14話 帰路
国蒔郷土資料館の駐車場の隅に置かれた灰皿の前で、煙草を片手に太一が健太の襟首を持ち上げ、優子が太一に説教をしている。
それを遠目に見ながら、自販機の前で僕と風ちゃんは佇んでいた。
「ざまぁみろってんですよ。私に変な事言って、ユウ姉が黙ってるわけないんです」
「あはは……風ちゃんもいい性格になったね」
「えっ、それって褒めてるんですか?」
「ええっと……まあね」
階段でのあの囁きは、駅前のロータリーで健太が風ちゃんに変な絡み方をしていた事を優子に報告していたのだった。優子はその後、太一に健太を締め上げるよう指示をし、そのまま健太はあの喫煙所まで連行されていった。
昔のような凶暴性は無くなったとはいえ、太一はガタイも良く威圧的な顔をしている。そんな太一に襟を掴まれ、優子からマシンガンの様に罵倒されている幼馴染の姿に、自業自得とはいえ少しばかり憐みを感じてしまう。やはり家弓夫婦は決して敵に回してはいけない存在だ。
そして、虎の威を借りる狐ではあるのだが、家弓夫婦を自由に操れる風ちゃんこそ、僕らの仲間内で最も実権を握っているのかもしれない。健太も命知らずな事をしたものだ。
「でも藍川先輩、大丈夫ですか? なんか二階で体調悪そうでしたけど」
「ああ、もう大丈夫だよ。なんか、あの女の人と目が合ったら急に立ち眩みがして……元々ちょっと疲れてたのかな?」
「いえ……私もあの人たち見た時、嫌な感じでしたから……でも、それを差し引いても変な人達ですよね。こんな所、カップルで来るような場所じゃありませんし」
「そうだよね。たぶん国蒔の人じゃないよね? 観光客とかかな?」
「観光客ぐらいしか考えられませんけど……」
風ちゃんは広々とした駐車場にぽつんと停まった二台の車を見る。片方は太一の車で、もう片方は元々停まっていた車――おそらく受付のおじいさんのものだろう――だった。僕らが駐車場についた時には、既に二台車が止まっていたから、もう片方の車があの男女のものだったのだろう。
「でも、あの人たちもハラサシの絵巻を見てましたよね。何でだと思います?」
「さぁ……妖怪マニアとか?」
「メジャーな妖怪なら理解できますけど、ハラサシってネットで検索しても出てこないような妖怪ですよ」
「いや、山姥伝説を調べてたら国蒔に辿り着いたとかありそうじゃない?」
「うーん……」
風ちゃんは納得しかねるといった様子で首を傾げる。
「それじゃあ、だれか国蒔出身の人にハラサシについての話を聞いて、興味を持ってわざわざ来たとか?」
「そうですね……うん、そっちの方がしっくりきます。もしかすると、どっちかが民俗学者とかで、日の目を浴びてない山姥伝説の話を誰かから聞いて研究に来たとか」
「遠野物語の成り立ちみたい!」
最近太一の影響で調べた事をしたり顔で言うが、風ちゃんは呆れたように首を振る。
「そんな大仰な事にはなりませんよ。ハラサシと土疼隠だけでどうやって話を広げるんですか? それに、あの女性の方はさておき男の方は民俗学とか関係あるとは思えません。何ですか、あのチャラチャラした格好は!」
「確かに……」
そんな話をしていると、憔悴しきった健太が太一に襟首を掴まれたまま僕らの前に引きずられてきた。
「おい、健太。風ちゃんに何か言う事があるんじゃねぇのか?」
「す、すいませんでした」
幼馴染のみじめな姿を、僕と優子と風ちゃんでひとしきり笑った後、風ちゃんは笑顔で答える。
「許します。これからは気を付けてくださいね」
「良かったわね!」
優子が健太の腹を軽くパンチする。これで後腐れは無しだという、優子なりの合図だ。
「よし、んじゃ飯行くか」
太一の掛け声で皆が車に乗り込む。車内には熱気がこもり、まるで灼熱地獄のようだった。
この周辺は畑や田んぼばかりで、飲食店の類は皆無だった。強いて言うならば、亀ノ山の山道で蕎麦屋が営業していたハズだが、お世辞にも値段と質がつりあった店とは言い難い。地元民である僕らはその事を知っているがゆえに、太一が国蒔の都心に向けて車を走り出した事を誰も咎めなかった。
途中、何を食べるか言い合っていると、田んぼの先のあぜ道を十人前後の子供たちが歩いているのを見つける。
「あれ、さっきの子供の友達なんじゃない?」
「ああ、そうだろうな。こんな所に子供だけで来るなんて、けしからん話だ」
「そうは言っても、うちらも昔来てたじゃん。ほら、黒士電気の営業所後の廃墟にさ」
「ありましたね。自転車で集まって……でも、もっと東の方じゃありませんでしたっけ?」
「風ちゃんさぁ。もっと東の方と言われても、ぱっとどっちが東か分かる人は少ないと思うよ?」
風ちゃんは「え~」と不服そうに唸る。
「国蒔って、山の形を覚えれば方角すぐに分かると思うんですけど。あれが虹岳ですから、あっちが東です」
「まあ、確かにそうなんだけどさ……」
どうでも良い方角の話をしつつ、田んぼに囲まれた道を行く。青々と茂った稲には、まだ未熟ながらも実を付け始めている。これから実が膨れ上がり、色づく頃に収穫される彼らを思うと、大学生というモラトリアムを謳歌する自分とどこか重ねてしまうものがある。
「そうそう、英司には言ったけど、俺から重大発表! いまからグループチャットに送る動画を見てくれ!」
会話が途切れたタイミングを見計らって、健太が声を上げる。内容については察しがつくが、昨晩新曲をアップしていた努力に免じて、茶番に付き合ってやるかと携帯端末を取り出す。
チャットアプリを開こうとするが、通知の中に新着メールを見つけてしまい、思わずそっちをタップしてしまう。
それは美麻ちゃんからのメールだった。
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