24話 指原真治


「クソ! 一体どうなっている!!」


 真治は都内のアパートで自分の椅子を蹴り飛ばし、怒りをあらわにしていた。隣の部屋から騒音に対する苦言として、壁をドンと叩かれるが、冷静さを欠いた真治は気にすることは無い。


 理由は送られてきたメールに添付されていた二枚の写真だった。片方の写真には、真治が知る人物が腹を割かれ死んでいる様子が写されていた。


 そしてもう一枚の写真には、一人の女性が映っている。畳の部屋で目隠しをされ、手足を縛られた和服の女性だった。


 苛立ちの中、真治は或る番号に電話を掛ける。相手はメールを送信した相手だ。


 きっと出ないだろうと高を括っていたが、思いがけずコール音が止み通話が開始される。


「畜生! 何がどうなっているんだ!! どうして余計な人間が死んでるんだ!?」


「ナ―ニシカオ――怨―」


 通話相手の電波状況が悪いのか、雑音が交じり声が聞こえにくい。しかし、その一言で相手の言いたい事を理解した真治は全身の血の気が引いていくのを感じる。


「……一体何を考えている?」


「自業自得――代わ――」


 音声が急に明瞭になる。何か気象の変化で電波が通じやすくなったのだろうか。


「当主は家弓優子の代わりに殺されました。決して国蒔に来てはなりません。貴方だけでも生き延びてください」


「姉ちゃん! 待ってくれ!!」


 電話の声が変わる。別の人物が電話に出たのだ。


「家弓優子は手遅れだった。きっと他にも……。用意してもらったバックアップは何かに邪魔されて手を出せなかった。うまく誘導できていたけど、あとちょっとのところで引き返されたわ」


 言い訳とも取れる言葉に、真治は苛立ちと怒りを募らせる。しかし、これ以上感情的になっても建設的な事など何もない。


 対話を試みなければ。まだ相手は完全に敵対したわけではないらしい。


「……確実なのは?」


「羽廣風は確実に殺せる。ただし、これはあちらの都合を無視した場合。何彁の巫女を殺した時に何が起こるか分からないから、できれば最後にしたい。そのほかは全員手遅れの可能性がある」


「姉ちゃんを……解放するには、どうすればいい?」


「妥協するしかない。そもそも、あちらのターゲットとこっちのターゲットが被ってるのが問題なのよ。現に家弓優子が殺されたせいで、余計な当主を殺す羽目になった。でもそれはアナタの事情であって、私の目的とは関係ないのは理解しているわね?」


「それは……」


 電話の向こうでカチッと軽い音が鳴る。ライターが鳴る音だ。以前顔を合わせた時は、真治が吸っている前でも煙草に手を付けていなかったから、てっきり非喫煙者だとばかり思っていた。


「国蒔に来なさい。私の目的はどう転んでも達成できるけど、アナタのお姉さんは助けたい。その為に、生きてここまで辿り着いて頂戴。言っている意味、分かる?」


 真治はつられて自分の煙草に手を伸ばし、煙を吸って「ふぅー」とため息をついた。自分は国蒔に足を踏み入れれば、どう足掻いても殺される。それが分かっていながら、自らあの地へ向かう勇気はない。


「俺がもし国蒔に行かなければ?」


「選択肢があると思っているの? アナタのお姉さんを助けたいのは、私の個人的な心情であって、目的とは無関係なのよ。指原家にとって……いいえ、ハラサシにとって、アナタのお姉さんはいつでも何彁に提供できる最高の贖罪の山羊スケープゴートなの。アナタもそれを知っているからこそ、私と組んでくれたんじゃなかったの?」


 つまり人質という事か。真治は携帯端末を握りしめる。この女は何が何でも自分を国蒔へ引っ張り出したいのだ。もしも真治が指示に従わなければ、姉は太一と同じ道を辿る事になるだろう。


「お前……まさか最初からこうするつもりで……俺の事は見逃してくれるんじゃなかったのか?」


「さあ、どうでしょうね? ただ、アナタは私が差し出した毒饅頭に貴方は口を付けてしまった。死人が出た以上、もう引き返す事はできない。自分だけじゃなくって、お姉さんまで助けようと欲を出したのが運の尽きよ。ほら、早くしないと、貴方の代わりにお姉さんが死ぬことになるわ」


 転がる椅子を再び力強く蹴り飛ばす。


「てめぇ、そこで待ってやがれ! 今から行ってぶち殺してやる!!」


 真治は通話を切って携帯端末を壁に投げつける。そしてパソコンを起動して、高速バスの予約ページを開く。


 まだ今夜の夜行バスには席に空きがあった。真治は躊躇わずにそれを予約して、倒れた椅子を起こして座る。


「クソ!」


 真治は身支度を整え、再び携帯端末を手に取る。通知の欄に健太がグループチャットで発言している旨が表示される。どうやら既に事件に気づいたらしい。グループ通話が開始され、参加するべきか悩むが、今はこいつらに構っている暇はない。


 携帯端末を操作して、登録してあったある番号へと電話を掛ける。今、都合よく動かせるのはこの男だけだろう。


「もしもし、田中か。色々と話しておきたい事がある。ハラサシと何彁についてだ」

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