第4話 邂逅、バニティ #4

 パイロットが居ないにも関わらず、動き、飛び、戦う。デムズにとってはありえないような話が、今、目の前に在る。

 バニティ。エデンが作るデムズの頂点として扱われる、Sシリーズの一機である。

 Sシリーズは、バニティを含め、現時点で9機の製造が計画されている。その9機全てが、これまでのデムズとしての常識を覆す力を持つ。


『バニティ、と言ったな。お前は危険な存在だ……今この場を以て、お前を破壊する!』


 ヴァンは苛立っている。

 一瞬で、一撃でやられた部下。

 情報に無い武力。

 常識を覆すデムズ。

 考えれば考えるほど、苛立ちは膨れ上がる。

 しかしヴァンは知っている。苛立ちは敗北へと繋がることを。故にヴァンは、自らの苛立ちを無理矢理抑え込む。

 手を伸ばし、心の奥底に沈んだ「冷静さ」を掴み、根を抜くように引っ張る。苛立ちを顕に冷静さを欠くヴァンの上に、「冷静沈着に仕事を熟すヴァン・イグニス大尉」という被せた。

 デムズのパイロットは、意識と体が分離している。その意識は機体と同化し、意識を伝って機体を動かす。意識とは、つまり心や思考と同義。もしも焦りや怒りで心や思考が乱れれば、それは即座に機体に表れ、結果、敗北を招く。

 デムズはパイロットの脳よりも深く、パイロットの心を知る。パイロットよりも、パイロットのことを知る。故に、パイロットは常に冷静さを維持しなければならない。維持しなければ、デムズは、何も答えてくれなくなる。


『ふぅ…………行くぞ、バニティ!』


 自らの心が落ち着きを取り戻し、ヴァンは、戦闘態勢に移った。


『了解。Sシリーズ、バニティ。これより戦闘に移行する』


 戦闘の宣言。

 戦闘の承諾。

 これが、戦争としてあるべき場面なのか。

 そんなことを考えながらも、相変わらずアルトは、ビルの隙間から様子を伺っていた。


「……ひっ!!」


 マユが、アルトの体に埋めていた顔を上げ、周囲の様子を確認した。しかしその直後、短い悲鳴を上げ、再びアルトの体に顔を埋めた。マユは、顔を上げた直後に、スコルとヘイズルーンにより荒らされた街を見てしまったのだ。

 血と体液がベットリと付着した瓦礫と、その下で転がる肉塊。ガラス片の雨に打たれた無様な死体。血と共に飛び散った肉片や臓器。

 そして、埃と血の混じった悪臭。

 地獄絵図を目と鼻で感じたマユは、その目をアルトの体で覆い、その鼻をアルトの匂いで誤魔化す。

 心拍音と共に込み上げてくる吐き気は、恐怖や絶望などではなく、寧ろ、嫌悪感に近いものだった。

 すぐ近くにある死体の山が、もしも全員知人であれば、きっと、泣き喚き、酷く怯えていたのだろう。しかし死体の山を漁っても、知人は1人も居らず、みな見知らぬ人物である。

 基本、人間にとって、知人や芸能人以外の知らない人物は、真に他人という言葉が相応しいものねある。仮にどこかで死んだところで、深く悲しむこともなければ、寧ろ見向きさえしない。

 しかし、マユの場合はそれが極端で、知人や好きな芸能人以外の人物は、ただの背景だと考えている。さらに言えば、それは建ち並ぶ民家や、路上に転がる虫の死骸と同列。「マユ・アサマ」という主人公を引き立てる為だけに存在する、有益でも無益でもない存在であると、そう決めつけている。

 アルトからみれば、ここはアルトが主人公の世界。ヴァンからみれば、ここはヴァンが主人公の世界。地球上に存在する誰もが主人公であると言ってもいいが、裏を返せば、地球上の誰もが役名の無い背景である。

 勿論、この死体の山も、マユにとってはただの背景であるが、それは特段不気味で不愉快は背景である。

 決して悲哀は無い。何故ならばこの死体の山は、マユ・アサマという主人公の周りを穢す、醜い舞台道具に過ぎない。

 故に悲しまない。恐れない。代わりに、嫌悪感を抱き、嫌悪故に吐き気を催す。

 マユとは、そういう人間なのだ。


「アルト……私達……ここで死ぬの?」


 震え、それでいて掠れるような細い声で、マユは呟いた。


「……多分、死なない。あのデムズが居れば、きっと、俺達は助かる」


 根拠は無い。ただアルトは、漠然と、バニティに対して、希望のようなものを抱いていた。

 そんな希望を他所に、バニティと対峙するスコルは、攻撃に移った。

 バニティとの距離は、そう離れていない。腕を伸ばせば触れてしまうほど、2機はすぐ近くに居る。

 敵との距離が短くなればなるほど、繰り出せる攻撃は限られてくる。少なくとも、バニティがヘイズルーンを仕留めた時のような威力抜群の飛び蹴りや、予備動作の大きい蹴り技は不可能。できる技と言えば、即座に放てるローキックや膝蹴り、後は単純な腕による攻撃。

 そんな限られた攻撃の中でヴァンが選び、スコルにて実行したのは、


『ふんっ!』


 掴み技だった。

 スコルの開かれた右手は、バニティの頭部目掛けて進み続ける。

 掴み、潰すつもりであろうか。そう判断したバニティは、右腕を動かし、スコルの右手を掴もうとした。スコルの攻撃を防ぎ、そのまま腕を引きちぎってやろうと考えた。

 しかし、そのバニティの予想は、案外簡単に覆された。

 スコルの腕を狙っていたバニティの右腕は、逆に、スコルに掴まれた。それも、左手ではなく、右手で。頭部を狙っていたはずの手をそのまま斜め下へ動かし、下から動いてきていたバニティの腕を、簡単に掴んでしまった。

 ヴァンはそもそも、バニティの頭部を狙っていた訳では無い。

 狙っていたのは、防御に走るバニティの腕であった。


『っ!!』


 バニティは、人間ではなく人工知能である。しかし明らかに、人のように、焦りを見せた。防御のつもりであったのだが、その防御をあっさりと掴まれ、自らが「人間を載せた機体」に泳がされていたのだと理解したのだ。


『甘い!』


 ぐいっ、と、スコルは右腕を引き寄せる。すると、バニティは案外あっさりとバランスを崩し、前方へ体が傾いた。

 その瞬間スコルは左手を突き出し、今度はバニティの翼を掴んだ。



 バニティと対峙した瞬間から、ヴァンの中でプランは練られていた。

 プランを練る前に気付いたのは、バニティの翼。デムズは無機物の塊であるため、翼が生えていようが、それはただの無機物。血も通っていなければ羽毛も無い。

 ただ、バニティの翼は、飾りにしては妙に精巧というか、作りが細かいように見えた。何せ翼の全面に、羽根を模した装飾が施されている。勿論、羽根は全て金属製であるが、1枚1枚がちゃんと羽根の形状で、見た限りかなり鋭利であった。羽根の根元部分を握れば、刃が広いナイフのようにも見える。カラーはマットブラックであるが、カーボンは用いていない。色はただの塗装である。

 さらに羽根は、バニティが僅かでも動くと、数枚程度が単独で僅かに動いた。つまり羽根は、彫られたものでも溶接で取り付けられたものでもなく、脱着可能な装備であると確信した。

 そして至った。あの羽根を1枚でもちぎれば、十分な武器になると。

 ヘイズルーンを一撃で倒してしまうほどの性能を持つデムズのパーツを、自らの武器として扱えるかもしれないと。

 プランさえ練れば、後は行動だけ。



「ちぎった……!」


 バニティの翼、性格には羽根を掴んだスコルは、そのまま勢いよく引っ張り、羽根を引きちぎった。その際、羽根の根元から電気コードのようなものが伸びている事に気付いたが、構わず引っ張り、コードを切断した。

 バニティの羽根は、デムズからすればナイフのようなサイズ感で、使い勝手のいい近接武器となる。事実、この羽根は武器として使用することを前提に作られている。が、しかし、羽根を武器として使うのが、まさかバニティ本体ではなく、敵機であるスコルであるとは、誰も予想はしていなかっただろう。


『だぁっ!!』


 スコルは、バニティの羽根を掴み、構え、早速武器として攻撃に用いた。

 狙う箇所は、腋から上腕にかけて。



 デムズは、人間と意識を共有するため、その機体の構造も、可能な限り人間に近付けている。

 例えば関節部以外、腕や脚、或いは首や腹部等は、防錆加工を施した軽量ワイヤーを束ね、人間の筋肉の形に近付けている。骨組フレームに関しても、金属製ではあるが人間の骨格に似せて作ったパーツを多く採用している。装甲を剥がしてしまえば、それは最早、人体模型と変わらない。

 ここまで寄せれば、従来のロボット以上に人間的な動きが可能となり、結果、パイロットと意識を共有するに当たって、かなりいい同調が得られる。

 ただ、人間に近付けているが故に、弱点も人間と似ている。

 ヴァンが狙った腋と上腕には、肩や腕、胴体を動かすワイヤー製の筋肉がある。さらに、機動性の都合から、上腕の内側や腋には、装甲が貼られていない。つまりは、防御力皆無。そんな部位ところを、対デムズ用ナイフと言っても過言では無いバニティの羽根で攻撃などすれば、筋肉の役割を果たすワイヤーは切れ、腕を動かせなくなる。

 ヴァンが、頭を狙ったように見せかけて腕を狙ったのは、弱点である上腕内側と腋を露出させる為。

 スコルが右手を開き、バニティに向けて突き出した瞬間から、バニティはヴァンの作戦に飲まれていたのだ。


 ―――奇襲とその攻撃力には驚かされたが……戦ってみれば普通のデムズと変わらない!


 スコルの突き立てた羽根は、予定通りバニティの上腕を刺す。その直後、スコルはナイフを手前へ引き、筋肉を構成するワイヤーをブチブチと切り裂いた。


「切った!?」


 下から見ていたアルトは、バニティの羽根の切れ味に驚愕した。

 仕事でデムズを触れているアルトは既に知っていることなのだか、デムズの筋肉を担うワイヤーは、軽量化と量産化、さらに運動性を重視しているため、意外と脆い。一般的なワイヤー、それこそ自転車のブレーキ等に用いるワイヤーと比較しても、明らかに脆い。

 とは言え、そんなワイヤーを筋肉に見立てて束ねている以上は、そう簡単に崩れることは無い。しかし、バニティの羽根は、いとも簡単にワイヤーの束を切り裂いた。

 バニティの筋肉が脆い訳では無い。羽根の切れ味が良過ぎるのだ。

 羽根を武器として用いたヴァン本人も、その切れ味の良さに若干引いたが、「これはいいものを手に入れた」とニヤついた。


 ―――パイロットが居ない……ってことは、もしかして性能を発揮できてない?


 一撃でヘイズルーンを仕留めたバニティだったが、スコルとの戦闘に於いて、劣勢であることは明白。

 その理由が、「パイロットの不在」であるということは、日頃からデムズに触れているアルトには理解できた。





 ―――パイロット不在による出力低下。分かっているか、バニティ。


 羽根をがれ、腕を切られた時、バニティの記憶メモリー内にある言葉が、ふと蘇った。

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