第12話
夏休みも残り一週間となり、本来ならば今日もダンジョンへと朝早くから潜っていこうと思っていたのだが、先日、ダンジョンに潜っている際に大怪我を負ってしまったので今日はダンジョン攻略はお休みにして、一日ゆっくり過ごそうと思う。
夕夏も今日は友達と遊ぶ予定が無いらしく、一日中家にいるらしい。
今は朝食を食べ終え、二人で夕夏の夏休みの宿題を終わらせている。
エアコンが使えない部屋の中で、夕夏がテキストをやっている横で僕は問題の答え合わせと絵日記などの保護者のサインが必要な部分を記入している。
毎日口を酸っぱくして言い続けたおかげか、ほとんどの宿題が終わっていた。
このペースなら2,3日後には全部終わっているだろう。
そんな事を考えながら手を動かしていると、僕のスマホにメッセージが届く。
何だろうと思い、スマホを起動し、無料連絡アプリの”コネクト”と呼ばれるアプリを開く。
見ると、友人から連絡が来ていた。
メッセージには短く一言。
『助けて』と書かれていて、その後にスタンプが添えられている。毎年、この時期になると来る奴からの連絡に飽き飽きしながら、返信する。
『何時に行けばいい?』そう返信すると直ぐに既読が付き、メッセージが届く。
『今すぐで、昼飯は俺の家で』
小さく溜息をついて、夕夏に外出の支度をするように伝える。
部屋の戸締りを確認したら、無地のTシャツに着替え、テキストをカバンに詰めたら僕のは準備完了、後は夕夏に帽子をかぶせ首に水で濡らしたタオルを巻いたら家を出る。
外は熱気に包まれていて、セミが大きな声で鳴いていた。
にじみ出る汗をハンカチで拭って、友人の家へと向かって行った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
家を出て住宅街を歩くこと15分、ようやく友人の家に着いた。
歩いた時間は少しなのに長い時間歩いたような感じがするのだから不思議だ。
インターフォンを鳴らして、扉が開かれるのを待つ。
「昇太!助けてくれ!」
悲痛そうな面持ちで出て来たのは僕を呼び出した友人、”
思えば颯斗との付き合いは6年ほどになるのか…あの頃からこいつはこんな感じだったなぁ…と思っていると奥からもう一人出てくる。
「ごめんなさい、星巳君…私じゃハー君の宿題が終わら無さそうで…」
そう言って申し訳なさそうに出てくるのは颯斗の恋人の”
「いや、樋山さんが謝る事じゃない。悪いのは全部こいつだから。」
そう言うと颯斗は「うっ…」とばつの悪そうな表情を浮かべていた。
颯斗は、思い切り目を逸らしながら恐る恐る、言葉を紡ぎ始めた。
「その…夏休みの宿題がですね…。」
「良いから、全部わかってる。どのくらい終わってないんだ、言ってみな。」
どうせこいつの事だ、夏休みの宿題が終わってないから僕を呼んだのだろう。
しかし、今回は少し早いな…いつもなら一日前とかギリギリに呼んでくるのに。
何処か颯斗の行動に違和感を感じたが、気にしないことにして口をもごもごと颯斗に動かす意識を戻す。
「…部です。」
「…?何?もっとはっきり言ってくれないと聞こえないのだが…」
そう聞き返すと先程と同じように目を合わせずに颯斗は言った。
「全部です。」
「…?聞き間違えだよな、もう一回言ってくれないか?」
流石に僕の聞き間違えだろう。頼むそうであってくれ。
どんどん挙動不審になる颯斗を見ると、内心もう無理だろうなと思ってきたがそれでも一縷の望みにかけて、颯斗の返答を待つ。
「………全部です。」
一瞬気が遠くなったが、何とか持ちこたえる。
―――という事はこの男、夏休みが始まってからずっと部活と遊びしかしてこなかったというのか。
何だか沸々と怒りが湧いて来た。
僕が怒っていることに気が付いたのか、颯斗が慌てだす。
そんな颯斗の首根っこを捕まえて強制的に2階にある奴の部屋へと向かう。
途中で、リビングに居た颯斗のお母さんに挨拶をし、机の中に眠っている夏休みの宿題を探す。
この作業も慣れたもので、5分程で全ての宿題を机に並べる。
僕は颯斗の正面に座り、僕が処理できる宿題と颯斗がやるべき宿題を分別する。
颯斗にはテキストを5冊と読書感想文を、僕は自由研究と日記に取り掛かる。
幸い自由研究は後は文章に起こして纏めるだけだった。
颯斗も先程のおどおどとした様子とは一変して、集中してテキストに取り組んでいる。
…さて、昼までにどれくらい終わらせられるかな…。
僕も気を引き締めてレポートへと取り組むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハー君、星巳君、もうご飯だよ。」
夕夏を連れて樋山さん達がやってきた。
およそ2時間ぶっ通しでレポートを進めたおかげで全体の3割ほどは終わらせることが出来た。
目の前にいる颯斗は1冊目のテキストの6割を残して倒れている。
倒れている颯斗を叩き、1階へと降りると既に配膳は済んでいて、夏の風物詩の素麺がとても涼しげだった。
颯斗のお母さんはお昼から仕事があるらしくもう居なかった。
4人が席について、各々のタイミングで「いただきます」と言って素麺に手を付ける。
軽く麵つゆに入れて、一息に吸い込む。
ツルツルとした喉ごしと麺つゆの出汁の味がとても美味しい。
やっぱり素麺は夏に食べるとまた格別に美味い。
我が家だと基本的に秋の安売りシーズンしか買うことが出来ないからな…。
思考が悪い方向に行きそうになるが、ここで切り上げる。
夕夏は樋山さんと一緒に楽しそうにご飯を食べている。
対照的に、颯斗は死にそうな顔をしながら素麺を食べている…否、流し込んでいる。
体が此処で何も食べなければ拙いと理解しているからか、食べる勢いは凄まじい。
少し気の毒に思うが自業自得だと情は切り捨て、素麺を全て食べ、洗い物の手伝いをしたら、颯斗を引きずって行く。
その際、颯斗は最早悟りを開いたような表情だったが、慈悲は無い。
そこから5時間、僕たちが部屋から出てくることは無かった。
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日が傾き、レポートを終えることが出来たことが出来た僕は肩の力を抜いて、眉間を揉んで、颯斗を見ると、体力を使い果たし泥のように眠っていた。
その横には、解き終えて丸つけまで終わったテキストが2冊積まれていた。
僕はそっと颯斗をベッドに寝かせ、部屋から出る。
部屋の外には丁度、樋山さんが様子を見に来ていた。
「星巳君、勉強の方はどうですか?」
「まあ、このペースだったら間に合うと思う。中で颯斗が寝てるから後で労わってあげてくれ。」
そう言うと樋口さんは薄く微笑んで
「そうですか、星巳君もお疲れさまでした。後は私がやっておきますから。」
とのことなので、そのまま夕夏と一緒に朝守家を後にする。
夕方になり、ヒグラシが鳴く道を夕夏と手を繋いで歩く。
「夕夏、今日の晩御飯は何が良い?」
そう聞くと
「お兄ちゃんが作るのなら何でも嬉しいよ!」
と陽だまりの様な笑顔を浮かべてを答えた。
思わず、泣きそうになってしまったが、何とか堪える。
「…そうか、それじゃあお兄ちゃんも腕によりをかけて作るとするよ。」
そう言って、頭を撫でると、夕夏は心地よさそうに目を細める。
日が傾き紅く染まった空の元、僕は今日のスーパーの広告を思い出しながら晩御飯の献立を考えるのだった。
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補足コーナー&作者から皆様へ
・朝守 颯斗について…主人公の親友、小学校のころから付き合いがあって、仲がとても良い。宿題は小学1年生の頃からいつも提出ギリギリにやるせいで小学3年生の時、遂に親から見放され、主人公に泣きついた事が始まりである。
実は、かなりの実力を持つサッカー選手で無名の部を関東まで連れて行ったとんでもない選手である。
・樋山 心春について…サッカー部のマネージャーで颯斗の恋人。
ロングで清楚で誰にでも優しいなど、まさに男子の理想像的な少女だが、実は中学1年生の時は三つ編み、眼鏡で人付き合いの苦手な子だったが、颯斗の試合を見て一目ぼれをし、自分を変えようと一念発起して今に至る。
因みに、颯斗はどんな見た目でも彼女の事を愛している。
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皆様へ、遂に私生活が落ち着いてきたので更新頻度を戻していこうと思います。
お待たせして申し訳ございません。これからもよろしくお願いします。
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