3話 再会
国蒔駅前のロータリーは、朝の静けさが嘘のように人々の姿でごった返していた。学校帰りの寄り道に浸る学生に、仕事帰りのアフターファイブに心躍らせる社会人。それらを相手に儲けようと呼び込みに躍起になる飲食店やカラオケボックス、女性のお店のキャッチ達。まるで獲物と狩人がひしめく戦場のようだ。
そんな人々を横目に駅の階段口前に居る僕は、知った顔が近づいてくる事に気づく。
「ひっさしぶりー!」
茶髪のショートヘアでブランドもののシャツを着た、快活な印象の女性が耳元の飾りを揺らしながら駆け足で近寄り僕にハイタッチを促す。
「ひさしぶり!」
つられて手を出して、ぱんと軽い音を鳴らす。彼女こそが三家の一つである
「あれ、他の皆は?」
「風ちゃんは分からないけど、美麻ちゃんは遅れて来るって。太一は残業って言ってたよね?」
「うん。課長に捕まったって連絡あったよ。私も急患があったら危なかったけど、今日はたまたまラッキーディだった!」
家弓家はもともと医者の家系であった。国蒔が小さな農村だった時代は唯一の医者として三家の一つに数えられていた程だ。しかし、近代の最新医療が入って来ると、小さなコミュニティーで培われた知識は似非医療として切り捨てられ、今では普通の一般家庭に落ち着いている。それでも町の中での発言力は未だに健在だし、娘である優子が看護師として外様が建てた病院で働いている事を考えると、何かと未練を感じられる。
町を行く人々は、彼女がそんな立場の女性である事を知る由は無い。なぜなら、もはや国蒔市の住人のほとんどは、黒士電気の関係者や、その関係者目当てで商売に来た外様で占められているから。いや、同世代ならば外様の家でも彼女の事を覚えている人は居るだろうが、きっと声をかけて来るようなことは無いだろう。家弓優子という名前は、同世代の中では恐怖の象徴と言っても過言ではないのだから。
「あっ、遅くなったけど結婚おめでとう」
「あっはは、ありがとう。とはいっても、籍を入れただけで式はいつになるか分からないけどね」
優子の伴侶となった
優子も太一も、仕事をしてお金をもらい、結婚して共に暮らし始めたのだ。なんだか目の前の女性が、長いつきあいにもかかわらず急に遠くに感じられる。
「太一も丸くなったよな。昔だったら、会社員なんて絶対無理な性格だったし」
「アイツからは私の方が丸くなったって言われるわ。自覚はないけれど、自分のことは客観的に見れないのかしら?」
「うーん……二人とも落ち着いたんじゃない?」
昔の太一は暴力的な人間だったが、対して昔の優子は性格が悪く陰湿な人間だった。陰口や嫌がらせはお手の物、皆の印象を操作して特定の一人を孤立させ、いじめの構図を作り出す手腕に苦しめられた同級生は多い。
流石に今はその才能を発揮してはないだろう。そもそも、かつての彼女のやり口は倫理的にも法的にも許される事ではない。大人になった今でも同じような手口で邪魔者を排除しているとしたら、もはや心の病気だろう。
そんな話をしていると、背後から人の気配を感じ、振り返る。
「あ、風ちゃん!」
優子が黄色い声を上げ、いつの間にか背後に回り込んでいた風ちゃんに抱きつく。
「ユウ姉やめてよ。暑いじゃん」
背が小さく、全体的に丸みを帯びた体型の可愛らしい彼女は
「藍川先輩も久しぶりです」
優子の抱擁を抜け出し、僕に頭を下げる。
「久しぶりだね。制服着てるって事は、学校帰り?」
「はい。最近、ちゃんと行くようにして……毎日は通えてないんですけど、そろそろ卒業も危なくなってきたので」
「風ちゃん偉いね! 頑張って!」
優子が再び後ろから抱きしめる。よくもまあ、風ちゃんが学校に行けなくなった関節的な原因でありながら、ここまで可愛がれるなと不思議に思う。
優子は家の繋がりの関係で、風ちゃんとは付き合いが長く、本物の妹の様に可愛がっていた。しかしそれは、優子に虐げられていた人にとって、格好の餌食に映ったのだろう。風ちゃんが年下で、しかも気が弱いというのも拍車をかけて、彼女は優子被害者の会の憂さ晴らしに使われるようになった。
もちろん羽廣家も三家の一つである。元々地元の家の子供たちは恐れをなして手を出さなかったが、外様の子供たちにとっては地元の権力者なんて関係ない。三家の中でも外様に対して寛容なスタンスを取っていたのが、自分の家だったという事もあり、彼女は自分の家にも疑問を持ち、学校でも居場所が無く、次第に心が壊れていった。
そして、僕らが中学に進学し優子の庇護が途絶えた時に、風ちゃんは学校に通うことが出来なくなった。
その時の優子の怒りは凄まじいものだった。太一や健太などの、腕っぷしがあって従順な仲間には暴力での報復を強要し、裏では真治を巻き込み三家から教育委員会に圧力を掛けさせ、自分たちが加害者のいじめを揉み消し、風ちゃんへの件だけをフォーカスさせた。
一方で僕や美麻ちゃんのように、荒事に向いていないと判断された仲間は風ちゃんのメンタルフォローに回された。もちろん、元々付き合いのあった仲間なのだから、風ちゃんを気遣う事はやぶさかではない。放課後に羽廣家を訪れ、ゲームをしたり雑談して彼女の居場所を作ろうと努力した。それが彼女の心の支えになったかどうかは分からないが、次第に風ちゃんは本音を語るようになった。
優子が怖いのだと。
自分を気遣ってくれているのは分かるし好意には感謝しているが、あまりにもそのやり方が過激で、多くの人が不幸になっていく。そして、自分にも責任の一端があるような気がして、自分が消えてしまえばすべて丸く収まるのではないか。彼女の暴走を止めるにはそれしかないのではないか。夕暮れの神社の境内で、泣きながらそんな話をしていた事を今でもよく覚えている。
いったい今の風ちゃんは、どんな心境で優子に抱き締められているのだろう?
「それじゃあ、そろそろ行きましょうか。遅れてる奴らの事なんてほっておいて、先に始めちゃいましょうよ」
僕と風ちゃんは彼女の言葉に同意して、繁華街の雑踏へと足を踏み出していった。
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