23話 仲間の死
その日、僕は電話の鳴る音で目を覚ました。時計は朝の八時過ぎを示している。
まだ眠気に微睡んでいる僕は、相手が健太であることを確認して通話ボタンを押す。SNSのサービスを利用したグループ通話で電話をかけてきたらしい。
「どうしたの?」
「おい、英司! さっき送ったリンクは見たか!?」
「ん? 何のこと?」
いつも適当な態度の健太にしては珍しく、随分焦ってるように思える。どうせつまらない事を騒ぎ立てているのだろうと考えるが、その後に続いた言葉に息が止まりそうになる。
「優子と太一が死んだらしい。ネットニュースになってるぞ」
「……冗談にしては趣味が悪すぎるよ」
僕は小言を言いつつも、通話をスピーカーに切り替え、健太がSNSのチャットグループに投稿したリンクをタップする。
そこには優子の自殺と太一が何者かに殺害された事を報じる記事が掲載されていた。
「……嘘だよな?」
「嘘だと思いてぇのはこっちだよ。何で……優子も太一もこの前会った時は何も変わったところなかったじゃねぇか!」
健太は声を荒げて言う。僕はあまりにも突飛した状況に実感が湧かずにいたが、記事に書かれた二人の名前を見て、悲しみとも怒りとも言いようのない複雑な感情が沸々と湧き上がる。
「ねぇ……詳しく見てないけど、これって優子が太一を殺した後に自殺したって事かな?」
健太は複数の記事を張っていたが、その中の一つに『追い詰められた看護師 旦那を巻き込み無理心中』という見出しがあった。
「ああ? 優子がそんな事するわけねぇだろうが! 確かにアイツは性格も口も悪い女だったけどよ。旦那殺して自分も死ぬみたいな、馬鹿な真似するヤツじゃないだろ!」
「そう……だけど……」
ここで通話に新たな参加者が入った事を示す通知音が鳴る。名前を見ると、風ちゃんだった。グループ通話は気軽に複数人で同時に会話できるから便利だ。
「……おはようっございます。っぅ記事見ました」
泣いているのだろうか、時折嗚咽と鼻音が混じりながらも、冷静に言葉を紡ぐ。
「風ちゃん、その……大丈夫?」
「大丈夫じゃないです。大丈夫じゃないから、誰かと話していたいです」
風ちゃんは優子に随分と可愛がられていた。優子は過去の風ちゃんの為にと、色々とやんちゃな事をしていた事もあったが、それでも本物の姉妹の様に仲が良かった。その心の中を覗くことはできないが、きっと僕以上に動揺しているに違いない。
そんな彼女に、僕は自分の見出しの仮説に触れることができなかった。姉の様に慕っていた人が、旦那を殺して自殺したなど、想像もしたくないだろう。
「なあ、風ちゃん聞いてくれよ。英司のヤツ、優子が太一を殺して自殺したんじゃないかって言うんだ! こんな適当な記事を真に受けるなんて、どうかしてるよな!」
「ちょ、おまえ!」
本気で健太に殺意を覚える。思わず、殺すぞとか死ねとか言いたくなるが、この場で言えば冗談では済まされないだろう。間違いなく僕はう友人を二人失う事になる。
「……それはないですよ。記事には防犯カメラの映像から切り抜いた写真が掲載されてますよね。右下の録画時の時間から21時前後のもの見たいですけど、この時間はユウ姉が病院に出勤してる時間です。当直の看護師がどういう言い訳で自宅に帰るって言うんですか?」
「ええっと……」
「それに、画像が荒くてこの写真の人がユウ姉の変装かどうか分かりませんけど、たぶん体格からして別人ですよね。まあ、絶対別人なんですけど、きっとこの人が犯人です」
「それはまだ分からねぇよ。優子が出勤前に太一を殺して、画像の人はたまたま部屋に入っただけかもしれないだろ」
異論を挟んだのは健太だった。どうして会話を面倒な方向に持って行くのか、そもそも友達が死んだというのに、推理合戦みたいな真似ができる神経が僕には理解できなかった。
「仮にユウ姉が太一さんを殺してから仕事に行ったとして、この人は何をしに部屋に入ったんです? 何かの用事で太一さんに会いに来た可能性がありますけど、鍵が開いてたからって中に入るのは普通の人ならしないと思いますし、ましてや中で人が死んでたら普通なら通報しますよね?」
「必ず通報するとは限らないだろ。例えば、自分がここに居る事がバレるとマズイ人とか……後は家主が死んでるのをいいことに盗みに入ったとか」
「なるほど、不倫相手なら確かにあり得そうですね。人の男に手を出す馬鹿女なら、不倫がバレるリスクと警察に捕まるリスクの重さを比較できない可能性はありますから」
風ちゃんは健太があえて濁した部分に切り込む。
「でも、この人はたぶん太一さんの不倫相手ではありません。泥棒という線も薄いでしょう。服装からの判断になるので確かなことは言えませんが、実は私、この人に会ったことあるんです」
「えっ!! どこで!?」
僕は驚いて思わず口を挟む。
「うちの神社の境内です。この前、国蒔郷土資料館に行った日の帰りに境内の階段を昇ってる最中に会ったんです。目が合った時に急に立ち眩みがして、この女性に介抱してもらいました。その時、私が何か不審な点を見つけてうまく立ち回れていれば……」
電話の先から歯ぎしりをする音が聞こえる。僕は風ちゃんの情緒が不安定になっている事が心配だ。
「じゃあ、犯人が羽廣神社に参拝に来た時に、風ちゃんは見かけたって事だね」
「いいえ、参拝客ではなかったそうです。お父さんに聞いたら東京から来たライターさんみたいですね。黒士電気の公害問題を批判する記事を書くとかで、名前は佐藤幸子だそうです」
「……それ、早く警察に言った方がいいよ?」
まさか事件の犯人に繋がる手がかりが仲間からもたらされるとは。これで警察の捜査が進展するのなら、一刻も早く伝えるべきだろう。
「もうお父さんが電話してくれました。事情聴取の為に警察署に来てくれって言うので、出かけてます。私は留守番で、今日は誰か尋ねてきても絶対に家に上げないようにって、きつく言われました」
風ちゃんのお父さんの判断は正しいだろう。風ちゃんと犯人が接触していた場合、目撃者として風ちゃんに何か危害を加える可能性はある。何より、他人を殺すような人間の思考なんて常人には理解できるはずもない。一体何をやらかすか分かったものでは無いのだ。
「それと……これはここで話す事はできないのですが……もしお二人が良ければ、今から私の家に来てもらえませんか? お母さんは居ますけど、家に女二人だと心細くて……」
どこか歯切れが悪く、何か不自然なものを感じる。話しているうちに、泣き止みはしたみたいだが、情緒が不安定であることに変わりは無さそうだ。
「いいぜ、どうせ家でゴロゴロするぐらいしか予定なかったし」
「ああ、うーん。いいけど……」
健太が二つ返事で答えてしまい、僕は少し悩んだが快諾するしかなかった。
「ありがとうございます。それでは、また後で」
「あ、そうだ。その前に……」
「何ですか?」
僕はふと思いついた事を口にする。
「美麻ちゃんも呼んでいいかな?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます