38話 指原真治
慌てて出かけ支度をして家を飛び出した僕は、生垣の前でたむろしていた子供達を避けようとして足を滑らし転んでしまう。
子供達の噛みしめるような笑い声を背に受けながらも、最寄りの駅へ向けて走る。五分後には国蒔行きの電車が出てしまう。それを逃すと、次の電車は二十分後だ。どうして田舎はこうも電車の本数が少ないのだろう?
駅にたどり着き、ギリギリ間に合いそうだと安心しつつ改札口に電子カードをかざすと、残金不足を示す赤い表示と共にゲートが閉まる。
ちょうど駅のホームには電車が入っていた。慌てて券売機で残金をチャージして、改札を通る。しかし時すでに遅し、扉の閉まった車両がゆっくりと駅から離れていくのを見守るしかなかった。
焦る気持ちの中、ホームのベンチに腰掛ける。僕は一刻も早く真治に会いたかった。色々と聞きたい事もあるが、それ以上に真治の事が心配でならない。優子や太一の死について何か知っているような口ぶりも、その心配を助長していた。
はやる気持ちの中、次の電車を待っていると携帯端末の通知音が響く。見てみると、真治からのメッセージだった。
『もしお前の前に、田中と名乗る男が現れたら頼るといい。だが、決して風ちゃんと美麻に田中との繋がりを気取られるな。あの二人は信用ならない』
不可解なメッセージに疑問を感じながら、僕は『いま向かってるから、もう少しまってくれ』とメッセージを送る。
しかし、風ちゃんと美麻ちゃんを信用できないとはどういう事だろうか。真治は僕ら仲間のリーダー格であり、口では悪く言う事はあっても、秘密を共有した仲間は人一倍信用していると思っていた。
それに、僕の身を案じるようなメッセージである事にも嫌な感覚を覚える。一体真治はこれからどんな事が起こると考えているのだろうか。
突然、駅のホームにアナウンスが響き僕は思考を停止して聞き入る。
「国蒔駅にてお客様と電車が接触した為、現在全車両の運転を見合わせております」
こんな時に!
線路数が少ないローカル線だから、人身事故が起こるとしばらくの間はてこでも電車は動かなくなってしまう。
僕は改札で駅員に電子カードの処理をお願いしてから出る。タクシーを利用しようかと思ったが、そもそも国蒔市内を徘徊しているタクシーの数は少ない。
仕方なく僕は二本の足で走り始める。ここから国蒔までは二駅だから、やってやれない事はない。
真夏のランニングは自堕落な大学生活で鈍った身体には堪えるものがあり、途中自販機で給水休憩を二回挟んで、ようやく国蒔駅の近辺へと辿り着く。
国蒔駅にほど近い踏切に、忙しなく動き回る警察や消防のたちとブルーシートで囲われた一画。そして、蛆のように群がる野次馬たち。一目見てそれが駅のアナウンスであった人身事故の現場なのだと察しが付く。
まったく、こんなものを物珍しそうに見る人間の気が知れない。そう考えて通り過ぎようとしたとき、野次馬たちの中に知った顔を見つける。
「風ちゃん?」
どこか虚ろな表情でブルーシートを見つめていた風ちゃんは、僕に声を掛けたらた事に相当驚いたらしく、ビクリと全身を震わせてから視線を僕へと移した。
「藍川先輩……ランニングですか?」
「あ、いや、ちょっと待ち合わせに遅れそうなのに電車止まったから……それより、真治が国蒔に帰って来たらしいよ。これから会うから、風ちゃんも来てよ」
言ってから真治のメッセージを思い出す。美麻ちゃんと風ちゃんは信用ならないという事だが、僕には仲間である二人に対して不信感を抱く道理は無かった。
「シン兄が帰ってきたって……知ってますよ。さっきまで……いや、今もあそこに居ますから」
風ちゃんがブルーシートを指さす。
「えっ? ちょっと、冗談にしては趣味悪くない?」
「冗談じゃないですよ。私も初めはシン兄の顔を見てびっくりして、声かけようと思ったら、突然踏切の前で転んで……何かに引きずられるみたいに線路の中に入って……」
風ちゃんの必死そうな表情と、ブルーシートを指さす指先が震えている事から、その言葉が冗談ではないと分かる。
急に状況が読めなくなり、僕は頭が真っ白になる。電車に轢かれたのは真治なのか。それじゃあ、無理して走った意味が無いなぁ。そんなあまりにも場違いな感想が沸き上がり、自分で自分が混乱しているのだと自覚を持ちながらも、一体これから何をすればよいのか分からず、ただ茫然と風ちゃんと一緒に踏み切りの前で立ち尽くした。
「藍川先輩、今からミマ姉と垣谷先輩を私の家に呼んでもらえませんか」
風ちゃんが声を震わせながらぽつりと言う。
「……何で?」
「初めはシン兄が何か悪い事をしているんじゃないかって考えてました。でも、シン兄が死んだなら……今後について考える必要があると思ったので」
「うん……分かった。とりあえず、ここから移動しようか」
友達の成れの果てがすぐ傍に有る。その状況が耐えられず、僕は風ちゃんの手を引いて、国蒔の繁華街へ向けて歩き始めた。
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