かと目を丸くする。
「すいません、ちょっとそこで待っててください!」
境内で何が起こっているのかは分からない。だが、田中の仲間が風ちゃんを傷つけたのならば、事情を察した田中が僕らに牙をむくかもしれない。
「待てよ。何があった!?」
「風ちゃんが刺されました! 田中さんは救急に連絡してください!」
それでもなお、僕について来ようとする田中に、機転を利かせて仕事を与える。田中は目を見開きながらも「クソ!」と声を上げ、携帯端末を取り出していた。
これで時間は稼げたはずだ。僕は長い石造りの階段を駆け上がる。今朝も真治から連絡を貰って全力で走った事も有り、その疲労が蓄積していたのか、心臓の脈が上がるばかりで足が重い。
それでも必死で足を上げる。この僅かな時間の間に風ちゃんの命が危険な状態になるなんて。
階段を半分ぐらい登ったところで、階段の先に居た影法師が動く。まるで、何かが足元に憑りついたように体を揺らしてる。
あれが敵だ。僕はそう思い込んで階段を蹴る。もうこれ以上、友達が死ぬのは嫌だ。その一心で、感覚が失せた足を必死に動かす。
影法師が足元の何かを蹴り飛ばした。それは階段を伝い、転がってくる。驚いて足を止めた瞬間、後ろから腕を握られる。振り向くと、田中がまるで幽霊でも見るかのような形相で僕を睨んでいた。
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