第2話 邂逅、バニティ #2
◇◇◇
新暦7年。
6月1日。
11時31分。
東京都練馬区。株式会社エデン、本社。
◇◇◇
エデン、という名前の会社がある。東京に本社を置き、日本だけでなく、国外にも営業所を置く、世界規模の会社である。エデンは、人類史で初めて、デムズの製作、販売を開始した会社で、工事現場や工場などでエデンを用いる現代に於いて、無くてはならない会社となっている。
というのも、デムズの製造と販売はエデン社の特許であり、修理や点検整備等に関しても、他社では承れないのだ。
そんなエデンの本社は、今、尋常ではなく慌ただしい。
社員の半分は焦りと暑さで顔が赤くなり、残りの半分は、緊張と恐怖で顔が青くなっている。
「また戦争かよ……」
「気持ち悪くなってきた……」
「嫌だなぁ……」
動きの最中、呼吸すると同時に、疲れきったような声で弱音を吐く社員達。中には、弱音どころか胃液を吐いている者も居る。しかし、弱音を吐きつつも、胃液を吐きつつも、社員達はその手を休ませることを許されず、各々が務めるべき作業に徹している。
一体、何故こんなにも慌ただしいのか。その理由は簡単。これから始まる戦争に備え、デムズの整備を行っているのだ。
実は先日、リディアが全世界へ声明を発表した。これからはリディアが地球を統治し、国境も争いも差別も無い世界を作ると。そして、そんな理想を叶える為に、武力による制圧を行うと。
進軍により、リディアは各国を攻撃。言わば、降伏しなければ壊す、という脅しである。
既に、進軍と攻撃が行われる前に降伏した国が幾つもある。しかし日本は、降伏する気は皆無で、寧ろ、武力による対抗を示すつもりでいる。
リディアと日本。その両方が主に用いる武力は、デムズである。
本来、デムズは業務用のロボットとして生産されたのだが、歴史の中でデムズは兵器化。今日に至るまでの間に起きた戦争で、デムズは戦車や戦艦に並ぶ主力兵器になってしまった。
ただ、業務用のロボットというコンセプトは未だ健在で、国内外の企業の中には、単純に仕事の一環としてデムズを用いるところも多い。
尤も戦争が始まってしまえば、いくら取り繕ったところで、デムズは兵器になる。即ち、エデンの社員は、兵器を作っていることとなる。改めて自覚してしまえば、吐き気を催してもおかしくないような状況である。
「部長! バニティの整備が完了しました!」
整備士の1人が、喉を枯らすほどの大声で言った。
エデン本社の敷地内地下に作られた大型ピット。そのピットでは、何機ものデムズが整備されている。大抵の機体が、「人型である」ということ以外の生物的要素を捨てた、機械然としたデザインである。
しかし、その中で1機だけ、他とは違い生物的なデザインの機体がある。
その機体の名はバニティ。全長は、リディア軍のスコルと殆ど同じであるが、その容姿は大きく異なる。
迷彩色とも言えるような深緑色の艶消し装甲を纏ったのがスコルであるが、バニティの装甲は艶ありのエメラルドグリーン。スコルとは同じ緑系の色ではあるが、迷彩的なスコルとは異なり、バニティは隠れる気など無いほどに鮮やかで煌びやかである。
狼の頭部を模しているのがスコルであるが、バニティの頭部は梟、というかミミズクを模している。メインカメラとなる眼球部は、形状をミミズクに寄せ、カラーは赤い。
嘴は無いが、ミミズクの頭部から生える
そして、最も異なるのは、そのデザイン。頭部を除けば、大抵の戦闘用デムズは、装甲の形状や位置、内部構造が似通っている。
これは、一番最初に製作された戦闘用デムズ「アルファ」をベースにしているためである。しかしバニティには、アルファには無い装備を纏っている。それは、翼である。バニティの背中には、マットブラックとエメラルドグリーンの、フクロウの翼を模した装備が装着されている。
戦闘用デムズには、背中とふくらはぎ、足裏に
今後は、拡張パーツや装備の増加により、もっと有効的に使うことを前提としているが、現時点、飾りという域を出ない。
他の機体にも勿論、整備士が張り付いて作業をしているが、バニティにだけは、他の機体以上の人数が張り付き、作業をしている。明らかに、他の機体よりも優遇されている。
「バニティ、聞こえているか?」
製造部の部長、タイガが、完成したと報告のあったバニティの元へ駆けつけた。するとタイガは、バニティに搭乗することなく、目の前で問う。正確には、バニティではなく、バニティに搭載されたAIであるが。
『はい、タイガ・キシタニ』
機体のスピーカーを通して、バニティが答えた。その声は、スコルのAIとは違う声である。ただ、やはり無感情で無機質な印象の淡々とした声である。
「バニティ、もう少しで出撃してもらう。その前に、お前に乗るパイロットを決めてくれ」
そう言うとタイガは、ポケットから取り出した携帯端末を操作した。タイガは携帯端末の中にあるエデンの社員のデータをバニティに送信したのだ。
業務用のデムズであれば、適合云々などについては一切考えず、然るべき知識さえ有れば誰でも操縦できる。しかし、戦闘用デムズともなれば、話は変わる。
例えば、リディア軍のスコル。スコルは、部隊長用に量産された機体である。しかし、量産された1機1機は若干性能差がある。その性能差は、パイロットの素質と才能で左右されている。十分にスコルのスペックを引き出せない者は、その機体のスペックを下げ、パイロットが十分に戦えるように調整される。故に部隊長のヴァンが、別の
バニティもその類であるが、バニティの場合は、更に面倒なことになる。バニティは量産機ではなく、言わばオンリーワンの逸品。戦争に備えエデンが作り出した、「Sシリーズ」というデムズの1機である。そんなバニティの性能は、普通のデムズを凌駕する。しかしそれ故に、バニティを扱えるパイロットは限られてくる。
パイロットに合わせて、バニティの性能を下げる。そんな妥協は許されない。とは言え、バニティに適合するパイロットを一人一人探すのは骨が折れる。或いは骨が折れる前に心が腐る。
そこで採用されたのは、バニティ本体に、パイロットを決めさせるという方法である。パイロット候補を並べて一人一人搭乗させるのではなく、パイロットとなるべき1人を最初から決めてしまおうと考えたのだ。
タイガからリストのデータを受け取ったバニティは、データを閲覧。そこで発揮されるのは、人工知能特有のラーニングの早さ。人間では到底追いつけない速度でデータを閲覧してしまう。
しかし、
『このデータ内に、私を
バニティは、パイロットを選ばなかった。否、選ばれるべき者が居なかったのだ。
タイガ達は、予想外の反応を見せたバニティに驚愕し、同時に、焦った。
バニティは、本日正午より開始される戦争に向けて作られた、秘密兵器同然の機体。パイロットさえ決まれば、進軍してくるリディア軍を退くことさえ可能である。しかしバニティ自身が、パイロットの選択を拒んだ。それはつまり、万全の状態のバニティを実戦投入することができない。
「バニティ、何に不満がある?」
タイガが問う。バニティが人間であれば、多少の沈黙を置いたり、言葉を詰まらせたりするのだろうが、バニティは人間ではない。故に沈黙を置くことも、言葉を詰まらせることも無く、寧ろ少し食い気味にタイガの問いに答えた。
『私の名はバニティ。Sシリーズのバニティ。空虚、虚栄、虚飾、意味は幾つかあります。そして、貴方達が私に与えたのは虚飾の意味。デムズとパイロットは人馬一体。否、人機一体。私が虚飾であるならば、パイロットも虚飾という言葉が相応しい人物であるべきだと思います』
バニティの発言に、タイガを含めた社員達は、一斉に困惑した。そして、バニティの言葉の意味も十分に理解できぬ間に、バニティは言葉を紡いだ。
『パイロットが居なくとも、私は動けます。もしも戦いの最中にパイロットとなるべき人物を発見したならば、私の一存で、即座にその人物をパイロットとします』
「そんな勝手に……」
『相応しい者以外の搭乗は拒みます。私は私自身と、私のパイロットにのみ従います。それ以外の命令は全て拒否します』
バニティは人間では無いが、AI、即ち人工知能が埋め込まれている。人工とは言え、この機械の体に知能が宿っているのだ。知能がある以上、体は機械であっても、その思考自体は人間と同じである。故に、意見を述べ、意志を伝える。決してイエスマンではない。
ただ、タイガを含め、バニティの発言を聞いていた者の殆どが、同じタイミングで、同じことを考えた。
このデムズ、めんどくせぇ、と。
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