18話ー2 羽廣神社


「まず神主から聞けた話や見せられた資料は、比較的最近のものばかりだったわ。黒士電気と地方公害についての記事を書いているライターだって名乗ったのが不味かったわね」


 フリーのライターとして身分を偽るのは、業界の人間なら誰もが使う常套手段だった。容姿で疑いを掛けられる事も無いし、調査の為に変な質問をしても記事の為と主張する事が出来る。田中の場合は、有名な雑誌の名前を挙げオカルトライターとして潜り込むことが常だった。


「どうして歴史や文化の調査だって言わなかったんだ? 文化人類学者だとでも言えば、協力してくれるだろ」


「それだと古い話しか聞けないじゃない。古い人間は基本的に古い話をしたがるものなの。だから私は新しい話を聞きに来ましたって言えば、最近の話と古い話の両方が聞けるでしょ」


「黙ってても古い話をしてくれる。そう高をくくってたら、黒士電気が来てからの話しか聞けなかったのか。ふん、ざまぁねぇな」


 狙い自体はなるほどと納得ができるものだ。だが、今回は相手が良識的な人間過ぎたが為に、佐藤が事前に欲していると伝えた情報しか得られなかったという事か。


「ハラサシと羽廣神社の関係は洗いたかったけれど、それは後回しね。もちろん、面白い話は聞けたわ。まず羽廣神社は昔、八廣神社と呼ばれていたの」


「……それ、観光パンフレットにも書かれているぞ」


 田中が指摘すると、佐藤は立腹した様子で「話は最後まで聞け」と言い放った。


「八廣神社は、もともと国蒔の北東に存在していたわ。亀ノ山と蛇岳のちょうど境目辺りにね。田中はこれをどう見る?」


「……鬼門だな。嫌な位置だぜ」


 北東は鬼が来る方向という云われがあり、鬼門と呼ばれ恐れられていた。これは中国に由来をもつ俗説だが、日本の陰陽道に取り入れられ今でも家の間取りを考える際の参考にされている。また、鬼門には何かしらの対策を施す事を鬼門除けと呼ぶ。有名な鬼門除けとしては京都の鬼門である比叡山に建てられた延暦寺がある。


「つまり、八廣神社は国蒔における鬼門除けだったって事か。それがどうしてこんな西側に? 裏鬼門の方で何かあったのか?」


 鬼門である北東とは逆の南西は裏鬼門と呼ばれ、これもあまり良い方位とはいえない。少し位置はズレるが、裏鬼門に近い西側に神社を移設したのには何かしら理由が有るのだろう。


「八廣神社の移設先には、裏鬼門を意識したのはあるでしょうね。私がその発想に至らなかったから、裏は取れていないけれど。それで、肝心の移設の理由だけど、私たちがこの国蒔に来る時、どうやって来た?」


「どうって……新宿のバスターミナルから高速バスに乗って……あっ、まさか!」


 助手席の佐藤がカーナビの地図を縮小し、国蒔に通じる高速道路を指さす。


「道路は北東から南下して南西に抜けるように通されているの。旧八廣神社があったのがこの辺り。ドンピシャ、高速道路の真下よね」


「マジかよ。つまりお上は、国蒔の鬼門除けを潰して高速道路を建てたのか」


「南東は入り組んだ渓谷になっているし、分厚い岩盤まみれの蛇岳にトンネルを掘るリスクと工費を考えたら、合理的判断よ。……神霊の恐ろしさを知らない人間にとってはね」


「おいおい。国蒔の連中は当時それに反対しなかったのかよ」


「住民の反対運動はあったみたいよ。ただでさえ、黒士電気の誘致で国蒔は二分されていたみたいだし。でも、それを抑え込んだのは三家みたいね。神主には否定されたけど、嘘をつくのが下手な跡取りだこと……。不思議な事に、反対運動をしていた住人は事故や事件に巻き込まれて、ほとんどの人が他所に移って行ったみたい。新しく建てられた羽廣神社の建築を見る限り、相当な額を貰っていたのね」


 田中は背筋に冷やかなものを感じる。三家というのは、ヤクザか何かなのだろうか?


「……それで、鬼門除けを取り壊して、何も問題なかったのか?」


「そんなわけ無いじゃない。高速道路建設中には相当な数の事故が起こっているわ。国蒔市内でも色々問題が起こったみたい。それで、打ち出した対策が二つあるの。一つはかつて行われていた儀式の再興。詳細は秘祭だからって教えてもらえなかったけど、神主は陰祭って呼んでたわ。もう一つは、鬼門に近い黒士電気の建物の中に八廣神社の分社を立てたらしいわ」


 神社を取り壊してビルなどを建てる際、そのビルの屋上に小さな社を付ける場合がある。恐らく、それに近い事を遅まきながら始めたという事だろう。


「その建物が追加で見てみたい所って事か」


「ご明察。田中も多少は頭が回るようになってきたのね」


 どうしてこの女は素直に褒める事が出来ないのだろう。わざわざ余計な一言を添えて、田中を怒らせたいとしか思えない事を言う。


「それで、場所は分かってるんだろうな」


「黒士電気第六事業所って建物よ。もう使われていない事務所で、建物も廃墟になってるみたいだけど、住所は調べたら分かったわ」


「分社を建てた建物が廃墟同然か……これは厄介そうな匂いがするぜ」


「厄介な事は他にもあるわ。当時、三家とやり取りをしていた黒士電気側の担当者の名前が割れたの。あくまで黒士電気の奉納者リストに名前が挙がってただけだけど、わざわざ名前が使われるぐらいだから間違いないと思うわ。藍川、垣谷、間宮。この苗字に心当たりは無い?」


「……なるほどな。それは厄介な話だ」


 佐藤が挙げた三人の苗字のうち二人は、クライアントから保護を依頼された人物と同じ苗字をしていた。

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