42話 佐藤の推理


「ただの人間だって? そんなはずは……」


「あくまで可能性の話よ。絶対にそうとは言い切れないわ」


 田中は佐藤の提示した可能性について、懐疑的に考えていた。佐藤はあの怪異を目の当たりにしていないから、そんな適当な事が言えるのだ。


「いいや、それは無いだろう。あの怪異を始めてみた時、奴は首を吊った状態だった。人間だったら、頸部を絞められてしばらくすれば死ぬ。そんな事、小学生だって知ってるぜ」


 いいや、首吊りの際は首の骨が折れて死ぬんだったか? まあ、今のところ首を吊る予定は無いし、どうでも良いか。


「小学生が自殺の方法を知ってるっていうのはあまり気持ちの良い例えじゃないけれど、確かにそうね。でも、田中を騙す為に首を吊っているふりをしていたとは考えられないかしら?」


「首を吊ったふり? そんな事できる訳が……」


「あら、田中は推理小説を読まないのかしら? ワイヤーを使ったトリックや、ロープを服の内側で胴体に巻き付けるトリック、目の錯覚を利用して足場を認識させないトリックなんかで、頸への圧迫を抑える手法はいくらでもあるわ」


 すらすらと首吊りを偽装するトリックを提示され、確かにそれらなら田中自身が認識を誤っている可能性はあるのかもしれないと思い至る。


「いや、待て。どうしてそんな回りくどい事をする? 手法は有ってもする意味が無いだろう。よしんば、何か意味が有ったとしても、一体何時からそんな体勢で俺の事を待っていたのか……」


「言いたい事は分かるわ。でも、理由なら田中に自分は特異な存在だと印象付ける事が目的だと思う。ええっと、そのハラサシと会ったのってマヨイガの二階なのよね? あと、ハラサシの他に死体が二つあった。あってる?」


「ああ、そうだが」


「じゃあこんなのはどうかしら? 二階で二人の人間を殺害していたその女は、窓から誰かが屋敷に近づいてくるのを察知した。咄嗟に、その屋敷がハラサシという怪異に関係がある場所である事を思い出した。死体を隠す時間も、自身が屋敷から姿を消す時間も無い。ならば、その予想外の来訪者にはハラサシによって二人が殺されたと錯覚してもらい、自分は追及を逃れる……田中が襲われた事を考えると、きっと本当は口封じに目撃者を殺しておきたかったんでしょうけど、失敗した時の保険にハラサシを演じる事にした」


「……一応筋は通るのか?」


 段々と小難しい話になり、田中は頭を悩ませる。


「けれどその女はハラサシを演じるにあたって、一つ不安に思う。果たしてナイフを振り回すだけで自分がハラサシだと認識してもらえるのだろうか。そこで思いついたのが、首吊りを偽装する事だったのよ。時として奇術は詐欺師が奇跡を騙る為に使われるものだからね。首を吊れば人は死ぬという先入観を持った人間の前で、首を吊った人間が襲って来れば、それは怪異であると認識させられると考えた。どうかしら?」


「どうかしら、と言われてもなぁ。じゃあ、どうしてあの女は俺がハラサシについて知っていると考えたんだ? 俺がたまたま山道で迷って、あの屋敷に辿り着いた一般人だって可能性もあるだろ。ましてや、あのマヨイガがハラサシと関係があると知っている人間は限られていると思うが」


「田中がマヨイガに辿り着けたのは、指原家の人間から入る道筋を聞いたからなのよね? これが答えじゃないかしら」


 言われてみると確かにその通りだ。あの屋敷に入るためには、特定の手順を踏まなければならない。山道に迷った人間が、地蔵の前でぐるぐる回るような奇行を行うはずはない。


「それじゃあ、あの結界は何だ? どうしてわざわざハラサシは結界を避けて俺を追いかけてきた?」


「そんなの、女の足じゃ田中に追いつけないと思ったからに決まっているわ。どうせ出入口は一つしかないのだから、二階から飛び降りて先回りした方が田中を殺せる可能性が高いと考えたのよ」


 田中は自分の反論を全て言い負かされ、それ以上の反対意見を出す事が出来なかった。それでも、やはり何かが引っかかる。


「なんだろうな……お前にうまく言い包められてるだけで、俺自身は釈然としてないんだけど」


「まあ、あくまで可能性の話だからね。とにかく、田中がやるべきは襲ってきた女が本当にハラサシだったかどうかを確認する事」


「そんな事、できるならとっくに動いてるぞ」


 言ってて自分の無能をさらけ出しているような気になり、田中は短くため息をついた。


「方法ならあるわ。ハラサシについて調べて、首吊りやマヨイガとの関係を洗い出すの。怪異は基本的に、特定のルールから逸脱した行動は取れない存在よ」


「つまり、ハラサシが首を吊って現れるとか、マヨイガに入った人間を襲うとか、そういう関連が確認できれば、あれはハラサシだったって事になるのか」


 田中はハラサシについて書かれた本をちらりと見る。いい加減、腰を据えてこの文献に取り掛からなければならないという事なのか。


「そういう事。それじゃあ、頑張って頂戴」


「ちょっと待て。お前はどうするんだ?」


 自分ばかりが大変な仕事を押し付けられて堪るものか。その一心で佐藤を引き留める。


「どうするって……これからも警察から逃げるけど」


「じゃあ、その片手間に羽廣神社が祀ってる存在について調べてくれ」


「はぁ?」


 ふざけるな、という声色が携帯端末のスピーカーから漏れる。しかし、田中は食い下がる。


「いや、この狭い町で警察の捜索から逃げ回るのは大変だと思う。だけど、このまま俺がハラサシにかかりっきりなると、羽廣神社の神霊についての調査に手が回らないだろ? 他にも、子供の霊の事や三家の秘密、色々と調べるべきことは山積みだ。少しぐらい、手分けしてくれてもいいだろ?」


 しばらくの間、佐藤は無言を貫いた。しかし田中も黙って待っていると、根負けしたのか短いため息が漏れた。


「仕方ないわね。余裕があれば手を付けるから、期待しないで待ってて頂戴」


 佐藤との通話はそのまま切れる。田中は心の中でほくそ笑み、ハラサシに関する文献へと手を伸ばす。


「……いや、待てよ。そもそもこんな本読まなくても、アイツに吐かせればいいんじゃねぇのか?」


 田中は書物へと伸ばしかけた手を引っ込め、クライアントである指原真治へと電話を掛ける事にした。

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