4話 仲間
適当なキャッチに捕まって入ったのは、都内でも時折見かけるチェーン店の居酒屋だった。この手のお店は格安とはいかずとも、そこそこの値段で安定した品質のものを提供してくれる。もっとも、居酒屋の品質の良し悪しが分かるほど自分達が成熟しているとも思えないのだが……。
入店時、制服姿の風ちゃんに気づいた店員から、未成年の子にはアルコール類が提供できない事と二十二時までに退店してほしい旨を伝えられる。風営法では年齢の縛りは無いはずだし、二十二時という時間も首都圏の条例に基づくルールで田舎である国蒔市には適応されないはずだが、社会通念上の理念に則り居酒屋が全国で一律の基準を設けているのだろう。
そんな、サークルの飲み会の幹事をやった時に調べた事を思い返しつつ、案内された席へと座る。
「居酒屋なんて初めて来たー」
風ちゃんは周りの席を見渡しながら、目を輝かせて言う。二十歳を過ぎた僕たちにとっても、飲み会の席というのは大人の世界を垣間見えるハレの日のような高揚感があるのだから、まだ高校生の彼女にとっては決して触れるはずのない世界へと足を踏み入れた特別な体験だろう。
「よし、それじゃあお姉さんが居酒屋のルールを教えてあげましょー。まず最初はビールで乾杯よ!」
「ちょっと優子!」
「冗談だよ。ああ、世知辛い世の中~」
優子は笑いながらタッチパネルでビール二つとウーロン茶と、それからエイヒレと枝豆とタコわさを注文した。あまりにも趣味が親父すぎて、少しばかり引いてしまう。働き始めるとこうなるのだろうか?
「昔はおおらかだったって言うけど、そのおおらかさのせいで色々あったから厳しくなったんでしょうが。風ちゃんはまだお酒なんて飲んじゃだめだよ?」
大して深く考えずに風ちゃんに話を振る。驚いたことに彼女は目を泳がせた。
「ええっと、神事で形だけ……いや本当に形だけで口を付けただけだから! 最近はそういうのも厳しくなって、間違えて舐めたらいけないからって塩で清めた水を使ってるし!」
彼女が神社の娘である事をすっかり失念していた。確かに、彼女は家の手伝いで巫女の恰好をして、お祭りに参加していた。お酒は昔から神聖な物と扱われていたし、中には神社でお酒を造っていた所もあるのだとか。神事となれば、神に身を捧げる巫女がお酒に口を付ける機会もあったのだろう。
そんな話をしている所に、注文したものが運ばれてきて、妙な空気が流れる。未成年飲酒の話など、周囲の人に聞かれてよいものではない。
「それじゃあ、再会を祝してカンパーイ!」
優子が明るく掛け声をして、妙な空気を断ち切る。すぐさま話題を変えようと思考を巡らし、不自然でない程度に違う話を思いつき口を開く。
「ええっと、そういえば今年も
八廣祭は毎年お盆の時期に羽廣神社で行われるお祭りの事だ。八廣と羽廣と違う漢字が使われているが、元々羽廣神社は戦後の辺りまで八廣神社という名称だったらしい。更に言えば、八廣神社という名称の頃は国蒔市の北東に社を構えており、今の羽廣神社はそこから暖簾分けする形で建てられたのだとか。
その際にどうして違う漢字を当てられたのかは知らないし、八廣神社も高速道路開通の際に取り壊されている為、僕らの世代では八廣神社がかつて存在していた事を知っている人は少ないだろう。僕だって三家の子息と仲良くなければ、そんな町の過去を知る事は無かった。
風ちゃんは僕の問いに渋い顔をする。
「今年は八廣祭はやらないんだって」
「えー!? やっぱり情勢的なあれかな?」
「ううん、違うの」
首を振って否定したのは、風ちゃんではなく優子だった。
「八廣祭って八年に一度、やっちゃいけない年があってね。今年はちょうどその年なの」
「えっ、そうなの? じゃあ八年前もやってなかったって事?」
「そうよ。まあ、八年前ってちょうど大変だった時期だったし、その前の十六年前だと昔過ぎて覚えてないかもしれないけど」
八年前が大変だったという言葉で、過去の事を思い返す。その辺りは、ちょうど僕らが中学に上がったぐらいだろうか。風ちゃんが学校に行けなくなった時期と重なる事を思い返し、確かに大変な時期だったと納得する。
「でね、八廣祭をやらない年には、三家だけで特別な儀式をするの。
「ユウ姉! 駄目!!」
風ちゃんが大きな声を出して制しする。普段は大人しい彼女がそんな声を出す印象が無かった為、思わず驚いてしまう。その瞬間、賑やかな店内が静まり返り、冷房の利いた店内が一層冷たく感じられた。
周囲が静まり返ったのは彼女の声に驚いたからというよりは、偶然にもすべてのグループの話題が途絶えたからのように思えた。ゆえにすぐ賑やかさが戻るのだが、妙な偶然に不気味なものを感じてしまう。
「あ、あれかな、外様には話しちゃいけない事だったかな?」
「ごめんなさい……藍川先輩が外様っていうのもあるんですけど、そのお祭りの名前は良くないものなんです。迂闊にその名前を言うと、悪い物を呼び起こしちゃうから、事前の打ち合わせでも
「そうね……名前を言っていいのも儀式の当日だけだったわ。どうせ迷信だし、あんまり気にしてなかったけど、三家の娘が迂闊に口にしちゃダメよね。悪かったわ」
優子がしおらしく謝る様子が珍しく、逆にその八洞祭という物に興味をそそられる。
「……それってどういう儀式なのか、聞いても大丈夫?」
風ちゃんは一瞬だけ難しそうな顔をして優子と目配せをし、すぐに頷いて僕の目を見る。
「まあ、藍川先輩なら……本当は外様には秘密なんですけど、私たち仲間ですし」
「うん。英二君は仲間だから、特別だもんね」
「……仲間ね。分かったよ」
僕らの間で『仲間』という言葉を使うのは、一種の結束を確かめ合う儀式だった。いや、呪いと言い換えても良いかもしれない。かつて黒士電気の営業所跡地の廃墟で交わした『仲間』の契りは、裏切ったものに死を与えるという脅しに基づいたものだ。今思えば、分別のつかない子供の戯言でしかないのだが、不思議と今でも『仲間』という言葉を使うと背筋が凍るものがある。つまり、この話は秘密だという事を強調された形だ。
「ええっと、それじゃあどこから話そうかな……」
「やっぱり、
風ちゃんと優子が何やら算段をしている最中に、僕はビールに口を付ける。やはりビールは苦くて、飲みなれないものだった。
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