第5話 邂逅、バニティ #5

 少し時間は遡り、リディア進軍直前。


「パイロット不在による出力低下。分かっているか、バニティ」


 エデンの社員に、バニティのパイロットに相応しい人物は居ない。そう吐き捨てたバニティは、リディア軍の阻止を、パイロット不在の状態で実行すると宣言した。

 本来デムズは、パイロットが居なければ操縦できない。デムズに搭載されたAIには、機体操作の権利が与えられていないのだ。しかしバニティ、Sシリーズには、AIによる機体操作の権利が与えられている。つまりは、パイロットが居なくとも、バニティは自分自身の意思で行動ができる。

 しかしデムズのコンセプトは、パイロットと機体を一体化させる「人機一体」。いくら単独で行動ができるとは言っても、パイロットが居なければ、機体のスペックを十分に発揮できない。

 AIは人工知能であって人間ではない。人間よりも優れた知能があったところで、所詮は人外。体を突き動かす、感情という名の大きな力を、デムズ達は持っていない。

 心だけでは戦えない。

 知能だけでは戦えない。

 鉄の体だけでは戦えない。

 ならば、人間と、AIと、機械。足りない要因ものを、互いに補えばいい。それこそが、デムズのコンセプトである人機一体。エデンが目指した、人型ロボットの到達点なのだ。


 しかしどうやら、バニティはそれを知りつつも、パイロットの選出を拒んだらしい。


『勿論理解しています。しかし、私に適合マッチするパイロットでなければ、私を最大限に使いこなせないことも事実。下手をすればパイロット不在の状態よりも悪い結果に繋がるかもしれません。故に私は単独で出撃します。私のスペックであれば、リディアの機体に負ける確率など高くありません』


 そう、自信満々に言い残し、バニティは単独で出撃した。



 ◇◇◇



 出撃直後、バニティは予定通り、スペックの差を見せつけた。

 新宿に降り立った2機のヘイズルーン。それに対するバニティ。2対1ながらもバニティは苦戦に至らず、羽根のナイフさえ用いること無く勝利。

 戦闘の中で、ヘイズルーンは爆発した。四肢や関節部等に内蔵された油圧式サスペンションが破壊され、中の油分が流出。機体の損傷により発生した火花が引火したのが理由である。デムズの筋肉を構成するワイヤーの束の中には、油分を含んだ潤滑剤が塗られ、また、防錆剤としての油分もほぼ全体に塗られているため、火はたちまち全体へ渡り、炎上。2機まとめて爆発した。

 それは予定通りの勝利だった。そして予定であれば、レーダーに映った残り2機のデムズも、即刻破壊して任務を終えるつもりであった。

 しかし、予定は崩れた。

 最後の1機であるスコルだけは、想定していた機体スペックを凌駕していた。

 AIは後悔などしない。焦りもしない。ただ、タイガの忠告を無視した所為で、バニティは予定に無かった危機に瀕している。その現実は変えられない。


 ―――腕が破壊された……ヤバいかも!


 スコルが、バニティの羽根をナイフとして用い、バニティの腕の筋肉をブチブチと切り裂いた。その様子を見ていたアルトの脳内に、バニティが地に伏せる光景と、血塗れで転がる自分達の姿が浮かんだ。


『っ!』


 腕を切られたバニティは、咄嗟に背中の推進器を稼働。前方、スコルに向かって急加速、突進した。流石のヴァンも突進は予想しておらず、且つ、バニティの腕を掴んだままであったため、回避はできず正面から突進を喰らった。

 突進の衝撃で、スコルはバニティの腕から手を離してしまい、バランスを崩して転倒。ただ、突進したバニティもバランスを崩したらしく、スコル同様に転倒してしまった。

 2機のデムズが転倒した際、路上に転がっていた死体の山をぐちゃぐちゃと荒らしてしまい、2機の装甲に赤黒い血を塗ってしまった。


 ―――転倒……行くしか、ないのか!


 スコルとバニティの転倒を確認した瞬間、アルトの中で、覚悟が決まった。


「マユ、1人で逃げろ。できる限り安全な場所に隠れて、俺の帰りを待っててくれ」


 一瞬だけ、マユを抱き締める腕の力を強め、すぐに緩めた。

 ゆっくりだが、確実に離れていくアルトの腕。鎧のようにマユを守っていたアルトの体が離れ、マユの心の中に、ドクドクと不安が広がっていった。


「ちょ、一体どこ行くっての!?」


 マユが問う。その頃には、アルトはマユの肩を掴み、抱擁を解いていた。そして、進軍に焦っていたアルトの表情からは、いつの間にか焦りが消えていた。

 その表情には見覚えがある。ゲームで強敵に挑む時、趣味のサイクリングに出かける時、針に糸を通す時、等々、見慣れてしまった、アルトが時折見せる表情だった。


英雄ヒーローになってくる……!」


 アルトは口元に僅かながら笑みを浮かべ、マユの肩から手を離し、その場から駆け出した。向かう先は、バニティの居る路上。

 即ち、戦場である。


「アルト……!」


 英雄ヒーローになるという発言。そして、バニティに向かって走る後ろ姿。マユは瞬時に察した。これからアルトは、バニティに搭乗し、スコルと戦うのだと。

 しかしバニティに、デムズに向かって駆けるアルトの姿を見た瞬間、マユの中で、謎の不安と恐怖が沸騰した。

 デムズは今や、クレーン車やトラックなどと並ぶ、業務用の乗り物として認知されている。アルトも普段、仕事でデムズを扱っている為、デムズに対しての不安や恐怖は殆ど抱いていない。

 ただ、という行為が、マユの中では耐え難い恐怖なのだ。

 何故、そこまで恐れるのか。それはマユ自身にも分からない。過去に何かあったのかもしれない。過去に何かを経験したのかもしれない。しかし、考えたところでマユには分からない。

 マユには、昔の記憶が無いのだ。


「駄目……で戦わないで! アルト!」


 自分でも不思議な程に、マユはデムズによる戦闘を拒んでいる。しかし、そんな言葉に耳を貸しつつも、アルトは足を止めずにバニティの元へ走り続ける。

 路上に転がる瓦礫と、血で出来た水溜まりで、何度か転びそうになったが、それでもアルトは、決して足を止めなかった。


『くっ! 早く起き上がれ!』


 スコルの転倒という予期せぬ出来事に、ヴァンは焦りを見せた。


 デムズには、実はコックピット以外にも弱点がある。それは、転倒である。

 デムズはピット作業や収納の際、仰向けに寝かせるか、或いは壁に凭れて座らせる。こうすることで、コックピットへ搭乗しやすくなり、部位によって整備や修理もしやすくなる。

 ただし、仰向け以外。例えば横向きに倒れた場合は、その機体の重さが災いし、起き上がるまでに時間がかかる。

 人間の体であれば、四肢で体を持ち上げることは容易い。しかしデムズは、人間を模した機械。人間ほど体も柔らかくなければ、可動域、力の配分なども異なる。いくら人間が搭乗し操るとは言え、やはり限界はある。

 アルトは、デムズの弱点を知っている。普段は業務用のデムズしか触っていないため、戦闘用デムズに件の弱点が通用するかは知らないが、突進というバニティの策と、転倒後のスコルの動きから、戦闘用デムズも業務用デムズと同じ弱点を持つのだと判断した。


 ―――間に合え!




「ハッチを開けろ! バニティ!!」


 アルトが叫んだ。その声に反応したバニティは、自身の操縦席入口コックピットハッチを開けた。

 バニティに限らず、デムズのハッチは胸部にあり、共通して、装甲とは違う色に染色されている。バニティのハッチは、濃いめの紺色。スコルのハッチは、黒に近い茶色。正面から見れば、ハッチの形状は共に左右対称の縦長六角形。横から見れば台形。色が違うだけで、形状は完全に同一だった。


『パイロットか!?』


 バニティ同様、スコルのマイクもアルトの声を拾っていた為、ヴァンは、バニティのパイロットが現れたのかと思い込んだ。しかしその思い込みと焦りが、幸運にもスコルの態勢を変え、いつでも起き上がれるような状態になった。


「間に合えええ!!」


 横向きに転がるバニティは、微動だにせず、ハッチを開けてアルトを待つ。

 対してスコルは、既に立ち上がろうとしている。もしも立ち上がってしまえば、再びスコルが優勢となるだろう。


「てい!!」


 最後の障害物であった小さな瓦礫を飛び越え、アルトは、バニティのコックピット前に到着。躊躇う時間など無いことは既に理解しているため、アルトは足を止めず、バニティのコックピットへ飛び込んだ。

 アルトは、いつも以上に手早くシートに座り、シートベルトを装着。デムズの共通設備である手摺りに手を乗せ、自動装着を待つことなく力技でゴーグルを装着した。

 パイロットがシートに座ったことで、コックピット内部が部分的に赤く光った。

 刹那、アルトの意識は体から抜け出し、バニティの中へ吸い込まれた。



 ◇◇◇



 本来ならば、遮断された意識が再び目を覚ませば、その時点で既にデムズの視界を捉える。

 ただ今回、バニティに搭乗したアルトの場合は、いつもと違っていた。


 ―――ここは……?


 目に映る景色は、戦場と化した秋葉原ではなく、真っ白の、何も無い空間だった。それに、五感全てで捉えられる感覚は、明らかに、デムズ搭乗時の感覚ではなく、人として普段から感じているものだった。

 つまりは、アルトの体はデムズではなく、人間の体のままであるのだ。


『はじめまして、アルト・カザマツリ』


 背後、というには少し距離があるが、後方から聞こえてきた声にとしたアルトは、咄嗟に声のする方向へ体を回した。

 そこに居たのは、人間大になった、バニティだった。


「バニティ……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る