13話 妖怪
「ねぇ、本当に大丈夫? 下の休憩所で休んでてもいいのよ?」
「いや、大丈夫。せっかくハラサシの事調べに来たんだから、僕も見たいし」
先ほどの女性と目が合ってから、急激な立ち眩みに襲われていたが、今は何とか持ち直す事ができていた。僕は優子と健太に礼を言って、自分の足で立ち上がり、ハラサシの絵巻の前に立つ。
白い肌に長いぼさぼさの髪。ぼろきれの布を身にまとい、肌は大部分が露出している。その容姿から女性の妖である事は察せられるが、老婆のようでもあり若い娘のようにも思える。鬼のような形相だが角は無く、杭のような物を抱えている。
妖怪が描かれている絵巻の空きスペースには、何やら難しい文字で何かが書かれていた。崩し字とでも言うのだろうか、ミミズがのた打ち回ったような文字に僕は読解を諦める。何とか認識できるのは、腹刺という字と山、人里といった馴染のある漢字ぐらいだろうか。
代わりに、展示に備え付けられた解説文へと目を移す。
『国蒔の亀ノ山には山姥伝説が残り、山に住むハラサシと呼ばれる老婆が子供を攫うと言い伝えられている。亀ノ山はかつての姥捨て山であり、供養のため建てられたのが今の羽廣神社である』
「これ、羽廣神社についても書いてあるね。やっぱり羽廣家はハラサシと何か関係があるんだ」
「そうですね。私も昔、お父さんに連れられてここに来た時、うちの神社と関係のある妖怪だからよく覚えておくようにって、この絵巻を見せられたんです。だから印象に残ってて、ハラサシの話になった時にこの資料館を思い出したんです」
「なるほどな。ところで、ここには何が書いてあるんだ?」
太一が絵巻の空いたスペースに書かれた文字を指さす。僕が読解を諦めた箇所だ。
「これは
「ええっと、何語?」
この質問は健太のものだ。気持ちは分からない訳ではない。
「日本語です。今風に言うなら、『ハラサシという妖怪が山に住んでて、時々町に降りて来ては子供を攫って穴に埋める』みたいな感じですかね?」
「腹刺してないじゃん。何でハラサシって言うんだろう?」
「ここには書かれていないだけで、ハラサシは子供の腹を刺して殺す妖怪だって話よね?」
「はい。少なくとも、うちのお父さんはそう言ってました」
これは真治の言葉とも合致する。そういえば、真治は自分の先祖がハラサシだと言っていた。そして、指原家は女系の家系だとも。山姥伝説が指原家の当主を指していると考えると、かなり納得のいく話ではないだろうか?
「でも、真治の言う事が本当なら、これが指原家のご先祖様って事になるのかな?」
僕が疑問を呈すると、皆が首を傾げる。
「あんまりイメージできないよな。あの指原家の当主をこんなボロを着た山姥で書くなんてさ」
「そうかしら? 元々指原家への不満がハラサシって妖怪を生んだなら、これを描いた人は『指原家なんてボロを着るぐらいに衰退しろ!』って願いを込めたなんてありそうじゃない?」
「確かにありそうな話ですね。権力者の記録を残すとき、敵対勢力が事実とは違う描写をする事は珍しくありませんから。戦国武将なんて、そういう話ばっかりですし」
「そうだな……でも、そうなるとこの絵巻の話って信憑性無くなってくるよな。風ちゃん、他にハラサシについての展示って心当たりない?」
太一が携帯端末を取り出して、絵巻の写真を撮りながら聞く。勝手に撮影して良いものか不安になるが、展示されているガラスケースの隅にカメラマークと丸が書かれた表示を見つける。
「ここ以外には無いと思いますね。強いて言えば、うちの神社ならハラサシに関する資料があったと思いますけど」
「それ、見せてもらえたりするのか?」
「家弓家の婿養子が見たがってるって言えば、うちのお父さんも嫌とは言えないと思いますけど……でも、たぶんこれと同じような崩し文字で書いてあるはずですよ」
風ちゃんが絵巻の絵詞を指さす。太一は渋い顔をして、かぶりを振った。
「風ちゃん……悪いんだけど、その資料を読んで分かりやすく説明してくれる?」
「お安い御用です!」
嬉し気に頷く風ちゃんに、僕はどこか安心する。学校に行けなくなった頃の彼女を思うと、随分元気で表情が豊かになったものだ。自分の知識が周りから求められているというのも、良い事なのだろう。
「んじゃ、そろそろ行くか。帰りに飯食って、どっかで遊んでから帰ろうぜ」
太一の言葉に健太は嬉しそうに顔を上げる。来る前は良い事を言っていた彼も、実際に資料館に来て退屈していたのだろう。
方や優子が何だか難しそうな顔で、絵巻を眺め続けていた。
「どうしたの? なんか考え込んでるみたいだけど」
僕が聞くと彼女は「ううん」と首を振る。
「ちょっと……ふと思ったんだけど、ハラサシって子供を穴に埋めるのよね? 何だか陰祭みたいで嫌だなって……まあ、あっちは土疼隠を燃やして穴に埋めるんだけどね」
「……偶然じゃない?」
僕が言うと優子は「そうよね」と頷き、皆の後に続く。導線の先の階段を降りる時、風ちゃんが何かを思い出したかのような表情で優子の側に近寄り、何かを耳元で囁く。
「へぇ」
優子の目の色が変わり、階段を降りる速度が速まる。嫌な予感を感じつつ風ちゃんを見ると、彼女は笑みを浮かべながらこう呟いた。
「ざまぁみろ……」
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