46話 認識
朝。携帯の電話で叩き起こされた田中は、文字通り飛び起きて着信に出た。どうやら仕事の途中で寝落ちしてしまったらしい。
「おはよう。良い朝ね」
「朝っぱらから何の用事だ? 何か分かったのか?」
佐藤の間の抜けたようなモーニングコールに若干の苛立ちを抱えながら、机の上の灰皿を手繰り寄せて朝の一服を始める。
「残念だけれど、押し付けられたら調べ物は進んでいないわ。こっちの状況は分かっているでしょう?」
「……世間話なら切るぞ」
「まあまあ、待ちなさいって。今から言う住所の様子を見てきて欲しいの」
田中は眉間にしわを寄せながら、佐藤が言う住所をメモする。
「ここには何がある?」
「私の勘では、死体が転がってると思うわ」
「ふん、女の勘とやらで住所まで分かるようになったか。もういっそ、探偵にでも転職して迷い猫でも捜したらどうだ?」
この時点では、佐藤の言う死体は何かの冗談だとばかり考えていた。しかし、続く言葉に背筋が凍りつく。
「バカなこと言わないでちょうだい。住所は保護対象のものよ」
「……まだ助かる見込みはあるのか?」
事情の深刻さを察した田中は通話をスピーカーに切り換えて、手早く出かけ支度に入りながら尋ねる。
「さぁね。私は自分の勘に自信があるし、仕事もこの勘に頼って仕事を進めているわ。でも、非科学的な能力だって自覚はあるし、今まで言い当てられた事が今回は間違えましたって可能性も十分にあり得ると思ってるわ」
「つまりお前の勘が外れて、その保護対象が生きてる可能性に賭けて助けに行けって事だな」
田中は佐藤の言葉を要約して言った。どうしてわざわざ回りくどい言い方をするのだろう?
「そういう事だから、そっちはよろしくね。私は羽廣神社に行ってみるわ」
「例の御神体の調査か?」
「それもあるけど、次に何かあるとすれば羽廣の娘だと思うから」
また勘か。あるいは佐藤自信が自覚していないだけで、手元の情報を基に無意識下で推理を組み立て、結論のみを勘と称して披露しているのかもしれない。
「分かった。そろそろ切るぞ」
「ええ。気をつけてね」
電話を切って道具を揃え、部屋を出てエレベーターで降りる。そういえば、クライアントから依頼の取り下げがあった事を佐藤に言い忘れていたと思い至る。
「まあいいか。俺が続けるって決めたんだから、あいつにも付き合ってもらおう」
フロントに鍵を預け、ホテルの外に出る。宿泊客狙いのタクシーを捕まえて、佐藤から聞いた住所から少し離れた場所を指定する。仮に行き先で死体が発見された場合、第一発見者として警察に名乗りを上げなければ、間違いなく疑いの目を向けられてしまうだろう。佐藤と同じ轍を踏むつもりは無い。
そもそも田中は警察への通報を行うつもりは無かった。被害者との関係性を聞かれても、答える事が出来ないからだ。
タクシーの運転手から投げられる雑談に適当に答えていると、踏切の前に人集りができているのを見かける。
「人身事故ですかねえ。ちょっと迂回しますよ」
「ああ」
どうしようも無い事でごねても仕方がない。相槌を打ちつつ、田中はその人集りから目をそらした。そこに集まっている者の大半は、この世の存在では無い事が察せられたから。
「いやですねぇ。最近、自殺だとか殺人だとか、何かとキナ臭いったらありゃしない。平和な国蒔が一体どうしちゃったんでしょう」
「今年は八洞祭の年って事も関係してるのかもしれませんね」
「八洞祭? 何ですか、それ」
「……あんた、国蒔の外から来た人間か?」
「いえ、生まれも育ちも国蒔ですが? いやぁ、この仕事してると、やっぱり地元の人間の方が強いですよ。外から来た連中はカーナビ通りに行こうとするからよくありません。この前もお客さんからもらったお小言で……」
つまらない話を聞き流しながら、田中は思考に没頭する。国蒔に住む人は八洞祭の事やハラサシについて詳しくは知らないのだろうか。
いや、そんなはずはない。地方都市として開発されているとはいえ、小さな田舎のコミュニティが根強く息づく土地だ。地元の名士である三家が怪しげな事をしていれば、そこに住む人々は風の噂で詳細を把握していてしかるべきだ。
しかし、現にこのタクシーの運転手は八洞祭に関して知らなかった。それ程までに三家の情報統制が整っており、一切の情報が降りてこない可能性もある。ただ、あくまで可能性があるだけで、その線は非常の薄いだろう。
あるいは、怪異の力が働いているのだろうか。
「いや、まさかな」
認識を誤らせたり、記憶に作用する怪異は案外多い。その大半はキツネやタヌキに化かされた例がほとんどだが、中には独特な手法を取る怪異も多々ある。
他人の犯した犯罪を自分の犯行だと思い込ませたり、自分自身の名前も記憶も失い他人として生活させたり、人間の家に上がり込んで家族だと認識させて食事を出させたり。人間に自分の子だと思い込ませて育てさせたり。
「お客さん、この辺りでよろしいでしょうか?」
「ん? ああ」
運転手の声で思考が止まった田中は、料金を払いタクシーから降りた。そのまま真っ直ぐに指定された住所、垣谷健太の実家に向けて歩みを進めていった。
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