25話 猛暑


 僕はけたたましいセミの声の中、熱気に満ちた神社の入り口に立っていた。夏も本番。出歩く人はタオルで汗を拭ったり、アイスを食べていたりする。


「はぁ……暑いなぁ」


 羽廣神社の入り口には長い階段があり、僕はその階段の入り口に木陰に居た。約束の時間はとうに過ぎているにもかかわらず、待ち人は未だに姿を見せない。


 僕はチャットで健太宛に今どこに居るのか尋ねる。返事はすぐにあり、もうすぐ到着するとの事。


「まったく、アイツは……」


 木陰とはいえ、こんな炎天下の中で待っていたら熱中症で倒れてしまいそうだ。


『先に風ちゃんの家に行ってるよ?』


『いや、もうちょっと待って合流してから行こう。何度も玄関を開けさせるのは申し訳ないだろ』


 その気遣いの心があるのなら、少しは僕にも向けて欲しい。そう思いながらも、言った所で健太が早く来てくれるとは思えない。半ば呆れた気持ちで『分かった』と返答する。


 続けてメールアプリを開いて、美麻ちゃんにも後どれぐらい掛かるか尋ねる。こちらも返事はすぐにあり、小一時間程遅れるから先に風ちゃんの家に行っていて欲しい旨の内容だった。


「まったく。どうしてみんな時間にルーズなんだろう?」


 この前の新宿での飲み会も、時間通りに来たのは僕と真治だけだった。成人しているというのに、なんという体たらくなんだろう。こんなんじゃあ、社会人になった時に苦労するぞと心の中で怒る。


 それにしても、風ちゃんはどうして皆をここに集めようとしているのだろう? 通話の時の歯切れの悪さから、僕は一抹の不安を覚える。


 母親と二人で家に居るのが不安だと言っていたが、これはきっと僕らを呼び出す為の建前だろう。羽廣神社は国蒔最大の神社ということもあり、アルバイトの巫女や氏子が何人も勤めている。この階段を昇った先の社務所にも、お守りを売っている氏子が境内を見ているはずだし、もしも不審な人物が神社に足を踏み入れれば、間違いなく気づくはずだ。


 ではなぜ建前を使ってまでも、僕らを家に招きたがったのだろうか?


 もしも話したいことがあれば、あの場で言えば良い。どうせあのグループには僕ら仲間内しか居ないのだ。今まで散々秘密を共有してきたに今更何を隠そうというのだろう。


「まあ、考えても仕方ないか」


 どうせ風ちゃんの目的は会えば分かるのだ。太一を殺した犯人は、風ちゃんのお父さんが警察に情報を提供するのだから、捕まるのは時間の問題だ。この前会った時は変わった様子は無かった優子が突然自殺した事には疑問が残るが、きっと僕らには見せなかっただけで本人の心中では暗く渦巻くものがあったのだろう。この事件はそれでお終いだ。


「……もう会えないんだよなぁ」


 亡くなってしまった二人の事を考えて、僕は一人感傷に浸る。健太の張り付けたニュースサイトでしか二人の死を知らない僕には、どこかその実感が希薄に思えた。


 またグループチャットでメッセージを送れば、返事が返ってきそうな気がする。太一は仕事中だと怒るだろう。マメな優子ならすぐに既読が付いて返事をしてくれるだろう。週末になったらまた集まって、僕達が東京に帰る前にと飲み会を開いて、次に会うのは正月だとか、その時にはスキーかスノボーでも行こうだとか、そんな話をして送り出してくれるはずだった。


 だが、そんな日はもう来ない。想像をめぐらしてようやく二人の死を受け入れはじめた僕は、悲しみと共にふつふつと怒りが込み上げてきた。


 優子を自殺に追いやった、病院の同僚が許せない。太一を殺したあの女が許せない。命を奪うという行為は、どんな理由が有ったとしても決して正当化されることは無いのだ。もしも叶うのならば、僕自身の手で二人の死の原因に報復してやりたい。


 急に胸が苦しくなり、僕は自分の息が上がっている事に気づく。立っている事が辛くなり、思わずその場にしゃがみ込む。汗が頬を伝い雫となって地面に落ちた。この炎天下なのだから仕方がない。汗が止めどなく滴り落ちる中、こんなことなら僕もタオルを持ってくるべきだったと後悔する。


「おい、大丈夫か!」


 聞きなれた声に顔を上げると、そこには戸惑いの表情を浮かべる健太が立っていた。


「……遅いぞ」


「あ、ああ。悪い」


 僕は顔を拭い、呼吸を整えて立ち上がる。


「美麻ちゃんは遅れるみたいだから、先に行こう」


「いや、急いできたから俺も疲れた。今あの階段を上がるのは正直堪える。そこの自販機で何か買って来るから、ちょっと休んでから行こうぜ。ほら、水分補給は大事だぞ」


 健太はスタスタと赤い自動販売機に駆け寄り、スポーツドリンクを二本買って戻ってきた。


「あ、ありがとう。金は……」


「いいよ。遅れてきたお詫びだ、奢らせろ」


 笑いながら言う幼馴染に僕は少しだけ恐縮しながら、手渡されたペットボトルの蓋を開ける。


 スポーツドリンクはとても甘く感じられる。自分に水分が足りていなかった証拠だろう。


 まったく、この気遣いの心があるのなら、もう少し早く来てくれればよかったのに。僕は健太に文句を言ってやりたかったが、今日のところはこのスポーツドリンクで勘弁してやろう。

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