51話 車中


 黒猫亭から出た僕らは、熱気に満ちた世界を行く。目指すは近所のコインパーキング。田中が借りているレンタルカーがそこに停まっているらしい。


「着いたぞ。これだ」


 田中は車のキーを取り出し、遠隔でロックを外すと運転席に乗り込む。続いて僕は助手席に、風ちゃんは後部座席へと乗り込んだ。


 熱気の籠もった車内は地獄のように暑かったが、エンジンが掛かるとヒンヤリとした空気が流れはじめる。僕は思わず、暑さから逃れるように吹き出し口に手をかざす。


「まず、君たちには一刻も早く国蒔を離れる事を勧めたい」


 駐車場から車を出し、舗装された道を走らせながら田中は口を開いた。


「どうしてですか?」


「脅威の全容が掴めないからだ。何か超常的な力が働いてる事は確かだが、一体それがなぜ君たちの命を狙っているのか、その理由は分からない。……まあ、ハラサシについてはある程度分かってきているがな」


「ハラサシ? あの山姥みたいな奴ですか?」


 僕は太一が興味を持っていた妖怪の絵を思い浮かべながら聞く。


「そう。家弓太一はおそらく、このハラサシに襲われたと考えて良いだろう。俺も指原真治の指示で、このハラサシと関係のある建物を訪れた際に襲われた。ハラサシは実在する」


「……マヨイガに行ったんですか?」


 妖怪の存在を実在すると断言した田中の言葉以上に、風ちゃんが当然のようにその言葉を受け入れ、まるで事情を知っているかのような受け答えをしたことに驚いた。


「ああ。羽廣家の人間もあそこに行くことがあるのか?」


「いいえ。あそこは指原家の管轄なので、そういう場所があるって事しか知りません。もしかしたら、お父さんならどこに有るのか知っているかもしれませんが……。でも、ハラサシって昔の口減らしを妖怪の仕業に仕立てるための伝承ですよね。実在するって、あり得なくないですか? 仮にあなたが襲われたのなら、それはハラサシを装った人間だと考えるのが普通ですよね」


「いや、あれは間違いなく怪異の類だった。詳細は省くが、魔除けの札で逃げる時間を稼げたからな」


 魔除けの札が効いたと当然の事のように言うが、一体どうしてそんなものを持っているのだろうか。いや、持っていたとしても自分が襲われている状況でそれを使ってみようと考えるのも正気とは思えない。僕は田中という怪しい男の車に乗り込んでしまった事を今更ながら後悔し始めていた。


「お前たちを狙う怪異は他にも居る。町に溢れている子供の霊だ。こいつらについてはまだ調査している段階だが、きっと今までに生贄にされた子供達と推察できる。家弓優子や指原真治はコイツにやられた可能性が高い。俺はこの子供の霊の裏に、羽廣神社で祀られている何彁が絡んでいると考えている。何者の何に、弓片に可能性の可が二つの漢字を書くご神体だが、何か心当たりは無いか?」


 あまりに非現実的な質問に目眩を感じるが、子供の霊と聞いてピンときた。僕の家に度々現れる顔の無い女の子の幻影だ。


 てっきり自分の妄想だと思っていたモノの話があがり、少しだけ会話に興味が向く。


「……知りませんよ。何彁様は羽廣神社が旧八廣神社時代から信仰している守り神ですよ。一般的な信仰とは違う土着信仰で、少し怪しく思う事は仕方ありませんが、人を取り殺すような話は無いと思います」


「だが、ハラサシに殺された子供達は何彁に捧げられていたんだろ」


「それも昔の話です。今は土疼柊で代用できています」


「代用できているか。まるで本心では人間を捧げたい言いぶりだな。実際、誰かを殺して捧げた事があるんじゃないのか?」


「……日本は法治国家ですよ。殺人なんてやらかしたら、まともな生活できなくなっちゃうじゃないですか」


「そうか。それもそうだな」


 田中は納得しているのかよく分からない反応で返したが、風ちゃんの言葉に熱が入っているのを不安に思う。


 ああ、これで僕らは再び手を汚す事が確定したのだろう。田中は間違いなく真治からカオリちゃんの事を聞いている。でなければ、まるで殺人を疑うような鎌をかけるはずが無い。


 そして風ちゃんも今の質問の意図に気付いているはずだ。もう彼女を説得するのは難しいだろう。


 土疼柊や何彁、ハラサシなど僕からすると訳の分からない話で盛り上がる二人を尻目に、真治がこの状況でどのような行動に出るか考える。


 風ちゃんのように田中を殺す事を考えるだろうか。はたまた、より良い解決策を思い付くだろうか。


「……分からないな」


「何か言ったか?」


「あ、いえ別に」


 田中に聞かれて、慌てて誤魔化す。訝しげに僕を見るこの男は、自分の運転で自分の死地に向かっている。


 もし真治ならば、この男を指して滑稽だと馬鹿にするような気がする。何の解決にもならない事を思い浮かべながら、車は羽廣神社に向けて走り続けていた。

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