18話ー1 羽廣神社


 佐藤からの連絡を貰い、田中はコインパーキングに泊めたレンタカーに乗り込んで羽廣神社へと向かっていた。


 既に日は陰り、西の空を真っ赤に染め上げている。この世ならざる存在を最も目にする時間帯は、黄昏と暁だ。連中は地続きのどこかに隠れ潜み、何かの拍子にその穴蔵から這い出て、何かの目的を成すために活動している。黄昏は出勤ラッシュであり、暁は退勤ラッシュなのだ。


 田中はハンドルを握る手が汗で湿るのを感じながら、アクセスを踏む足の力を緩める。きっと昼にも見かけた子供の霊たちが、そこかしこから飛び出してくるに違いない。


 しかし、その予想とは裏腹に子供の飛び出しは無かった。それどころか、怪しげな存在の姿がどこにも見当たらない。昼に寄った蕎麦屋や資料館の周辺には、子供の霊を含め様々な魑魅魍魎が跋扈していたというのに。


 この辺りは何かがおかしい。田中は別の意味で不安を感じ始める。


 羽廣神社のある国蒔の西側は、平屋の家や土産物屋など、古めかしい情緒を残す地域となっていた。更に西に進んだ先にある白帝山には温泉が湧いていると聞いており、その影響なのかどこか観光地めいた雰囲気を感じる。


 その手の古い雰囲気の町には、決まってあやかしの類が住み着いているものだ。何も悪霊や妖怪など、人間に被害を与える存在とは限らない。守り神や神霊の類も、田中から見れば妖怪と同じ怪異である。そして、この日本という国においてそれらの怪異は気づきにくいだけでそこら中に存在している。


 だが、この町は一体何だというのだろう。それらの存在の気配が一切しない。時折民家の片隅に簡素な社が建っているが、その中身はもぬけの空だ。田中は佐藤ほど霊感が強くないが、それでも超常的な存在の気配ぐらいは感じ取ることができる。


 やがて、民家が途絶え広々とした空間が道の先に見えて来る。入り口が巨大な鳥居となっており、その先に駐車場と思われるスペースがある。そして、入り口には『羽廣神社』と大々的な看板が掲げられている。


 中に入る時に、一台の大型の乗用車とすれ違う。家族連れだろうかと考えたが、運転席と助手席に座る二人の顔に見覚えがあった。


「……嫌に縁があるな」


 田中は誰にとなく呟く。そういえば、クライアントから保護の依頼をうけた男女の内、一人はこの神社の娘だったか。


 駐車スペースに車を停め、佐藤へ到着した旨をメッセージで送る。返事はすぐにあり、今から降りて来るとの事だ。彼女への善意と嫌がらせで、今のうちに煙を溜めておくかと思い、煙草に火をつける。一酸化炭素中毒は怖いが、我々にとってはもっと怖い物が沢山あるのだ。


 駐車スペースから神社の境内へは、長い階段を昇らなければならない。その階段を昇る過程で多くの鳥居を潜る事になる。田中は車内からその階段を眺め、伏見稲荷と関係があるのかと思いを巡らすが、事前に調べたところだと無関係だったはずだ。


 煙草を一本、二本と立て続けに吸う。三本目に手を付ける頃には、中々降りてこない佐藤に対して苛立ちが募り始めていた。メッセージの返信では、すぐに降りて来ると言っていたハズだが、一体何をやっているのだろう。


 三本目が終る頃には流石に心配になり、もう一度メッセージを送ろうか、いっその事あの階段を昇って様子を見に行こうかと考え始める。だが、そんな田中の心配を見越したかのように彼女は階段から姿を現した。


「お待た……うわ、けむっ!」


 扉を開けるなり「けほけほ」と咳をしながら、助手席へと佐藤が乗り込んでくる。


「おう、遅かったな。今日はもうホテルに向かえばいいか?」


「いいえ、夜の市内の様子を見て回りたいわ。今日巡った所を一通り周って頂戴。あと、今日寄ってない場所で今のうちに見ておきたい所があるから、そこも後で寄ってね」


 田中はげんなりしながら、エンジンをかけ車を走らせる。今日はもう休めると高をくくっていたが、この真面目な女の前ではまだまだこき使われそうだ。


「……あの蕎麦屋までの山道、夜にはあんまり走りたくないんだが」


「どうせ私等以外に、夜にあんなところを走るヤツなんて居ないわよ。それとも、今更夜道で幽霊に会うのが怖いのかしら?」


「幽霊以前に普通に危ないんだよ。舗装されてない山道で脱輪なんてしてみろ、JAFが来るまでどれだけかかると思ってるんだ」


「分かったわよ。じゃあ、あの郷土資料館までで勘弁してあげるわ。その代わり、あの亀ノ山は別に機会にしっかり時間取って調べるわよ」


 佐藤がやれやれとため息をつく。ため息をつきたいのはこっちの方だと、田中が心の中で毒づく。


「それで、羽廣神社では収穫あったか?」


「期待していたものは手に入らなかったけど、期待以外の収穫はあったわね」


 田中の問いに、佐藤は複雑な顔をして答えた。

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