11話 田舎道
国蒔市の中心部を抜け、郊外に出ると田んぼや畑が広がっている。黒士電気の事業所や工場などは、東から南にかけて建てられており、北エリアであるこの辺りも多少は黒士電気の建物があるとはいえ、昔のに近い景色を残していた。
「なんだか懐かしいわね。中学時代に授業で資料館に行くとき、バスで通った記憶あるわ」
「中学二年の頃だっけ? 覚えてるよ」
優子の言葉に僕が同意する。地域の歴史や風土を学ぶ課外授業というのは、どこの小中学校でも行われている物らしい。僕は教員免許を取る気が無いので詳しくないが、おそらく全国の小中学校でのカリキュラムに組み込まれているのだろう。
「あの頃は真面に話聞いてなかったけどな」
「今でもやってるのかな? 課外授業」
「どうだろうな。最近は国蒔でも子供が減って、閉校してる学校が多いみたいだし。俺たちの通ってた国蒔第三中も、他の中学と合併して持ち直したみたいだけど、それでも時間の問題だろうな……っおっと!」
太一が急ブレーキを踏み、クラクションを鳴らす。耳障りな音と全身が引っ張られる感覚の中、何が起こったのかと前を見る。どうやら畑の作物の影から子供が飛び出してきたらしい。
帽子をかぶっていて顔は見えないが、服装からして女の子だろうか。太一のブレーキが間に合い少女からは離れた位置で停車したが、彼女はクラクションの音に怖気づく事も無く、無邪気に跳ねながら道路を横切って行った。
「あー、クソ。最近多いんだよな……」
「なんかそれ、うちのお父さんも言ってたよ。子供の飛び出しが多いって」
「ああ、藍川本部長ね」
太一の声色が一瞬強張る。そういえば、太一は僕のお父さんと同じ黒士電気に勤めているのだ。僕からするとただの父親だが、その部長という役職はそこそこ高い地位に位置するらしい。太一とお父さんが仕事で関わっているのかは知らないが、きっと平社員である太一からは雲の上の人なのだろう。
「気をつけて頂戴ね。アンタが轢いた子供が運び込まれるの、うちの病院なんだから。もしそんな事になったら、お局様に何言われるか分かったもんじゃないわ」
「おまえ、少しは自分の事だけじゃなくて俺の心配もしろよ!」
国蒔には救急搬送を受け入れる病院が一つしか存在していない。優子が勤める、外様が建てた総合病院だ。
黒士電気の従業員狙いで開業したのは目に見えているが、国蒔市内だけでなく周辺地域に点在する小さな村からも受け入れを行っている。また、ドクターヘリも配備されており、山岳地帯での事故の際も出動しているのを見かける事がある。この辺り一帯における医療機関としての重要性は計り知れない。地元に両親が居る身としても、大きな病院が近くにあるのはありがたい話だ。
ふと横を見ると、健太はあの音と衝撃の中でも眠り続けていた。この神経の図太さは、呆れを通り越して見習いたい気持ちである。
「なんか今の子供、変じゃありませんでした?」
「変って……なに、幽霊とか?」
僕は後ろの風ちゃんに冗談めかして言う。神社の娘で巫女の手伝いをしている彼女が、もしも今の子供が幽霊だったと言ったなら、思わず信じてしまいそうなものだ。
「いえ、幽霊かどうかは知りませんが……この辺りって町の中心からはけっこうありますよね? それこそ、子供の足で来るのは厳しいぐらい」
「あー、確かに。でもほら、この辺りの畑のお手伝いで来てたんじゃない?」
「夏野菜の収穫は早朝の日が上がる前にやりますよ。それに、もし親御さんが車で連れてきたのなら、近くに軽トラックでも停まってないとおかしくないですか?」
「うーん……それじゃあ、自転車で来たとか? 自転車ならトラックと違って、物陰に停められそうだし」
「わざわざこんな畑しかない所に子供が一人で遊びに来ますか?」
「……まあ、来る奴は来るんじゃねえの? 実際そこに居た訳なんだから、何言っても後付けの説明にしかならねえよ」
運転する太一が会話に割り込む。確かに風ちゃんの言う違和感というのも理解できるが、現にそこに子供は居たのだから違和感も何もあったものではない。
「そう……ですね」
「でも風ちゃん名探偵みたいでカッコ良かったわ! 確かにこんな所に子供が一人で居るのは不自然よね。とりあえず、今日この時間に女の子を轢きかけたって事は覚えておきましょう。女の子が行方不明になったみたいな話があったら、迷わず警察に伝えればきっと大丈夫よ」
太一に冷たく突き放された風ちゃんに、優子が優しくフォローを入れる。しかし、僕としては最後の言葉が気がかりだった。
女の子が行方不明なんて、美麻ちゃんみたいだね。口に出すのは不謹慎な気がしたので、僕は心の中で呟く。
そう言えば、彼女は山に行くと言っていたが、ちゃんと帰って来たのだろうか。そもそも山とはどこの山の事を指しているのだろうか。
国蒔市は四方を山に囲まれた盆地だ。大小様々な山に囲まれているが、有名な山だと、北の
あるいは、山というのは何かの比喩なのかもしれない。しかし、僕には風ちゃんのような探偵の思考は持ち合わせていないらしく、そこから先の想像をめぐらす事はできなかった。
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