49話 疑い


「まさか! 僕が真治を殺せるはずないだろ!」


 僕は思わず大きな声を出してしまう。カウンターで新聞を読んでいたマスターが何事かとこちらを見る。


 風ちゃんがそちらに会釈しつつ、小声で僕をたしなめる。


「声大きいですよ! バカなんですか!?」


「……ごめん」


 風ちゃんは呆れるようにため息をつき、コップのお水を一口飲んだ。


「まあ、藍川先輩にはそんな度胸無い事は分かっています。その反応からしてもたぶん藍川先輩じゃないでしょう。あくまで私の印象論ですが」


「いや、事実違うし……あの真治が第三者にあの事を話していたなんて、今初めて知ったし」


「それも私の推論でしかないですよ。ただ、私や藍川先輩の前に、私たちの殺人を仄めかす二人組が現れたという事は、きっと他の仲間とも接触してると考えられます。初めは太一さんが漏らしたのかと思いましたが、あの事件も私と同じ勘違いをした誰かによる犯行かもしれません。それこそ、ユウ姉も……」


 優子の名前を出した途端、風ちゃんは目を伏せる。彼女を姉のように慕いながらも、自分の為に暴走した彼女が怖いと語っていた風ちゃんは、一体どのような心情なのだろうか。


「とにかく、容疑者は後二人います」


「……美麻ちゃんと健太だね」


「はい。私は行方が分からないという垣谷先輩が怪しいと考えています。でも、そうなると田中って男の言葉が俄然おかしくなるんです」


「えっ、どこが?」


「もし垣谷先輩の行方が分からなくなったのがシン兄を殺害したからなら、田中が言っていたシン兄に頼まれて垣谷先輩を探しているという状況が成り立ちません。田中が嘘をついると考えるのが普通です」


「確かに……」


 風ちゃんの語る推論は突飛な様に思えるが、僕の頭では納得してしまうものばかりだった。しかし、完璧なものだと言い切る事はまだできない。


「じゃあ、その田中はどうして嘘をつくの?」


「まず、私たちを信用させるのが目的でしょう。シン兄の名前を出せば、とりあえず話は聞いてくれるかもしれない。そんな期待から出任せに言ったんだと思います。事実、藍川先輩は田中に今の居場所を教えてしまった訳ですし」


 暗に軽率な行動だったと非難されている気分だが、あの時は風ちゃんもゴーサインを出していたじゃないか。と心の中で呟く。


「じゃあ、田中の目的は? 真治の依頼で健太を探してるっていうのが嘘だとしたら、一体何のために僕達と会いたがってると思う?」


「復讐……なんてどうでしょう?」


「……カオリちゃんの?」


 風ちゃんはこくりと頷く。


「一応表向きは行方不明になってる事件ですけど、カオリちゃんの親戚が探偵に依頼して真相を暴こうとしているとか。あるいは、もう私たちの事は或る程度知られているみたいですし、復讐の為に雇われた殺し屋って可能性もありますね。垣谷先輩の事も心配ですが、今は私達の事を考えましょう」


「殺し屋って……そんな非常識な。海外じゃないんだから」


「日本にもあるらしいですよ。安ければ数十万ぐらいで引き受けてくれるみたいです」


 僕は冗談めかして言うが、そう語る風ちゃんの様子は至って真面目なものだった。


「……逃げよっか。なんだか嫌な予感がして来た」


「いいえ。むしろ向こうから来ると分かっている状況で準備ができるのは好都合です。相手が殺し屋だろうが探偵だろうが、私たちの事情を知っている人間が居るのは不都合です。口封じしないと」


「口封じ?」


 ぎらりと目を光らせる風ちゃんに、僕は言いようのない不気味さを感じてしまう。


「藍川先輩も協力してくださいね」


「ちょっと待ってよ! 流石にそれは……」


「先輩……ここは三家の一存で善悪が決まる国蒔ですよ。その三家の娘の私が良いと言ってるんです。大丈夫、あの時だって行方不明で終わりました。今回だってうまくいきます。さて、私たちは田中を待たなければなりませんから、必要な道具は美麻さんに揃えてもらいましょう。流石にここで事を起こしては言い逃れできませんし、現場は私の家にしましょうか。一体どういう方法が確実でしょう? ああ、とりあえず美麻さんに連絡しないとですね」


 風ちゃんは嬉々として携帯端末を取り出し、電話を掛ける。


 その様子は普段の風ちゃんとはかけ離れていたものの、どこか既視感があった。自信に満ち溢れ、自分こそが世界の中心だと高らかに叫びながら、社会的規範に囚われず行動する。


 ああ、まるでかつての優子だ。その仕草も言葉も態度も、風ちゃんが慕いながらも恐れていた優子と同じ印象を受ける。


 僕は目の前で、これからやってくる男を殺害する計画が繰り広げられている中で、これが風ちゃんなりの優子の弔い方なのだろうかと、どこかピントのずれた事を考えていた。

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