28話 帰り道


 夕方。斜陽に照らされた境内は神聖な雰囲気に包まれており、どこかノスタルジックな感傷に浸らせる力があった。


「じゃあね、風ちゃん」


「はい。今日はありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」


 境内までお見送りに来てくれた風ちゃんは、ぺこりと頭を下げて自宅へと戻っていく。僕ら三人は、帰ろうと足を向けた先の長い下り階段を見てげんなりと表情を歪める。


「結局何も決まらなかったな」


 一歩一歩階段を下りながら、健太が誰に問うでもなく呟く。


「そうね。でも、どうしようもない事を考えても仕方ないんじゃない?」


「それはまぁ……」


 僕らは太一が誰かに秘密を漏らした前提で話をしていたが、結局のところ何もできることは無いという結論に至った。


 当然と言えば当然である。仮に太一が秘密を漏らした相手を突き止めたとして、その人物をどうするか、考えた所で仕方がないのだ。まさかこの期に及んで、口封じに殺すわけにもいかない。黙っているようお金を渡す事も考えたかが、そもそも僕ら学生の財力なんてたかがしれている。


 真治に相談しようという声も出たが、真治の行動の真意が見えない状態で、彼に接触するのは危険だという結論が出た。彼は過去に自分が犯した罪が露見しないよう、細心の注意を払って生きている。故郷に帰りたがらないのも、おそらく過去の罪との関係を断ちたいからだろう。


 もしも僕らが秘密が露見した事を悟り、勝手な行動をすると思われれば、下手すれば真治は僕らも消しに掛かるかもしれない。その懸念から、僕らはただ静観するしかないという結論に至った。


「私たち、どうなるのかしらね」


「さあな」


 まさか友達の死で自分たちに火の粉が降りかかるとは思っても居なかった。しかし、そう気落ちしていても仕方がない。


「ちょっと悪く考えすぎなのかもしれないよ。太一が秘密を漏らしたのも、太一が殺された事に真治が関わっているのも、全部僕らの想像でしかないじゃん」


 それに、仮に八年前の事が露見したとして、僕らに繋がる情報が今更出て来るとも思えない。僕たちはこれまで通り、あの日の事を何も気にせずに暮らして行けば良いのだ。


「それもそうだな。よっしゃ、ここは景気づけに飲みにでも行くか!」


 健太はいつもの調子を取り戻したように、明るく声を上げた。


「あ、私パスで」


「じゃあ僕も」


「お前らなぁ」


 出鼻をくじかれた健太は、階段から転びそうになりながらも、何とか体勢を立て直す。それを二人で笑いながら、長い階段をようやく下り切った。


「まあ、いいや。これからも密に連絡を取り合って、お互いの状況を共有していこう。もしも真治から連絡があるか、会おうとか誘われたら、すぐに教えてくれよ。じゃあな」


 健太は神社の駐車場から出ると、僕らと別れて右手に道へ行った。彼の実家は駅から離れており、バスに乗った方が帰りやすい。


「それじゃあ、僕らも帰ろうか」


「うん」


 昔は三人とも同じマンションに住んでいたが、今ではそれぞれ帰るべき場所がバラバラになっていた。そのマンションは今は取り壊されてしまっているが、この羽廣神社の近くに建っていた。僕らの小学校は、羽廣神社を挟んで反対側に有ったので、今いるこの道は当時の通学路だ。


「なんか懐かしいね」


「そうね。よく三人で寄り道した駄菓子屋ってまだあるのかしら?」


「あそこの十字路を右に曲がったところにあったヤツだよね。ちょっと寄ってく?」


「うーん……今日は早めに帰りたいのよね。でも、駄菓子屋ぐらいならいいかしら。久しぶりに行ってみましょう」


 僕らは十字路を右に曲がり、少し進んだところに木造の建物を見つける。趣があるとも言えなくもないが、要は古いボロ屋だ。入り口にはカプセルトイが並んでいる辺り、昔と何も変わらない。


 スライド式のガラス戸が開き、中から数人の子供達が出てゆく。自転車に乗り込んで家に帰る様子に懐かしさを覚えつつ、ちゃんとヘルメットを被っている事に時代の流れを感じさせた。


「やってるみたいね」


「うん」


 僕らは駄菓子屋に近づく。しかし、そこには僕らの期待を裏切る張り紙がしてあった。


 閉店のお知らせだ。日付は去年のものに成っている。よく見ると店内に光は灯っておらず、カプセルトイの中身も空っぽで機器には錆が広がっている。


「あら残念」


「まあ、そうだよな。今時、駄菓子屋なんて流行らないもんな」


 少子高齢化が叫ばれているこのご時世、駄菓子屋にもその煽りを受けているのだろうか。いや、そもそも駄菓子屋はまともに採算が取れる業態ではなかったはずだ。となると、閉店の理由は少子化ではなく、店主の高齢化だろうか。


「仕方ないし、おとなしく帰りましょうか」


 僕らは少し落胆しつつ、駅へ向かう道を進む。


「でも、お店が閉店してるのなら、さっきの子供達は何だったんだろう?」


「……あれじゃない? 駄菓子屋のおばちゃんって息子さんとあのボロ屋で暮らしていたわよね。きっとお孫さんが出来て、その友達が遊びに来ていたのよ」


「流石にあの家に二世帯住むのは無理があるんじゃない? それと、人の家の事をボロ屋だって思うのは自由だけど、あんまり外で口に出さない方がいいと思うよ」


 美麻ちゃんはケラケラと笑い声を上げる。まったく、顔は美人でスタイルも良いというのに、どこか品の無い幼馴染だと思う。


 やがて僕らは線路沿いの道に出て、すぐに羽廣神社前という小さな駅に辿り着く。


「ねえ、エイジ君さぁ。ちょっとあそこ寄って行かない?」


 彼女が指さす先を見て、「ああ」と僕は頷く。


 そこは駅前の喫煙所だった。美麻ちゃんは皆の前では吸わないが、喫煙者だったのだ。この前も、黒猫亭ではアルコールと共にひっきりなしにニコチンを摂取していた。


「はい、どうぞ」


 ハンドバックから青いパッケージのボックスを取り出し、中から一本抜いて僕に手渡す。当然のように差し出されるが、僕は煙草を吸わない人間だ。


「ん、ありがとう」


 だが、その場の流れでついつい受け取ってしまう。僕は見よう見真似でそれを口元に咥える。


「はい、ゆっくり息を吸って~」


 美麻ちゃんがライターで僕の煙草に火をつける。彼女の体が傍に寄り、綺麗な白い指が目の前に近づく。香水の香りに交じって、煙の臭いが鼻を突く。


「げほっげほっ」


「あっははは、やっぱエイジ君って面白いわ」


 彼女は僕から煙草を取り上げると、その煙草を自分で吸い始めた。


「ねえ、さっきの話なんだけどさ」


「さっきって、どのさっき?」


「風ちゃんのお家で話していた事」


 僕は心臓が高鳴るのを感じながら周囲を見回す。風ちゃんの家の中ならまだしも、誰が聞いているかも分からない屋外で口にしていい話題ではない。


「……簡潔に」


 周りに誰も居ない事を確認して、更に声を潜めて聞く。


「今度二人で、カオリちゃんの死体がどうなっているか確認しに行かない?」


「それは……魅力的な提案だね」


 僕は皮肉と本心でそう返した。

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