27話 裏切り者


 僕らが人気キャラクターのレースゲームで遊んでいると、風ちゃんのお母さんに案内され美麻ちゃんが部屋へとやって来た。


「あんた達……随分とのんきなのね」


 長い髪を後ろで結び、ニットシャツにワイドパンツの今風な恰好で訪れた彼女は、呆れながらもどこか安心したような表情を浮かべる。


 チャットグループに入っていない彼女には、僕から事件のあらましをメールで語っていた。初めは僕と同じように、趣味の悪い冗談はやめる様にたしなまれたが、ニュースサイトのリンクをメールで送ったところ信じてくれたらしい。


「ミマ姉!!」


 風ちゃんが対戦中にもかかわらず、コントローラーを放り出して美麻ちゃんの胸に飛び込んだ。僕もゲームを放棄してコントローラーから手を離すが、健太だけは一人でゲームを続行している。


 美麻ちゃんは風ちゃんが不登校になった時に、よく面倒を見ていた。僕も優子の指示で一緒にこの家に通っていたのだが、やはり性別の差というものは、どこか壁を作ってしまうものだった。


 その点、美麻ちゃんの存在は風ちゃんにとって大きかっただろう。最も辛い時期に寄り添ってくれたお姉さんだ。姉妹のように仲が良かった優子程ではないが、それでも二人の間には確かな絆があった。


「久し振りだね。最近学校行けてるんだってね。英司から聞いたわよ」


「えへへ、流石に卒業が危なくなってきたので」


 抱きしめあう二人に健太が口を挟む。


「感動の再会に水を差すようで悪いが、本題に入ってくれないか? 一体どうして俺たちを呼び出した?」


「あぅ、すいません」


 風ちゃんは残念そうに肩をすくめつつ、美麻ちゃんから離れてクッションにもたれ掛かる。ジュースを一口飲んでから、先ほどとは打って変わって重々しい表情を浮かべる。


「あのグループで話をしなかったのは、シンにぃが通話に入って来る可能性があったからです」


 シン兄とは真治の事だ。本人はそう呼ばれる事をあまり快く思っていないかった節はあるのだが、先輩呼びされている僕からすれば、親しみを持たれている様で羨ましい限りだ。


「……別に、真治が来たなら聞かせればいいじゃねぇか。何も秘密にすることはねぇだろ」


「そうよ。いくらシンジ君が性格も口も悪いからって、仲間外れは可哀そうだわ」


「美麻ちゃん、ちょっと辛らつ過ぎない? 事実でも、本人が居ない場所で言ったら陰口になっちゃうよ」


 美麻ちゃんは僕に笑みを返す。


「仮に本人を前にしても、同じことが言える自信があるわね。エイジ君こそ、事実って付け加えてる辺りに悪意がにじみ出てるわよ」


「なんだよ、皆アイツの事が嫌いなのかよ。悲しいぜ……俺も嫌いだけどな、偉そうだし」


 僕と健太と美麻ちゃんは、この場に居ない真治を悪しく言ってげらげら笑った。もちろん本気で彼の事が嫌いなのではなく、冗談で言っているのだ。


 しかし、風ちゃんだけはその冗談に乗って来ず、一人で深刻そうな表情を浮かべる。


「太一さんを殺したあの女性、シン兄からの依頼で国蒔に来たって言ってました」


 僕らの笑い声の隙間を縫うように、風ちゃんはぽつりと言う。


 冷や水を浴びせられたように笑い声が静まる。


「え? 何で?」


 健太が訊ねるが、僕はこの「何で?」という言葉が何を聞いているのか理解できなかった。多分本人も意識せず、話を続けてぐらいのニュアンスで使っているのだろう。


 風ちゃんは携帯端末で例のニュースサイトの写真を表示させる。


「この人と会ったって話しましたよね。その時に、言われたんです。『アナタも罪を犯したのね。安心して、私は指原真治の依頼で来た味方よ』って」


 声まねをしている風ちゃんはどこか滑稽で可笑しかったが、それを笑うことはできなかった。


「それって、その女の人が真治の依頼で太一を殺したってこと?」


 美麻ちゃんの質問に風ちゃんはこくりと頷いて見せる。


「私はそう考えています。少なくとも、今回の件に何かしらの形でシン兄が関係しているのは間違いありません」


「風ちゃん。冗談でもそんな事をを言っちゃいけないよ。俺たちはなんだから」


 健太は風ちゃんを睨みつける。普段はふざけている健太だが、今日ばかりは真面目に向き合っているらしい。当たり前だ、友達が二人も死んでいるのだ。


 だが風ちゃんは動じなかった。彼女はいつも優子の陰に隠れているような女の子だったが、もう守ってくれる優子は居ないのだ。けられるぐらいの悪意、自分で跳ね返さなければ。


だからこそシン兄は太一さんを殺したのかもしれませんよ。私たち、そういう約束を結んでいますよね?」


「……太一が裏切った?」


 僕がぽつりと言うと、空気がより一層重くなる。


「はい。裏切り者は殺す。あの日、シン兄が私たちに言った言葉です」


「ちょっと待てよ。あんなのガキの頃の冗談みたいなものだろ」


 分別のつかない子供は、冗談で簡単に死ねだとか殺すだとか物騒な言葉を口にしがちだ。ましてや、あの頃の僕らは中学生という多感な時期だったのだから尚更である。


「私も高校生になって、流石に本当に殺すとかそんな事は無いと思う様になりました。でも、あの時は本気で殺されると思いましたし、誰かが裏切った時は私も手を汚す覚悟をしていました。皆さんもそんな空気を感じませんでした?」


 僕は風ちゃんの言わんとするところが理解できる。あの時、もしも裏切るとすれば優子か健太だろうと思い、二人が秘密を漏らした時はどうすればよいか考えたものだ。


 けれどそれは昔の話だ。今の僕らは大人になり、物事を冷静に考えられるようになったはずである。いくら裏切り者だからって、人を殺せばどうなるのか分からない年齢ではないはずだ。それとも真治は未だにあの日から精神的に成長していないとでもいうのだろうか。


「私たちがどう考えていても、シン兄が同じ考えだとは限りません。あの時、自分で決めたルールを未だに絶対の事だと思っている可能性だって全然あります。東京に居るシン兄がどうやって知ったのかは分かりませんが、太一さんが裏切ったと考えたシン兄があの女に殺害を依頼した。それが真相かもしれません」


「それじゃあ、この女の人は暗殺者って事になるのかしら? 映画や漫画の世界ならありそうだけど、この情報化社会の現代にお金で誰かを殺すような業者が居るとは思えないわ」


「私は詳しくありませんが、最近だとダークウェブでは数十万円ぐらいで殺人代行が依頼できるらしいですし、海外では殺人代行業者が依頼料を中抜きして他の業者に丸投げしてたってニュースがあったみたいですよ。少なくとも、お金で人殺しを請け負うヒットマンは現代にも存在しています」


 その話は僕もネットニュースで読んだ事があった。しかしそれは海外の話であり、治安のよいと言われている日本に、はたして本当に殺人代行業者なんてものが存在しているのかは甚だ疑問だ。


「……風ちゃんの仮説が当たっていたとしたら、あの防犯カメラに写っていた女が捕まるだけじゃあ終わりにできないな」


「はい。私たちが考えなきゃいけないのは二つ。シン兄をどうするかと、どこかに漏れた秘密をどうするか、です」


 どうするか、なんて聞かれても、僕にはあまりピンとこない。しかし、風ちゃんがあのSNSのグループ通話で会話をせずに、自宅に皆を集めた理由は事の発端である真治に話を聞かれたくなかったのだと理解できた。


「真治をどうするかって話だけど、それってどうしようもなくないかな? 警察にその女の人が捕まったら、どうせ真治に辿り着かれると思うけど」


「もしそうなったら、犯人の知人代表として、週刊誌の取材であれを言ってみたいわ。いつかやると思ってました」


 美麻ちゃんは冗談を言って場を和ませようとしたのだろうか? 場が凍り付いたのを感じて、本人から「ごめんなさい」と謝罪の言葉が漏れる。


「たぶんですけど、シン兄の事ですから自分は警察に捕まらないように立ち回っていると思います。自分で手を汚さず、人を使ったのもその為でしょう。よしんば、シン兄が捕まったとしても、私たちの事は話しませんよ。だからシン兄をどうするかは後回しで問題ありません」


「確かに、アイツは自分で敷いたルールは絶対に守るヤツだったからな。でも、大丈夫なのか? 警察が介入してきたら、八年前のあの事件が……」


「健太、その話はやめてくれよ」


 僕が制しして、健太は「悪い」と呟き口を閉じる。この話は決して話してはならないのが、僕らの絶対のルールだ。


「……いいえ、今日はその話をするつもりでした。太一さんが秘密を漏らしたから殺されたとするなら、七年前の廃墟での出来事を外に漏らした可能性があります。私たち自身、過去と向き合わないといけない時なのかもしれません」


「風ちゃんはダメよ。それはシンジやユウコの仕事だわ」


 美麻ちゃんも慌てた様子で止めるが、風ちゃんは動じずに言葉を続ける。


「いいえ、私だってあの場に居た当事者です。そもそも、あれは私が苛められていた事が原因ですから」


 風ちゃんは一呼吸置き、皆の顔を順番に見てから、僕ら禁忌タブーに触れた。


「私たち七人で犯した殺人が太一さんの口から洩れたとしたら、私たちはどうするべきでしょうか?」

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