19話ー2 自宅


「ああ、山ね。間宮のヤツ、よくボヤいてるよ」


「ホント!?」


 灯台下暗しとはこのことか。まさか、美麻ちゃんの山に関する情報が自分の父親からもたらされるとは思ってもみなかった。


「なんかアレだろ。山籠もりして修行してるんだろ?」


「修行? 何の?」


 僕は身を正して、ビールを飲みながら耳を傾ける。苦いと思いながらも、ついつい手元にあると口を付けてしまう。こうやって、皆はビールにハマっていったのだろうか?


「それは知らねぇよ。間宮も娘が変な宗教に引っかかったんじゃないかって、始めは心配してたぜ。当時はまだ子供だったし、俺たちも国蒔の事をよく知らない時期だったから、アイツの不安はもっともだと思うけどな。ただ、結局アイツは娘が亀ノ山の道場で山籠もりの修行を認めたんだがな」


 修行や山籠もりなど、断片的ながら山の情報が出て来る。山とは美麻ちゃんの言っていた山とは、亀ノ山の事だったのか。


「よく間宮さんのお父さんは、娘さんが山籠もりする事を許してるね。変な所に娘が一人で泊まりに行くって、父親としては不安でしょうがなくない?」


「そりゃ、普通はそうだろうよ。でも、それが指原さんの道場だし、向こうから来てくれと言われてるとなりゃ無下にも出来ねぇよ。間宮にとっては、歯がゆい問題だろうな」


「ちょっと待って! 今指原って言った?」


「ああ。そういえば、指原さんのご子息とも仲良かったよな。お前の交友関係があれば、世代交代したときに国蒔を掌握できそうだ。どうだ、お友達と一緒に市議会議員とか興味ないか? そんで開発する区画とか教えてくれよ。そこの土地買いあさるからさ」


 冗談めかして笑う父親をよそに、僕は動揺していた。美麻ちゃんが言う山の件と真治が何か関係ある? となると、あの誘拐にも指原家が関わっているのか? 


 優子や風ちゃんの話を聞く限りは、家弓家と羽廣家は美麻ちゃんの山とは無関係のはずだ。きっとこれは、三家の秘密というよりは指原家単独の何かだろう。


 真治はその事を知っていて、皆に黙っているのか。それともせがれである真治にも知らされていない指原家の秘密があるのか。


 そういえば、指原家は女系の家だと言っていなかったか。という事は、真治よりも真治のお姉ちゃんの方が、家の秘密については詳しいはずだ。


「……ごめん、そろそろお風呂入って寝るね」


「おう、そうか。いじめだとか、が居たりもするが、それでも未だに昔馴染みと仲が良い事はいい事だ。これからも仲間は大切にするんだぞ」


 左耳から入った父親の言葉は右の耳から出ていってしまう。何か妙な事を言われた気がしたが、僕は「うん」と曖昧な返事をして部屋へと引き上げる。


 階段を昇りながら僕は携帯端末を立ち上げる。まずは真治に連絡を入れよう。不摂生なアイツの事だ、この時間ならまだ起きているに違いない。


 そして、もしも真治からはぐらかした回答しか得られなければ、真治のお姉ちゃんに接触してみよう。真治がお姉ちゃんは国蒔に居ると言っていたから、指原亭を尋ねれば会えるかもしれない。できれば三家の権威を借りる意味でも、優子か風ちゃんについて来て欲しいところだ。


 二階の廊下を歩いていると、ふと誰かに見られているような気がして振り向く。


「……お母さん? おやすみー」


 お母さんが起きたのかと思い、そう呼びかけてみるが返事はない。首を傾げながら自室に向けて歩みを進める。比較的新しい家ではあるが、歩みを進める毎に床がみしみしときしむ音が鳴る。


 出かけるときは閉めたはずの自分の部屋の扉が、少し空いている。きっと母親が掃除してくれたのだろう。その時に扉を閉め忘れたのだ。


 昔ならば母親が男子の部屋を勝手に掃除するのは、する方もされる方も相当な緊張感だっただろう。しかし、今はほとんどが携帯端末で事足りる。ゆえに見られて困る物なんて部屋には無い。情報化社会バンザイだ。


 そして、部屋に入ると疑念は確信に変わる。部屋の窓が開いていたのだ。不用心だと呆れつつも、これは母親が部屋を掃除した時に空気を入れ替えようとして、そのまま閉めるのを忘れてしまったのだろう。それにしては、ベッドのシーツは変わっていないし、ここ数日で積もった埃はそのままだ。


 いや、昼のうちに換気をしてくれただけでも感謝するべきだ。僕は窓を閉めベッドに座り、携帯端末のSNSアプリで真治のアイコンを表示させる。


 廊下でバタバタと何かが走る音がした。お父さんやお母さんでない事は確信できる、背の小さな子供が逃げ惑うような早々とした足音だ。


 何事かと思って扉を開き、廊下を見る。しかし、電球色の光に包まれた廊下は変わった様子が無い。もしかして、屋根裏に何か動物でも住み着いたのだろうか? 明日、お父さんに伝えておこう。


 再びベッドに座り、真治に電話を掛ける。しばらくコールしたが、結局真治が電話に出ることは無かった。


 もう寝たのだろうか? それとも、何か忙しいのか。もしかすると、今は僕と話す事に気が向かない心持なのかもしれない。いずれにしても、そのうち折り返しで連絡をくれるだろう。


 僕は着替えを持って階段を降り、風呂場へと向かう。途中、再び廊下を走るような音と視線を感じたが、気にしない事にした。やはり国蒔は黒士電気によって栄えたとはいえ、山間の田舎なのだ。屋根裏に小動物が潜り込む事なんて、都心ではそうそう無い。


 洗面所で服を脱ぎ、風呂場へと入る。一瞬、鏡に子供の姿が映ったような気がして、驚いて振り向く。もちろん、そこに何かが居るはずもなく。


「……ちょっと飲みすぎちゃったかな」


 妙な幻覚を見る程飲んだ自覚は無いが、酔っぱらった状態で風呂に入ると危険だという話を聞いた事がある。今日はぬるめのシャワーだけにして、湯船につかるはやめておこう。

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