12話 資料館
国蒔郷土資料館は国蒔の北側の郊外に建てられていた。二階建ての無骨な建物で、看板が無ければ黒士電気の事業所だと勘違いしてしまいそうだ。
広々とした駐車場には僕等以外には二台しか車が止まっていない。夏休みという、この手の施設にとっては絶好の書き入れ時だというのに、閑古鳥が鳴いてしまっているのだ。
「これ、本当にやってるんだよな? 早めのお盆休み入ったとか無いよな?」
入り口近くの駐車スペースに車を停めながら、太一が不安を吐露する。
「家出る前に調べたじゃない。休館日は毎週水曜日と年末年始だけだって」
今日は日曜日だし、営業はしているはずである。思い入れがある施設という訳ではないが、地元の郷土資料館の行く末に不安を覚えつつ、僕は健太を揺さぶり起こす。
「ほら、健太。着いたよ」
「うんにゃ?」
間の抜けた声で目を覚ました健太は、涎を服の裾で拭きながら寝ぼけた目で周囲を見回す。
「おはよう。ぐっすり眠れた?」
「ああ……なんか悪い夢見た気がする。……ドライバーの運転が下手なせいかな?」
「ああん? 表出るか?」
「言われなくても降りますよー」
二人が何とも間の抜けた冗談を言い合いをしている中、僕らは車から降車する。
出入口の自動ドアが開くと、冷気が全身を包む。夏場に灼熱の世界からクーラーの効いた室内へと入るこの瞬間の開放感が僕は好きだった。
受付の老人が僕らの姿を見て驚く。太一が全員分の入館料を支払い、僕らは導線に従って中へと入る。
「おじさん、驚いてましたね」
「そりゃあ、こんな所に来るのは授業で無理やり連れて来られる生徒ぐらいなもんだろうからな。若者の集団が自発的に来ること何て珍しいんだろ。それで、ハラサシについての展示はどこだ?」
「ええっと、確か二階にあったと思います」
風ちゃんがそう言うや否や、太一は足早に進み始める。皆がそれについて行ってしまうので、僕も遅れまいと後に続きながら、横目で展示を眺めていく。
市内で出土した土器、勾玉や青銅などの品々。真治はこの土地が干ばつで口減らしをしなければならない程の土地だったと言っていたが、これらの品々が展示されている事を思うと、遥か昔からこの土地には人が住んでいたことが伺える。
出土品の中には土偶が有ったが、その形に違和感を覚える。他の土偶よりもサイズの小さい、顔が逆三角の土偶が数点展示されていたのだ。なんだか土疼隠みたいだなぁと思い、もしかするとこの土偶が土疼隠の原型なのかもしれないと思い至る。
その後は古い農具の展示が続く。どうやら度々飢饉に見舞われていたのは事実らしく、そのたびに農具を改良して乗り切ったのだと、説明が添えられていた。
その他は歴史の説明ばかりで、太一の後について歩きながら目を通す事は難しかった。養和から元暦にかけて人々がこの地に移り住み、村が興されたこと。当時は都から離れたこの地が流刑地であったこと。未開の荒れた土地を一から耕すのは苦難の連続だったこと。それぐらいが何とか読み込むことが出来た内容だ。
養和や元暦とはいつ頃なのだろうか。歴史に弱い僕はそれが分からず、後で調べようと思うが、きっと土器や青銅を使っていた時代よりは後なのだろう。未開の地と書かれていたが、もともと土地に居た人たちは何処へ行ったのだろう?
狭い階段で二階に上がると、国蒔独自の風習についての展示がされていた。何体もの土疼隠が並べられている様は、昔のトラウマを呼び起こされ、思わず立ち眩む。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
「……いや、大丈夫。ちょっと土疼隠が怖くて」
優子が僕を気遣って声をかけてくれる。
「えっ、マジ? 確かに不気味だけど、大の大人がビビる程じゃなくね?」
健太が軽口を浴びせて来る。お前はあの部屋の中を見ていないから、そんな事を言えるんだ。そう心の中で毒づきながら、僕は土疼隠から目を逸らす。本当に僕は外様の人間で良かったと、こんなものが飾られている家で無くて良かったと親に感謝の念を抱く。
土疼隠や羽廣祭についての説明が続く通路の先。角を曲がった所で、僕らは初めて他の来館者を目撃する。
男女の二人組だった。男の方は目立つ柄シャツにサングラス姿で、街中で出会っても絶対に関わりたくない雰囲気を纏っていた。もう一人の女性は対照的で、真面目そうな顔に露出のない落ち着いた服装で、肩にかかる髪の艶やかさに目を奪われてしまう。
視線を感じたのか、女性が僕の方を見る。目が合った瞬間、僕は心臓を掴まれたような息苦しさを感じる。
美人だったから恋に落ちた。そんな浮ついた話では断じてない。その瞳に見入られた瞬間に感じたのは、生理的な嫌悪感と恐怖だった。まるで猛獣の檻の中に放り込まれたような、或いは武器を持った不良の集団に因縁をつけられたような、いや、もっと恐ろしい……宇宙のような壮大な何かを見上げ、死の恐怖を自覚させられるような……。
男が僕たちの存在に気づき、舌打ちをして奥の通路へと進んでいく。女は僕から目を逸らし、その男の後へと続いて行った。
恐怖から解放された僕は、全身から汗が噴き出していた事に気づく。
「ねぇ……本当に大丈夫?」
「何だ、今の知り合いか?」
「えっ……いや、違うけど……」
太一と風ちゃんが僕に構わず、先ほどの男女が見ていた展示の前に行く。
「おい、これ……」
健太と優子に肩を借りて、展示の前へと続く。
そこには、ハラサシと書かれた絵巻が飾られていた。
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