26話 羽廣邸
「この階段、毎日昇り降りしなきゃならないとか地獄だろ。そりゃぁ、学校行きたくなくなる気持ちも理解できるぜ」
「冗談でもそんな事を本人の前で言っちゃだめだからな!」
スポーツドリンクを飲み干した僕らは、羽廣神社の長い階段を昇っていた。子供の頃は、この階段を使ってじゃんけんに勝つたびに階段を昇る遊びをしていたが、あの頃は今よりも体力があったのだろうか。僕と健太は階段の中間あたりで息を切らし始める。
鳥居に囲まれた階段というのは、狐を祀る神社によくみられる特徴だと、真治が以前言っていただろうか。風ちゃん曰く、羽廣神社と狐は関係が無いらしい。僕は信心深い人間ではないのでそんな話どうでもいいのだが、狐を祀っていないならこの階段は勘弁してほしいと心の中で文句を言う。
僕らはへとへとになりながら階段を昇り切ると、階段の側に建てられた社務所でお守りやおみくじを売っていた氏子の老人が笑いながら「ご苦労様」と声をかけてきた。
「あの……僕ら羽廣風ちゃんの友達で……家に呼ばれたのであそこの道通りますね」
氏子は訳知り顔で「どうぞ」と言うので僕らは参道を逸れ、社務所の裏手に回り、「この先私有地につき関係者以外立ち入り禁止」と書かれた看板が立て掛けられた小道へと入る。
その先には二階建ての邸宅が見える。風ちゃんとその家族が暮らす羽廣家の住まいだ。神社の神主の家だが、和風の平屋という訳ではなく、どこにでもありそうな普通の邸宅だ。しかし、木々に囲まれた小高い山道の先に普通の邸宅が建っているというのは、違和感を感じさせる。
インターフォンを押すと落ち着いた女性の声で「どなたでしょうか」と問いかけられる。風ちゃんのお母さんだ。
「藍川英司と垣谷健太です」
僕は健太の分も名乗りを上げる。
「あら、いらっしゃい。今開けるわね」
扉が開くと、小太りだが朗らかな顔立ちの女性が笑顔で出迎える。以前は無かった白髪に時の流れを感じてしまう。それとも、前までは髪を染めていたのだろうか?
「ご無沙汰しております」
「二人とも大きくなったわね。暑い中ここまで登って来るの大変だったでしょう。ほら、あがって頂戴」
「お邪魔します」
僕らは恐縮して頭を下げつつ、促されるまま中に入った。広々とした邸宅だが、玄関先まで空調が効いている。
「なんだか大変な事になっちゃったわね……娘も不安がってるから、友達が来てくれて助かるわ」
「はい……僕らも誰かと一緒に居た方が気が紛れるので、むしろお招きいただいてお招きいただいて感謝しております」
健太が柄にもなく優等生のような事を言うので、僕は笑いを堪えなければならなかった。髪を染めたチャラいバンドマンが、どこでこんな処世術を学ぶのだろうか。
幼馴染の家という事で、勝手を知っている僕らは二階に上がり、風ちゃんの部屋に向かう。ノックをするとすぐに扉が開いた。
「二人とも遅いです!」
出迎えるなり、風ちゃん立腹した様子で頬を膨らませ苦言を呈する。だが、愛嬌のある風ちゃんが怒っている様子は、むしろいつにも増して可愛らしく見え、僕はとうとう耐えきれなくなって笑い声を上げてしまう。
「な、何笑ってるんですか?」
「あー、気にしないでやってくれ。英司のヤツ、情緒がおかしくなってるんだ。さっきも下の駐車場で一人で泣いてたし」
「泣いてないよ!」
遅くなったのは健太のせいだというのに、どうして僕が奇異の目で見られなければならないのか?
「……まあ、いいですけど」
風ちゃんに招かれて部屋に上がり込む。僕の住むアパートよりも少し広い部屋は綺麗に整頓されており、本棚には風ちゃんの好きな探偵小説が並んでいた。壁のハンガーには制服が吊るされており、風ちゃんがまだ女子高生である事を思い出させる。
僕らはクッションに座ると、風ちゃんのお母さんが部屋にやって来て、飲み物とお菓子を盛ったお皿を持ってきた。まるで子供の頃と変わらない歓迎の仕方に、風ちゃんが「そんなに気にしなくていいのに」と苦言を呈する。
「それで、俺らを呼んだ理由は何だ? まさかテレビゲームをやるために呼んだんじゃないんだろ?」
お母さんが去ったのを確認して、健太がおもむろに尋ねた。やはりコイツも風ちゃんの誘いが建前である事に気づいていたのだ。
「……そうですね。今日はミマ姉も来てくれるんですよね?」
「あ、うん。遅れるとは言っていたけど……たぶん後三十分ぐらいで来ると思うよ」
「分かりました。それじゃあ、ミマ姉が来てから本題に入ります」
何を悠長な事を。僕は本棚に並ぶ探偵小説の背表紙をちらりと見て、まるで重要な証言を出し渋る目撃者のようだと思った。あるいは、最後まで推理を披露しようとしない名探偵だろうか。
そんな感想を抱いたことが顔に出てしまっていたのだろう。風ちゃんは申し訳無さそうに謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさい。お呼び立てしてこんな事を言うのも勝手だとはおもいますが、これから話す内容について、まだ心の整理がついていないんです。だから、ミマ姉を理由に後回しにさしてください」
風ちゃんは深々と頭を下げる。そこまで畏まられては、逆にこっちが恐縮してしまう。
「い、いいよ、そんな事。時間はいくらでもあるんだし」
「そうそう。クーラーの利いた部屋で冷たい飲み物があれば何時間だって待てるぜ」
炎天下の中で友達を待たせる奴は言うことが違うな。健太の言葉に少しだけカチンと来るが、下の自販機で買って貰った飲み物に免じて小言を飲み込んだ。
「ありがとうございます。でも、何もせずに待つのも退屈ですし……」
風ちゃんはテレビを付け、接続されているゲーム機のコントローラーを手に取る。
「垣谷先輩の言う通り、ゲームでもして待ちましょうか」
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