50話 不完全犯罪計画


 田中が黒猫亭を訪れたのは、電話からおよそ一時間が経ってからだった。


 店内に入り僕らを見た瞬間、どこか安堵したように胸を撫でおろしてから席に近づいてくる。まるで憑き物が落ちたような仕草に、この人は本気で僕らの身を案じていたのではないかと思ってしまう。


 対して向かいに座る風ちゃんは、田中の姿を見て表情をこわばらせていた。無理もない。元々は人見知りな性格なのだから、強面の大人の男性といざ対峙するとなれば緊張してしまうだろう。


 本当に風ちゃんはこの男を殺すつもりなのだろうか。いや、具体的な計画を語っていたのだから殺すつもりはあるのだろうが、本当に計画殺人なんてものが僕らに実行できるとはとても思えないでいた。


 彼女の計画では、この後羽廣神社の自宅に田中を誘導し、ロープで首を絞めるかシャベルで頭を殴って殺害するらしい。神社の裏の山は普段人の立ち入らない禁足地となっているらしく、そこに埋めてしまえば死体は見つからる事はない。死体が見つからなければ、殺人事件は立件することが難しく、こと国蒔での出来事であるならば三家の力で捜査を抑え込めると考えていた。


 まったくもってお粗末な計画だと思う。美麻ちゃんにはロープとシャベルの購入を依頼していたが、果たしてそんなものでこの男を殺す事ができるのだろうか。風ちゃんは犯行が露見しないよう死体を隠す事ばかり考えている様だが、殺人は死体を隠す事が全てではない。


 人体を割くことのできるほど鋭利な刃物や特殊な器具、毒物でもなければ、人間はそうそう簡単に死ぬものでは無い。ましてや相手は体格の良い成人男性だ。仮に不意を突けたとしても、非力な女の子二人と決してフィジカルに自信があるわけではない僕の三人では、抵抗を受けて返り討ちになる可能性が高いだろう。


 かつてカオリちゃんを殺してしまった時だって、事故みたいなものだったじゃないか。三家一派の中では温厚だった僕と美麻ちゃんで、風ちゃんが話したがっているとカオリちゃんをあの廃墟に呼び出し、お灸をすえるつもりで健太と太一が暴行を加えている最中に動かなくなってしまったのだ。


 今は健太も太一も居ない。そんな中で一体どうすれば良いのだろう。まさかとは思うが、風ちゃんは僕に対し多大な期待を寄せているのではなかろうか。


「お前たち、無事だったか」


 田中は開口一番にそう言った。僕は反応に困り、「はあ」と曖昧な返事をしつつ席を立ち、風ちゃんの隣に移動して田中に席を促した。


「……何か頼まれます?」


「いや、いい」


 ちょうど水を持ってきたマスタ―がムッとした表情で田中を見る。その睨みに屈する形で、田中はアイスコーヒーを注文した。


「それで……指原真治は死んだんだな」


「ええっと、僕は見ていないので何とも……」


「あの状況だったら即死で間違いないと思います。それで、アナタは何者なんですか? シン兄……指原先輩とはどういう関係なんですか?」


 言葉こそ語気を強めていたが、風ちゃんの方を見ると不安が顔に浮かんでいた。まるで小動物が捕食者に対して精一杯の威嚇をしているような、健気さと可愛らしさが同居した印象に思わず笑みがこぼれそうになる。


 ちょうどアイスコーヒーが運ばれてきた。田中はガムシロップを混ぜ一口飲んでから話を始める。


「俺は……まあ探偵みたいなものだと思ってくれればいい。指原真治からは地元の友人たちが命を狙われているから助けて欲しいと依頼を受けた」


 なんとも真治らしくない話だ。いや、そういえば今年は地元に帰らずバカンスに行かないかと誘われたっけか。思えばあの時から、様子は少しおかしかったような気がする。


「はぁ。それで、僕らは一体何に狙われているんですか?」


「妖怪や幽霊だそうだ」


「あっ、なるほど妖怪ですか、そうですか」


 僕は言葉の意味を理解する気が失せて、思わず席を立ちそうになる。


「まあ待て。いきなりオカルトの話を持ち出されて困惑するのも当然だが、二人にも心当たりはあるんじゃないのか?」


「心当たり……」


 幽霊と聞いて真っ先に思い浮かんだのは、ここ数日で家に現れる顔の無い女の子の幻覚だった。真治や優子、太一の死と健太の行方不明に、あれが何か関係しているのだろうか。


 まさか、次は僕の番?


「あの……妖怪とか幽霊の事はどうでも良いですけど、指原先輩から何か話を聞いていませんか? 私たちの関係について」


「関係? 地元の幼馴染じゃないのか?」


 田中は風ちゃんの質問を訝しみつつ、聞き返した。


「はい、幼馴染です」


 何かを言い返そうとした風ちゃんが口を開く前に、僕は答える。


 おそらく風ちゃんは田中が僕らの殺人を知っているかの確証が欲しいのだろう。しかし、この様子では僕らの殺人の事まで知っているかは判断できない。


 迂闊な事を言って怪しまれるよりは、疑わしきは罰せずのスタンスで見逃した方が良いに決まっている。でなければ、僕らは永遠に殺人を繰り返すことになってしまう。


「あの……先輩を家に待たせているので、一緒に来てもらっても良いですか? 道すがら話は聞きますし、その先輩も今回の件に無関係とは思えないので……」


 しかし、僕の願いも虚しく風ちゃんは計画を続行するつもりらしい。


「風ちゃん。ほら、知らない人を家に上げるのは不味いよ」


 僕は耳打ちをしつつも、あえて田中に聞こえる声量で囁く。この反応から田中が同行を辞してくれれば良いのだが。


「いえ、大丈夫です。うちにはお父さんも居ますし、何より幽霊の話には心当たりがあるので、話を聞いておきたいんです」


 僕は田中の方をちらりとみる。


「お前の家は神社だったな。家に上がるのは気が引けるから、境内まで送っていこう。その間に色々と話しておきたい」


 風ちゃんの口元には優子がするような不適な笑みが浮かんでいた。

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