6話 サシハラ


「真治のお姉さん? そういえば、会ったこと無いんだよね。どんな人なの?」


 山にまつわる三家の秘密が聞き出せるかもしれない。そんな期待で僕は話題に食いつく。もっとも、優子が何か知っている事が分かったのだから、口を割らせるのは簡単だ。


 を持ち出せば、きっと知っている情報を洗いざらい話してくれるだろう。けれど、を持ち出すという事は命を賭けるという事だ。いや、本当に殺されはしないだろうが、それでも気持ちの良いものではない。


「私も良く知らないわ。随分と前に陰祭の付き添いに来てたとき顔を合わせたぐらいだし。それ以外で会ったことはないわ。真治の家に行っても、お姉さんが生活してる様子はないしね」


「それ、俺も思ってた。アイツ、事ある毎に姉ちゃん姉ちゃんって言うくせに、肝心の姉ちゃんを見た奴がほとんど居ねえ。エア姉貴だとばかり思ってたぜ」


「それじゃあ……真治のお姉ちゃんに会ったことある人!」


 僕が尋ねると、優子と風ちゃんが手を挙げる。


「風ちゃんも陰祭の時に見かけたの?」


「うん。あと、一度だけうちの神社に来たことがあったよ。前回の陰祭の直後ぐらいだったかな? その時ちょうどミマ姉も居て、なんか色々話し込んでたみたい」


「美麻ちゃんと真治のお姉さんって知り合いだったの?」


 きっとそれが山に繋がる糸口だ。そう思って僕は優子の顔を見て言う。


「さぁ。別に誰と誰が知り合いだとか、仲良いだとか、他人に私には関係ないんだから興味ないわよ。ただ私が知ってるのは、前の陰祭の時に、ハラサシが山より下りてきてくださったって大人たちが言ってたのを覚えてるだけ」


「……ハラサシ? 何さそれ」


 初めて聞く単語に僕は困惑する。


「それも知らないわ。私だってその一回限りしか聞いたこと無いんだし。ただ、ハラサシって単純に考えれば腹刺しでしょ。真治の家の指原家って昔は刺腹家って名前だったらしいし。あんまりにも物騒すぎる名前なんで、明治時代の平民苗字必称義務令へいみんみょうじひっしょうぎむれいの時に漢字を変えたって聞いた事があるわ」


「へいみん……えっと、何って言った?」


「平民苗字必称義務令だろ。ほら、国民全員苗字を名乗れって言われたやつ。高校の時に歴史の授業でやっただろ」


 当時不良だった太一に授業の内容を指摘され、羞恥心よりも太一が成長した事への関心が上回り、思わず苦笑が漏れる。


「それで……真治のお姉さんがハラサシって呼ばれてて、それが山から来たって言われてたから、美麻ちゃんの言う山と関係あるんじゃないかって事?」


「何の根拠もない思いつきよ。気にしないで。それと、美麻が山について話すようになった時の事って、同じ女としてすっごい不快だから止めてくれない?」


「ああ……ごめん」


 美麻ちゃんが山について話すようになった切っ掛けは、小学三年生の頃まで遡る。当時、僕と美麻ちゃん、健太の三人は、親が同じ黒士電気の社員寮に入っていた為、帰り道が同じだった。物騒な事件が全国で相次いだ時期でもあり、帰り道が同じ方向の生徒は連れ立って帰る事が決まりとなっていた。


 その日はどういった経緯だったか忘れたが、僕らはそのルールを破り別々に帰路についた。誰かが誰かの悪口を言っただとか、今となってはどうでもいいような本当に些細な口喧嘩だったような気がする。


 一人で家に帰って、紫色のキューブ型のゲーム機をテレビに繋いで遊んでいると、様子のおかしい母親が電話機を片手に、美麻ちゃんと一緒に帰って来たのではないかと尋ねてきた。僕は正直に別々に帰った事を伝えると、その場で引き下がっていく。


 その時は何も気に留めることは無かったが、しばらくして家に学校の先生が警察を連れて訪れた時に、ああこれは何か大変な事が起こったのだと察した。


 先生からも親と同じ事を聞かれ、正直に答えると凄い剣幕で怒られた。続けて、不審な人物を見なかったか、美麻ちゃんの様子に変わったところは無かったかと矢継ぎ早に質問される。もちろん、変な人を見た覚えは無かったし、美麻ちゃんの様子と言われてもピンとくるものはない。精々、僕らと喧嘩したことぐらいだ。


 しどろもどろになりながら答える僕の言葉を警察官はメモを取っていた。一通り話が終ったところで僕に「心配いらないからね。また学校で会ったら、ちゃんと喧嘩したことを謝って仲良くしてあげてね」と言ってくれたのを覚えている。


 その後の一週間は、美麻ちゃんが学校に来なかった。親や学校の先生からは、美麻ちゃんは病気でしばらく入院する事になったと伝えられていたが、そんな事があるはずが無い。いくら子供でも、彼女が家に帰っておらず、大人たちは誘拐を疑っている事ぐらい察することが出来た。


 彼女はある日突然帰って来た。両親が言うには、何事も無かったかのように家のインタフォーンを押して、ただいまと言っていたらしい。病気の設定はどうなったと突っ込みそうになったが、その後の不思議な話が不可解で、突っ込む気になれなかった。


 曰く、自分は山に行ってきたと言う。そこで色々な事を教わっていた。そして、自分は選ばれた人間で、帰って来たのはある役目があるからだと。そんな事を語っていたらしい。


 親からその事について彼女の前で触れないように釘を刺されたが、それから彼女は時折、山の人の話をするようになった。もちろん、僕ら仲間たちは皆が彼女の山の話と誘拐が関係している事は知っており、ゆえに彼女が山の話を持ち出すと、触れる事が出来ず変な空気が流れてしまうのだ。


「たぶん、ミマ姉の件とハラサシは関係無いと思います。私、そのハラサシって怪物の事を知ってますから」


 風ちゃんがそう切り出して、皆の視線を集める。

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