第10話 六人の長、九つの罪 #2
「今すぐ……って話ではないんだけど、ヴァン君には、リディアの新型デムズをプレゼントすることになる」
本題。そう例え、命琉は今後のリディアの行動について話を始めた。
その話の一番最初に、新型デムズの話題を出した。
「新型……ですか?」
「そうそう。まだ企画段階で、製造は始まってない。けどその新型は、ヴァン君の専用機体としてチューニングされることになる」
「何故、自分に?」
「キミが優秀な軍人だからだよ、ヴァン君」
会話と会話の最中に、命琉はコーヒーを、ヴァンは紅茶を口に含める。
「リディアが定めたデムズのランク。キミのスコルはランクBだった。しかし、昨日の映像データから算出したバニティのスペックをランクに当てはめれば、あの機体はBランクにも、Aランクにも相当しない」
リディアが独自で定めた、デムズのランク。ランクはAからDの4段階……であった。しかし今回、バニティの登場により、そのランクに変化が生じた。
「バニティのランクはS。ランクAを超える機体だと認定した」
ランクS。本来、ランクはAまでで、ランクAのデムズが最高の性能である、という話だった。しかし、ランクAを超えるランクが新たに追加され、敵機バニティは、その新たなランクに振り分けられた。
その話を聞いた瞬間、ヴァンの中に、限りなく苛立ちに近い高揚感が湧き上がった。
ヴァンは上司から、優秀なパイロットであると言われている。
事実、齢21にして軍の大尉になり、部隊長を務める程に出世した。七光りではないのかと言われることもあったが、その度にヴァンは自らの才能を任務や訓練で誇示し、七光りを疑う者の全員を黙らせてきた。
そんなヴァンでさえ、未だ、ランクAの機体には搭乗していない。大尉として、部隊長としてデムズに乗っても、ランクBが限界。そんなヴァンは心の中で、焦れていた。
ランクAとはどのようなものなのか。どのような性能なのか。どのような怪物なのか。そんなことを一瞬でも考えてしまえば、飽きて別のことを考えるまで一心にデムズについて脳を動かす。
「ランク……S……!」
そんなヴァンが昨日対峙したバニティは、ランクAを超えたランクS。これまで憧れていたランクAを超えた機体だった。
これまで、最高だと思い込んでいたランクAの機体を超えるバニティと、自らが、戦場で戦った。
そう考えてしまえば、最早ランクAへの憧れなど消えて無くなり、次に抱くのはランクSへの憧れと、ランクSへの対抗心である。
「ランクSの機体スペックは、ランクAのそれを超えている。ランクBのスコルを用いて、ランクSのバニティと戦い、生還した。改めて言おう、キミは優秀な軍人だ」
本当に優秀ならば、バニティの羽根以外を破損させ、中破でもさせていた。そんな言葉が喉まで、否、奥歯付近まで上ってきていたが、自虐と皮肉はこの空気に相応しく無いと自らに言い聞かせ、ヴァンは1口の紅茶を言葉と共に飲み込んだ。
「優秀な機体は、優秀な人間だけが搭乗を許される。キミもまた然り。リディアがこれから
「……父も、ですか?」
「全員、だからねぇ。アイツは決して子煩悩じゃなかったけど、見放している訳じゃない」
リディアには、6巨神という者達が存在している。
リディアの建国に携わった6人の男女。当時、国民はその6人を神と喩え、やがて、6巨神という呼び名が定着した。6巨神は、常にメンバーの1人を首相として確立し、他の5人は首相のサポートを行っていた。
命琉の祖父も、当時の6巨神の1人であった。しかし、神と喩えられても、その6人は全員が人間。確実に歳を重ね、突如絶える可能性もある。
故に当時の6巨神は決めた。リディアには常に、6巨神という権力者を確立する。その為に、死去、引退の際には、新たなメンバーを1人選出し任命する。こうして6巨神は、建国から現在に至るまで存在し続けた。
しかし、時間の流れ、世代の交代に伴い、6巨神はその存在理由と内容を多少ながら改めた。
1人を常に首相とするが、他の5人は官僚にさえ当てはめない。5人は常に、自らが6巨神のメンバーであることを伏せ、一般人に扮する。しかし同時に、常に6巨神としての権限、権利を持つ。
確実に存在するが、大抵の人がその姿を知らない。
自らの地位をひけらかすような人間よりも、一般人として暮らす人間の方が、世間の目は痛くない。逆に、誰が6巨神か分からないため、一般人は下手に虚勢を張れない。もしも6巨神を敵に回してしまえば、命は簡単に体から滑り落ちる。そう、知っているのだ。
そんな、ある意味危険な存在である6巨神は、ヴァンが新型デムズのパイロットになることを認めた。寧ろ、メンバーの1人が提案した時から、誰も異論は挟まず、全員が同意した。命琉は勿論、6巨神の1人であるヴァンの父も同意した。
「新型デムズの完成には、まだまだ時間を費やすことになる。その間、作戦や訓練の際には、スコルに替わる新たな機体を用意しよう」
「……やはり、スコルはもう……」
「腹部の損傷が激しくてね。一応、
命琉はコーヒーを飲み干し、空になったカップをテーブルの上に置いた。
「リディアは、エデンが作れないような機体……つまりはスコルやヘイズルーンを作り、天狗になっていた。けど、スコルやヘイズルーンなんかをあっさりと凌駕する機体が日本にはあった。量産した機体数ならリディアの方が上かもしれないけど、1機あたりの戦闘力は劣る。今後僕らは、ヴァン君の専用機の製造と並行し、日本に対抗できるだけのデムズの製造を進める。ヴァン君、悪いが、キミには若手の育成と、新型機を扱えるだけの体を作ってもらう必要がある。大丈夫かい?」
「問題ありません」
「ありがとう。なら、今日の話はこれで終わりだ。帰りたい時に帰るといい。今後の予定なんかは、軍経由で知らせよう」
命琉はソファから立ち上がり、曲げた腰をぐっと逸らしながら、少し苦しげな息を漏らした。
「時に首相。1つお伺いしても宜しいでしょうか?」
「ん? なんだい?」
「自分に与えられる、件の新型についてですが。機体の名やコンセプトなどはもう決定しているのですか?」
ヴァンの問いに、命琉は「しまった」と言わんばかりに目を見開き、咄嗟に「まだ言ってなかったねぇ」と紡いだ。
ヴァンの為の新型デムズ。そのコンセプトや機体名は既に決まっている。その話を始める前に、命琉はんんと軽く咳払いをして、伸ばした膝と腰を再び曲げてソファに掛けた。
「機体のコンセプトは、深層」
「……深層、ですか?」
「そう。ヴァン君は、デムズという名前の由来を知っているかい?」
「Deep Exert Machine S……だと記憶しています」
深い。発揮。機械。それらの英単語の頭文字を合わせ、且つ、最後に複数形のSを付けたのが、
ヴァンはデムズ好きである為、デムズの名前の由来を知っている。また、何故それらの単語が並べられたのかも知っている。
Deepは、ハンドル操作やペダル操作を切り捨て、パイロットの体の奥、つまりはパイロットの意識と、搭乗した機体の機能を繋いでしまうことが由来する。
Exertは、手足を使う操作を切り捨てたことによる、意識と機体の完全且つ正確な連動を前提に、その機体の性能とパイロットの才能を発揮できる、ということが由来する。
Machineに関しては、そのまま、デムズが機械であることが由来する。
最後に複数形のSを付けたのは、1機種でも複数体が量産され、加えて種類も複数存在するため、らしい。
デムズが発売されて以降、エデンは、長らく名前の由来を伏せてきた。しかし、デムズを初めて実践に投入した大きな戦争の後、エデンは突如、その名の由来を明らかにした。当初、エデンがその名の由来を伏せてきた理由は、未だに判明していない。
「そう。新型機は、従来のデムズ以上に、パイロットと機体の同調を促す。体から意識を抜き取り、機体と同化させるのがこれまでのデムズだけど、今度のデムズは、機体だけでなく機体のAIとも同化させる。つまりは、パイロット自身がAIと同じ脳を持ち、デムズという体を手に入れることになる」
「……セーフティは、勿論外す方向ですよね?」
現在のデムズには、セーフティ、という装置が搭載されている。初期のデムズは、パイロットの意識と機体を繋ぐという都合上、事故などで機体が強制停止した際に、パイロットの体に異常が生じる可能性があった。事故後の多かった例として、記憶障害や、精神の崩壊、というものがあった。
スコルやヘイズルーンには、セーフティが搭載されている為、強制停止に遭った際にも、脳や意識への支障は限り無く抑えられる。しかしそれに伴い、初期のデムズよりも、機体とパイロットの同調率が下がり、カタログスペックと実際のスペックに必ず齟齬が生まれることとなった。
「……そうなるねぇ。セーフティは命を守るものだが、命を庇えば何かが疎かになる。一応、要望があればセーフティを付けられるけれども?」
深層。そう聞いた瞬間から、正直ヴァンは察していた。セーフティを外し、極限までパイロットと機体の同調率を上げるつもりなのだと。
同調率を上げるには、パイロットの意識がデムズの深層部へ入り、同時に、デムズのAIがパイロットの意識の深層部へ入る必要がある。しかし深い場所、仮にそれを海に喩えるならば、水面から深海に潜る度に、空気のある安全地帯から距離は離れ、死亡するリスクが高くなる。
パイロットの深部へデムズが入り、デムズの新型へパイロットが入る。性能は保証されるが、安全性の保証はされない。
だがそんな話の最中にも、ヴァンは一滴の汗さえ流さず、いつも通り冷静であった。
「セーフティは不要です。即ち、機体に問題が生じる前に、相手を潰せばいい。ということでしょう」
「そうだけど……うん。やっぱり、キミはジェイクの息子だねぇ」
少しだけ呆れを混ぜたような微笑みを見せ、命琉が言った。
ジェイクというのは、ヴァンの父のことを指す。ジェイクも命琉と同じく6巨神の1人であるが、それ以前に、ジェイクと命琉は20年来の戦友なのだ。下手をすれば命琉は、ヴァン以上にジェイクのことを知り、理解している。
「さてさて、なら教えておくよ。キミの為の新型機……その名は、フェンリル。由来は、北欧神話に登場する狼だ」
「フェンリル……ええ、いいですね。もう既に、自分の心は昂っています」
「それは良かった。詳細はまだ未定だから、また追々報告しよう」
深層機デムズ 智依四羽 @ZO-KALAR
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