29話 計画
「どうして死体を確認する必要があるの?」
駅のホームへと移動した僕らは、他に誰も居ない事を確認して会話を続けていた。小さな駅だが無人という訳ではなく、駐在している職員は居る。だが、駅のホームの端まで移動してきたのだから、会話を聞かれる心配は無いだろう。
「……安心の為よ」
「安心の為?」
「そう。だっておかしいとは思わない? 私たち、人を一人殺したのに何のお咎めも受けていないのよ。それどころか、あの時の大人たちは全然騒ぎ立てたりしなかったじゃない。学校では、カオリちゃんは家庭の事情で引っ越したって事になってたし、事実あの子の両親は国蒔から引っ越して行ったわ」
「つまり……どういう事?」
「三家が裏で何か手を回したんじゃないかしら。シンジ君は大人にも秘密だって言ってたけど、三家の誰かが親にあの事件の事を話して、三家の力を使って事件をもみ消したんじゃないかしら」
あり得そうな話だ。確かに僕らは罪を犯したが、その事が今まで露見せずに来れたのは不思議でならない。普通、人が一人消えたなら、大人は必死になって探すし警察だって動く。
僕は隣に佇む彼女を見る。それこそ、美麻ちゃんが行方をくらました時のように。
「でも、その話と死体を確認しに行くのはどう繋がって来るの?」
「もしも三家が手を回したのなら、あの場所の死体は処理されているはずよ。シンジ君はあの場所に隠せば絶対に大丈夫だって言ってたけど、いくら廃墟になっているとはいえ、あそこは黒士電気の敷地内じゃない。いつ取り壊しが決まって、人が立ち入るか分かったものでは無いわ」
「確かに。じゃあもうあの場所に死体は無いって事?」
「かもしれないわね。三家が手を回してくれたかどうかは、外様の私たちじゃあ知る事はできないわ。風ちゃんはあの様子だと何も知らないみたいだし、シンジ君には怖くて確認できないわね。ユウコにはもう話を聞くことはできないし。だから確認に行きたいのよ。もしもあの場所に死体が無ければ、とりあえず私たちは安全。この話を一生誰にも話さず、墓場まで持っていけばいいの」
確かにと納得しつつも、僕は気味悪さを感じていた。いくら三家によって支配された町とはいえ、子供たちの殺人をもみ消す事など可能なのだろうか。
「もし死体が残っていたら?」
美麻ちゃんは首を傾げて考え込む。
「……その時考えましょう」
電車が駅のホームへとやって来た。二両編成の車内には中には数が少ないものの乗客の姿がある。この話はここまでだろう。
開閉ボタンを押して中に乗り込むと、クーラーの心地よい冷気が僕らを包む。
「ねえ、エイジ君って車運転できる?」
「えっ、一応免許はあるけど」
「そう。じゃあ、レンタカー借りて行きましょうか。あの時はみんな自転車であの場所に行ったけれど、流石にもうあの距離のサイクリングは勘弁してほしいわ」
それから僕らは黙ったまま、電車に揺られ続けた。
僕は死体を確認に行くときの事を考える。よく刑事もののドラマで、犯人は現場に帰って来ると言われているが、今ならその犯人の気持ちが理解できる。
もしも誰かに二人であの廃墟へと足を踏み入れるところを目撃されたらどうしようか。刑事ドラマなら、死体を確認しに廃墟に入ったところで優秀な刑事が僕らを捕らえて、八年前の迷宮入り事件を解決して大団円だろう。
理想を言えば、もうあの場所には近づかないのが賢明だろう。だが、美麻ちゃんの提案も理解はできる。今僕らが抱えている不安に苛まれ続けながら、この先普通に生きていくことなんて無理だ。
では一体どうすれば良いのだろう。ああ、どうして僕の知っている推理物の物語は、犯人が捕まって終わりを迎えるのだろうか。殺人を犯して逃げ切る参考になる本があれば、いくら金を払ってでも手に入れたい気持ちだ。
いっその事、ネットの質問掲示板に投稿でもしてみようか。急募、八年前に犯した殺人が露見しそうです。隠し通す方法を教えてください。
やがて、僕の実家の最寄り駅が近づく。僕が身支度を整えると、美麻ちゃんはおもむろに口を開いた。
「この計画は皆に秘密にして頂戴ね。勝手な事をして、状況がより悪くなったらどうするんだって、風ちゃん辺りに怒られそうだから」
「うん、分かってるよ。特に真治の耳に入ったら、次は僕たちの番になりそうだし」
美麻ちゃんは顔を歪めて笑う。
「笑えない冗談だわ。でも、分かってるならよろしい。じゃあ、また連絡するわね」
僕らは手を振って別れ、電車から降りる。何かの行事があったのだろうか、小学生ぐらいの子供達の一団がそこかしこに溢れかえっていた。
外はすっかり暗くなっていた。だというのに、なぜだか蝉のけたたましい鳴き声は相変わらず鳴り響いている。街灯の光で今も昼間だと誤認しているのだろう。
駅のホームの壁に張り付くアブラゼミを見つけ、僕は何の気なしに呟く。
「ごめんな、人間の都合で君たちから夜を奪ってしまって」
僕のすぐ傍を通り過ぎた子供たちが、どっと笑い声を上げた。
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