深層機デムズ

智依四羽

邂逅、バニティ

第1話 邂逅、バニティ #1

 ◇◇◇

 西暦2199年。

 3月23日。

 10時22分。

 愛媛県。中村公園。

 ◇◇◇



 塗装の剥がれた現役のブランコ。

 キシキシと音を立てるシーソー。

 比較的新しめなジャングルジム。

 凹みと傷が多い金属製の滑り台。

 木で組まれたベンチとテーブル。


 この公園は、近隣の公園の中では一番の古株で、遊具は何度か建て替えられた。しかし、年々この公園で遊ぶ子供達の声は減り続け、今では、野良猫が夜な夜な集会をしている時が一番騒がしいという有様である。

 そんな公園の中で、1人の少年と、1人の少女が、向かい合って話をしている。

 少年は、銀髪のショートカットで、緑色の瞳をしている。しかし、外国人ではない。半分は日本の血である。この少年はハーフで、髪と瞳は日本人とは思えぬが、顔立ちは寧ろ日本人寄りで、日本語も流暢である。そんな少年は、少し苦い顔を見せ、向かい合う少女は、涙を流していた。

 少女は、黒髪のショートボブで、少し青みがかった瞳をしている。ハーフの少年とは異なり、この少女は純日本人である。少年の方はシュッとした顔立ちであるが、この少女は少し丸顔で、背も低い。肥満かと思われる事も多少はあるが、肥満体型なわけではない。


「俺……絶対に帰ってくるから! でっかくなって、強くなって、またマユのとこに帰ってくるから! だから、その……俺の事、待っててくれる?」


 少年改めヴァンは、少し震え気味な声で、泣き出しそうな自分を押し殺して、強く、自らの気持ちを言葉に乗せた。


「……うん……なら、私以外の女の子、絶対に好きにならないって約束できる? 何日経っても、何年経っても、私のこと、ずっと好きでいてくれる?」


 少女改めマユは、ぽろぽろと涙を零し、鼻水を啜りながら、細い声で、自らの想いを言葉に乗せた。


「当然だよ! 俺、日本に帰ってきたら、結婚指輪持って、マユに会いに行く!」

「うん……待ってる」


 少年と少女は、この日以前から、将来は結婚しようと話をしていた。しかしこの日、ヴァンは結婚指輪の用意を約束し、マユはヴァンが帰る時を待ち続けることを約束した。



 ◇◇◇

 新暦7年。

 6月1日。

 7時36分。

 リディア。リディア軍航空部隊基地。

 ◇◇◇



 空港に近い大きさと構造の航空部隊の基地。その基地の敷地内にある滑走路に、巨大な貨物用ジェット機が待機していた。

 ジェット機のすぐ近くには、飛行機の整備を行うピットがあるのだが、今現在、ピットに飛行機は無く、代わりに、全長15メートル前後はあるであろう人型ロボットが4機、ピット内に寝かされていた。因みにピットは、敷地内に5箇所ある。

 4機あるうちの1機は、深緑色を基調とした機体で、人型でありながら、頭部に関しては狼の顔のように見える。

 厳密にどの辺が狼かというと、前方に向かって鼻と口が伸び、それでいて大きな口の中には鋭い牙が装備されている。犬、と言われれば犬にも見えるが、メインカメラとなる目の部分の鋭さが、これは狼であると主張している気がする。

 他の3機は、艶無しの白を基調とした機体で、こちらも人型でありながら、頭部は山羊を模している。こちらは、頭頂から斜め後方に太く鋭い角が生えている。鹿や牛とは異なる特徴的な形状であり、山羊を知る人間であれば、この機体の角を見れば「山羊の角だ」と思うだろう。

 これらの機体には、各々名前が与えられている。そして、これらの機体は、デムズと総称されている。


「マユ……」


 ピットの壁際に配置されていたソファに寝転がり、ヴァンは掠れた地声で呟いた。

 首から下げている銀色のロケットペンダントを手に取り、ロケットを開いて中の写真を見る。そこには、かつて結婚することを約束した、当時小学3年生のマユが写っていた。

 ロケットに綴じられた写真は、小学生の頃に2人で写ったものであるが、ヴァンのロケットには、マユしか写っていない。本来ならば、マユの隣に、当時小学生6年生の頃のヴァンが写っている。

 実は、1つの写真を2分割して、ヴァンはマユの写真が綴じられたロケットを持ち、マユはヴァンの写真が綴じられたロケットを持ったのだ。故に、ヴァンのロケットには、当時の自身の姿は無い。


「まだ、待っててくれてるか…………いや、そんな訳ないか」


 自身が小学生の頃に、マユと交わした結婚の約束。しかし、約束をしてから1度も会うことなく、気付けばヴァンは21歳になっていた。身長も、体格も、声も、髪型も変わってしまった。身長は165センチ程度。髪の長さは当時から殆ど変えていないが、左右を刈り上げ、ツーブロックにした。

 今頃、マユは18歳になっている。当時は背が低かったが、今ではどうだろうか。当時はショートボブであったが、今ではどうだろうか。少し気を抜けば、ヴァンの思考はすぐにマユで埋め尽くされる。尤も、仮にマユがという話であるが。


「隊長、そろそろ着替えますか?」


 ヴァンと同い年か、少し年下に見える青年が言った。隊長というのはヴァンのことを指す。

 クールさと穏やかさを併せ持ったようなヴァンとは対照的に、その青年は精悍そのもので、穏やかさは感じられない。加えて、抑揚の少ない声と、冷静沈着な性格。この青年は精悍というか、寧ろ、淡白という言葉が相応しい。


「……ああ、そうしようか」


 ヴァンはロケットを閉じ、「んんっ」と低い声を漏らしながら、寝転がった体を起こした。すると、ヴァンに着替えを促した青年と、白いデムズの近くに立っていた髭面の中年の男と、もう1つあるソファに座ってジュースを飲んでいた30代位の男が、一斉に動き出し、ロッカールームへ向かうヴァンの後ろへ続いた。

 ロッカールームは、ピットの中にある。教室一室分程度の広さがあり、壁面に縦長のロッカーが立ち並んでいる。

 ヴァン達は、各々ロッカーを開け、着替えを開始した。

 私服を脱ぎ、新たに着たのは軍服。しかし、よくある迷彩柄の服ではなく、デムズのパイロット用の軍服である。ブロックタイプの靴底を採用した真っ黒のシューズ。黒を基調とした、少し厚みのあるデニムのパンツ。白のタンクトップ。タンクトップの上から羽織る、撥水性のある明るい緑色の防弾ジャケット。これらを着用し、パイロットはデムズを操縦している。ジャケットが緑色なのは、彼等の住む国であるリディアの国旗が、緑を基調としている為である。

 リディアの国旗は、一般的な国旗と同じで長方形。ほぼ全体が緑で染色されているが、右斜め上から左斜め下にかけて、灰色の斜線が1本引かれている(このように〼)。言わば、その斜線で、1つの国旗は2つのエリアに区切られている。

 左側のエリアには、六角形の、黒いマークが3つ描かれている。デザイナーによると、その六角形は石を意味するらしい。

 右側のエリアには、黄色の、三本一房のバナナが描かれている。ただ、そのバナナは少し不思議で、房の繋がったヘタ部分が、上ではなく下に来ている。普通、バナナを描けば、ヘタ部分は上側に描く。しかしこの国旗に描かれたバナナは、ヘタ部分は下になっている。

 リディアの国旗は変わったデザインをしているが、不思議と、そのデザインを批判する者は居なかった。

 全員が着替えを終えると、隊長のヴァンが、各々の顔を確認し、すう、と息を吸い込んでから、言葉を乗せた。


「今日から戦争が始まる。平和という終幕へ導く為の序章……とは掲げているが、俺達がやるのはただの殺し合いだ。生きれば生きるし、死ねば死ぬ。分かっているだろうが、国のトップにとって、俺達軍人は駒……壊れたならば代わりの駒が用意される。そこで、敢えて言わせてもらう。みんな、自分の代わりのことなんて考えるな。俺達は駒であっても、駒として生まれてきた訳じゃない。心がある、意思がある、命がある。だから生きられるだけ生きろ! 駒としてじゃなく、1人の人間として生きろ! いいな!?」

「「「了解!」」」

「では、これから我々イグニス部隊は、東京へ向け出発する! 全員、搭乗!」


 ヴァン達は一斉にロッカールームから飛び出し、各々が搭乗するデムズの近くへ向かった。

 ヴァンは、5機のデムズのうち1機、深緑色の機体の前に到着し、他の面々は、白い機体の前に到着。そして、各々は機体の表面をよじ登り、機体の胴体部にあるコックピットの前に到達。コックピットのハッチは既に開かれている為、各々はコックピットに乗り込む。

 コックピット内には、パイロットが搭乗する為のシートがある。他には空調と、耐衝撃性の高い荷物入れがあるが、ロボットアニメではお馴染みのモニターやハンドルなどは

 ヴァンはシートに座り、シートに搭載されたベルトを胴体と肩に装着。そして、ハッチを閉じないまま、シートの横から伸びる手すりに両手を置いた。すると、手を置いた手すり部分とシートベルト、更にコックピット内の複数箇所に光が走り、直後に、自動でハッチが閉まった。

 ハッチが閉まると、背凭れの後ろからVRゴーグルのようなものが現れ、シートベルトで固定されたヴァンの頭部に自動で装着された。


『生体認証完了。ヴァン・イグニス、本機の操縦を許可します』


 無機質というか、機械的というか、とにかく無感情な女性の声が、コックピット内のスピーカーから流れた。その直後、ヴァンの体から力が抜けた。さながら、操り人形の糸をぷつんと断ち切ったかのように、一瞬で。死んだ訳では無い。ニュアンスとしては、熟睡、と言っていいだろう。

 デムズは、一般的な機械や、ロボットアニメに登場する機体のような、手動操作を殆ど用いない。では、どのようにして機体を操作するのか。それは、ヴァンの身に起こった「意識の消失」が意味する。

 デムズのパイロットが、体をシートに固定し、ゴーグルを装着することで、デムズは起動。するとデムズは、パイロットの意識を抜き取り、機体に移植する。全てのデムズは、AIによる制御を採用している。パイロットの意識は、そのAIと同化するのだ。その間、意識が抜けた体は、睡眠時と同じ状態になる。勿論、体から力が抜けるため、シートベルトによる体の固定が必要なのだ。

 デムズのAIと意識が同化すれば、パイロットの思考と機体がリンクする。即ち、デムズという名の機械が体となる。パイロットが腕を動かそうとすれば、機体の腕が動き、走ろうとすれば、機体が脚を動かし走る。

 つまりはパイロットが、機体の心臓となり、脳となる。

 乗り手と馬の息が合うことを、人馬一体と言うが、デムズは馬ではない。言うなれば、人機一体、であろう。


 ―――マユ……できれば、戦火の届かない、何処か遠くの場所に居てくれ。


 ヴァンは、今回の作戦で用いる深緑色の愛機、スコルを操作し、ひとまずは仰向け状態から立ち上がった。

 今、スコルのメインカメラはヴァンの目となり、黒いフレームに深緑色の装甲を纏わせた両腕はヴァンの両腕となり、厚めの装甲を纏わせた胴体はヴァンの胴となり、脛と膝と甲にのみ装甲を纏わせた両脚はヴァンの両脚となり、狼の耳を模したマイク部分はヴァンの耳となり、鼻を模した吸入部はヴァンの鼻となり、口を模した装甲とスピーカー部はヴァンの口となっている。ヴァンが喋れば、口のスピーカー部から声が発せられ、ヴァンが聞けば、耳のマイク部から音を取り入れる。ヴァンが目を動かせば、メインカメラが動く。

 ヴァンだけではない。他の3人が搭乗した白い機体、ヘイズルーンも、パイロットと同化している。機体に搭載されたスピーカーとマイクを用いれば、通信機やメッセージ機能を使わずとも会話ができる。


『現時刻を以て、イグニス部隊は日本への進行を開始。指揮はヴァン・イグニス大尉、本機、スコルが執る』


 スコルの口に搭載されたスピーカーからヴァンの声が流れ、3機のヘイズルーンのマイクがその声を捉えた。


『ヘイズルーンA、ミゲル・ブラウン曹長、了解』

『ヘイズルーンB、アダム・ウィルソン伍長、了解』

『ヘイズルーンC、マイク・グリッツ上等兵、了解』

『……全機、ジェットへ搭乗せよ』


 ヴァンの操作するスコルを先頭に、4機のデムズは、貨物用ジェットのコンテナに入っていった。

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