45話 洞承嗣


 ホテルの部屋に戻った田中は、コンビニの簡単な食事で夕食を済ませ、ハラサシの書物の解読へと戻った。


「ええっと、この崩し字は……」


 手元の携帯端末で複数のサイトと本文を照らし合わせ、それでも分からない箇所はフィーリングで読み解く。根気と発想が要求される仕事でついつい後回しにしてしまったが、いざ取り掛かって見ると案外何とかなるものだ。このペースでいけば、今夜中には一通り読み解くことができそうだ。


 書物の後半には、具体的な祭事について書かれていた。


 八年に一度行われる八洞祭。これは山から下りてきたハラサシへと八人の子供を捧げる儀式だが、子供の代わりに家に祀っている土疼柊を差し出す事も許されているらしい。これは近代になって口減らしの必要が無くなってから追加されたルールだろう。


 この土疼柊については、どうやら土着の信仰に関連する物のようだ。幼くして死んだ子供を象り、家を守る守神として祀るらしい。


「……外をうろつく子供の霊たちと無関係じゃないだろうな」


 興味をそそられはしたが、土疼柊についてこれ以上の情報は記されていなかった。きっと羽廣神社なら何か手掛かりが有るのだろう。しかし、土着信仰の対象についての調査は佐藤に任せている。下手にこちらが手を広げても、ハラサシの調査が疎かになっては意味がない。今は目先の事だけを考えよう。


 次に分かったこととして、生贄を捧げる家は矢弓家が指定する決まりになっていたらしい。


 なるほど、だから矢弓家は医者だったのか。どうせ生贄を捧げるのなら、将来の働き手として有望な者は避けたいはずだ。医学に精通している人間ならば、その取捨選択が行えると考えたのだろう。胸くそ悪い話だが、合理的である。


 記述自体は少なかったが、八廣祭についての記載もあった。毎年お盆の時期に、八洞祭で捧げられた子供達を慰める事が主な目的のようだ。


 そして田中が最も興味を惹かれたのは、八洞祭と八廣祭に続く、第三の儀式についてだ。


洞承嗣うろしょうし……」


 曰く、羽廣の神託を受けた人間を次期ハラサシとして亀ノ山に捧げるというものだ。慣例として指原家の長女が選ばれているようだが、そんな事よりも目を引いたのは続く記述だった。


 苦戦しつつ、アメニティのメモ用紙に現代の言葉に直した文章を要約しつつ書き連ねた。


「捧げられた生贄は代わりの存在が亀ノ山から宛がわれる。これを承嗣とし、十年間下界の暮らしを学ばせる。その間は八洞祭のハラサシを指原家の人間が代理とする。十年が経った次の八洞祭の際に、ハラサシを襲名させる。この時の八洞祭はハラサシの継承の儀を兼ね、洞承嗣とよぶ。洞承嗣における贄は襲名するハラサシに一任する」


 田中は文字としてそれらを認識しながらも、あまりの情報の多さに頭を抱えた。


 まず初っ端からして、意味が分からない。代わりの存在が山から宛がわれるとはどういう意味だろう。指原家が代理とは? そもそも指原家の長女がハラサシの役目を担うのではなかったのか。羽廣の神託次第では、他の家からハラサシを襲名させる場合もあるという事なのか?


 いや、これはハラサシに何かの不都合が生じた際に、指原家の人間の誰かがその役目を担うという解釈で良いだろう。本来ハラサシを継承するには十年以上の時間を要するが、その間の八洞祭を滞りなく行う為のルールだろう。


 マヨイガで襲われた事を思い出す。あの女はハラサシだと考えていたが、佐藤は人間ではないかと言っていた。


 もしかすると、あれこそが真治の姉だったのではないだろうか。或いは、亀ノ山から宛がわれたという承嗣なのかもしれない。


 そもそも承嗣とは一体何者なのだろうか。山から宛がわれるというが、それは一体どこから湧き出て来ると言うのだろうか。


「亀ノ山に捧げる指原家の長女を生贄と呼ぶのも気になるな。もしかするとこれは……チェンジリングか」


 海外の伝承で、妖精が嬰児を攫い代わりに妖精の子供を宛がうという物がある。何かしらの欠陥を持った子供に対して、その原因を超常的な存在に求めた例だが、この承嗣という存在については本当に怪異と人間を入れ替えているのかもしれない。


 捧げられた指原家の長女は何処に行くのか。それはもちろん、あのマヨイガだろう。二階の奥にあった老婆の死体は、かつて捧げられた指原家の人間だったのだ。


 という事は、あの手前にあった若い女性の死体は真治の姉のものになるのだろうか。


 ふと外を見る。もう深夜だというのに、ホテルから見下ろす国蒔駅前のロータリーには無数の何かが蠢いていた。


「この状況が八洞祭のある年の通常運転とは思えねぇな。仮に洞承嗣の影響だったとしても、これほどの霊が溢れるイベントがあるなら、同業の間で噂になっていてもおかしくない。……何かしらイレギュラーが起こっていると考えて間違いないだろう」


 もしかすると、指原真治が田中に依頼を掛けた事と何か関係があるのかもしれない。真治は本物の姉をマヨイガから連れ出そうと考えていたのではないだろうか。


 ハラサシに関わる儀式は、羽廣家の祀る存在と密接に関わっている。土疼柊と関係が疑われるこの子供の霊は、ハラサシの儀式に不都合が生じた為に溢れているとすれば?


「どちらにしろ、これを読み終えたら一度佐藤に相談してみるか」


 警察から身を隠す事に忙しいはずだが、一応は羽廣の祀る存在……何彁について調べてくれているはずだ。状況の確認と併せて、情報共有するべきだろう。


 田中は慣れない作業に頭を痛めつつページをめくり、残りの解読を進める事にした。

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