9話 指原
真治の既読はすぐに付いた。しかし、日頃から既読無視が当たり前である事を思うと、返事は期待できない。
僕はベッドに横たわり、動画サイトでも見ようかと思った矢先、携帯端末に着信が入る。
驚いたことに、電話の相手は真治だった。メッセージを送ってこれほど早く彼がリアクションを起こす事があっただろうか?
「もしもし?」
「……よう」
電話越しの真治は、いつにも増して疲れているような声をしていた。妙に雑音が多く、人の話し声が周囲から聞こえる。
「驚いたよ。こんな早く返事が来るなんて」
「驚いたのはこっちのセリフだ。まさかお前からハラサシなんて言葉が出て来るとはな」
「ああ。昨日、優子たちと飲んでるときにハラサシの話になってね。皆で調べてみようって事になったんだ。真治なら詳しいだろうって優子が言ってたから、ちょっと連絡してみたんだ。今って電話、大丈夫か?」
「ッチ、あいつ余計な事を……電話が不味けりゃ、こっちからかけ直したりしねぇだろ」
相変わらずの悪態に、いつもの真治だと安心する。言ってる事も正論だ。
「それもそうか。ところで、今どこに居るの? 周り騒がしいみたいだけど」
「喫茶店。来期に取る講義の予習中だ」
「マジで? 偏差値高い大学言ってる奴は違うなぁ」
「うるさい。それで、ハラサシの何が聞きたい?」
真治に問われて言葉が詰まる。確かに、漠然とハラサシについて聞きたいと言っても、真治からすればハラサシの何が知りたいのか分からないだろう。
「ええっと……それじゃあ、ハラサシって何なの? 子供を殺す妖怪だって聞いたけど」
「ああ、それで合ってる。飢饉のときに働けないヤツを口減らしに殺してくれる有難い妖怪だ。ほら、国蒔って山に囲まれた内陸の盆地だろ。こういう土地だと、風が吹かなくて乾燥しがちで、雨が少ない。だから作物が育たなくって、食糧難に陥る年が多かったらしい。今でこそ高速道路が通って他所との行き来が楽になったけど、そんなものが無い時には他所から物資を運び込むのも命がけ。国蒔に残る食料を分配するには、口減らしするしかなかったんだろうな」
「ふぅん、怖いね。それで、優子がハラサシと指原家が関係してるみたいな事言ってたけど、どういう関係なの?」
電話越しに真治のため息が聞こえる。
「お前、今の話を聞いて分からねぇか? 指原家は代々あの土地を管理してた地主だぞ。いや、領主と言ってもいい。領民が飢えで全滅するぐらいなら、こっちから干渉して、人を間引いてたって事だよ」
「……どういう事?」
「鈍すぎかよ。ハラサシってのは、飢饉のときに子供を間引いてく指原家そのものを指してるんだ。権力者に対して表立って文句を言えない時代に、陰口として指原家の事を妖怪扱いしてたのが、ハラサシの正体だよ」
「あっ、なるほどね!」
真治の説明で納得しつつ、そんな自分の家の事を悪しく言う話を友達とはいえ迂闊に話しても良いものだろうか?
「あれ? でも、風ちゃんの羽廣家ってハラサシから皆を守る神社だったんでしょ? 同じ三家なのに、なんかおかしくない?」
「羽廣家の事なんて知らねえよ。昔は三家でも対立とかあったんじゃねえの? それか、国蒔を治める為のマッチポンプだったのかもな。指原家が追い詰めて、羽廣家が甘い言葉で慰め、一緒になって指原家を悪しく言う。有りそうな話じゃねえか。もしかしたら、ハラサシなんて妖怪を作ったのも、羽廣家かもな」
「うわぁ……怖」
この手の悪巧みについて話すとき、真治のテンションは上がる。嬉々として語る彼に若干引いてしまう。
「それで、聞きたいことはそれだけか?」
「あー……そういえば、真治のお姉さんがハラサシって呼ばれてたって優子が言ってたけど、それはどういう事?」
「……お前、八洞祭についても聞いたのか?」
声のトーンが下がり、触れてはならない場所に触ってしまったような焦りが心をかき乱す。
「あ、ごめん。……でも、その名前って言っちゃ駄目なんじゃないの?」
「国蒔の外なら問題ない。それに、単なる迷信だろ? でも驚いたぜ。まさか、あの優子が外様のお前に陰祭について話とはな」
そんなに驚くことなのだろうか? 酒の席とはいえ、随分すんなり話してくれたが。
「……指原家は女系の家だからな。祭りの時は、当主の事をハラサシと呼んでるんだ。うちは姉ちゃんが次の当主なんで、気の早い連中がそう呼んでたんだろ」
「うーん……そうなのか」
なんだか釈然としないものを感じつつ、一応納得のできる話ではある。しかし、ハラサシというのは妖怪の名前だ。指原家がかつてその名前で畏れられていたとはいえ、秘祭の中で当主を妖怪の名前で呼ぶなど、きっと理由が有るのだろう。
そして、真治はその事について触れていない。いや、あえて誤魔化したのだ。それは単に話したくない内容だったからなのか、それとも僕が外様だからだろうか?
まあ、三家の陰祭に関わることなら優子や風ちゃんが知っているだろう。無理にここで聞き出す必要もない。
「話は終わりか? 切るぞ」
「あ、待って。最後に一つだけ!」
「なんだよ、まだあんのか?」
「ハラサシって山から来るんでしょ? 美麻ちゃんがたまに話す山と何か関係あるの?」
「知らねえよ」
真治はその一言を言い残し、通話は途切れた。
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