第6話 自分の寿司
徹生はあっさりするくらい早く亡くなってしまった。母は流石に憔悴していた。「お父さん、もっと寿司を握りたかっただろうね。」明るく気丈に振る舞う母を見るのが辛かった。徹はその母に迷いなく言った。「俺、三鷹で父さんの寿司屋つぐよ」細胞が思わず反応したのだ。
徹は父の徹生の寿司をあまり食べたことがなかった。いやほとんど食べたことがなかった。今までチェーン店で習ったことを集中して頑張って出しても常連の客の顔が曇る。母は何も言わない。笑顔で接客している。初めて父の寿司を食べてなかったことを悔やんだ。
どうやら新子も握っていたらしい。僕も一度だけ食べた。とても奥深い味であった。あの味を再現出来るのか。とても唸る味だった。美味しくてもうせつなくて。
一度でも作り方を聞いておけば良かったと死ぬほど後悔をした。もうダメだった。
新子の作り方もネットをみながら見よう見まねだった。父がつくっていた一度だけ食べた新子の味が舌の中に残り続けている。コハダになる前の稚魚の味。もしかしたら本物の味よりイメージが膨らんでしまっているかもしれない。記憶を頼りに父の味に囚われ続けていた。
自分の寿司を父の寿司と似せるように囚われていた。何度母に食べさせても父の寿司と似ているとは言わない。「あんたの寿司を極めればいいじゃない。」そんなことをいつも言われていた。何度も言われるうちに開き直ってきた。自分の寿司を作ろうと。
とにかく今まで習った技術で、わからない時はYouTubeでネットで調べて、父の後ろ姿で、寿司をつくひつづけていた。夢中でつくりつづけていた。少しでも自分がおいしいと思える寿司を。納得出来る寿司を追い求め続けた。初めて楽しいと思った。
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