第6話 邂逅

 放課後、俺はクラスメイト達に歓迎会をやらないかと提案を受けたが、久しぶりの学校で疲れた俺は今日のところは断ることにした。


 みんなが夏休みの出来事などの話題に花を咲かせているうちに帰ろうとしていた俺だったが、静川に呼び止められてしまった。


「新庄くん、ちょっと時間あるかな?」

「あるけど……、何か仕事でもあった?」

「そういうわけじゃなくて、クラスの実行委員が決まったら実行委員長に報告しないといけないんだ。でも、実は私、一人で上級生のところに行くのは緊張しちゃって……」

「なるほど。そういうことなら俺も行くよ」

「ほんと?新庄くんもいれば心強いよ!」


 別に俺はただついていくだけで、何かするわけでもないんだけどな。


――実行委員長の生徒がいるという三年のクラスの前に着くと、静川は興奮した様子で、しかし声のボリュームを下げて言った。


「見て、新庄くん!あの人が今年の文化祭実行委員長の先輩だよ!噂に聞いた通り、ホントにカッコいいな〜」


 静川は憧れを含んだようにそう言った。静川も十分リーダーシップがあって頼られる人間だろうに、そんな静川が憧れると言うのはどんな人物なのだろうか。


「ふーん、どれどれ……」


 しかし、静川の視線の先にいたのは、俺が予想していた高尚な人物像とはまるで真反対を行くような人物だった。


「静川さん……。あの人の苗字、知ってるか?」

「そういえば、名前しか聞いたことなかったや。確か、先輩だったかな」


 そう。そこにいたのは、俺の姉である新庄彩月だった。家ではラフな格好で堂々と家を歩き回り、時々俺に技をかけてくるあの姉貴だ。


 それが今や、まるでいいとこ育ちのお嬢様かと思うほど、誰にでも愛想を振り撒き、男女問わず一目置かれている存在として生活しているようだ。


 いや、マジで誰なんだアイツは……。もはや二重人格か別人の可能性を視野に入れたくなるほど違和感しかない。はっきり言って、気持ち悪いから近寄りたくない。


「静川……、俺、用事思い出したから帰――」

「失礼しまーす!」

「あ、ちょ、おい!」


 俺の制止を無視して静川は堂々と教室に入っていく。さっき一人だと緊張しちゃってとか言ってたのはどこのどいつだよ……。


「あら、あなたは実行委員の人?」

「はい!一年二組の静川暁音です!実行委員を選出したので報告に来ました!」

「ご苦労様。それで、男子の方の名前も教えてくれるかな?」

「はい、新庄亜蘭くんです!」

「あ、亜蘭!?」


 こっそり教室の扉の影から中に様子を窺っていたが、今の姉貴の驚いた顔は傑作だった。


「新庄さん、どうしたの?」

「い、いえ、なんでもないわ」


 姉貴の友人であろう人物が、姉貴の慌てぶりを見て心配して声をかけたようだ。そのまま猫被りがバレて仕舞えばいいのに。


「えーっとじゃあ、一年二組の実行委員は静川暁音さんと、新庄亜蘭くんということで記録しておくわね」

「はい、よろしくお願いします」


 二人はそこで会話を終え、静川は教室から出てきた。


「なんで来てくれなかったのかな〜、新庄くん?」

「いやぁ、これにはちょっとした事情が……」

「ふーん……。なんか彩月先輩に会いたくないみたいったけど、もしかして、元カノとか!?」


 この年頃の女子はすぐそういう色気付いた話に持って行こうとする。姉貴が元カノ?冗談でも、具合が悪くなってくるからやめてほしい。


「あの人は俺の姉貴だよ。別に仲が悪いってわけじゃないが、特別仲がいいわけでもないからな」


 実際、幼い頃から歳が一つしか離れていない姉貴とはよく喧嘩をしたし、何度も死の淵を見せられてきたからな。……ああ、思い出しただけで寒気がしてきた。


「なーんだ、そういうことかー。つまり、学校でお姉さんに会うのが恥ずかしいんだ!」

「はぁ、そういうことじゃないんだが……」


 まあ強いて言うなら、猫被りの姉貴は見ているだけで反吐が出そうだから会いたくはないな。


「それじゃあ今日はお疲れ様!また明日〜」


 静川はそう言いながら随分と楽しそうな様子で去っていった。いやほんと、何がそんなに楽しいのやら。


 さて、今日は初日で色々あったが、これでようやく家に帰れる。とりあえず、日本で再び始まる俺に学校生活が退屈しないようで何よりだ。



***



 私は、自分を変えた。それなのに、あの時お兄ちゃんに言われたことが未だに頭から離れない。黙って海外に旅立ってしまったお兄ちゃんは、もう私のことを本当に嫌いになってしまったのだろうか。


 そんなことを思いながら日々を過ごし、気づけば高校一年生の夏休みが終わっていた。新しい学期が始まって文化祭も目前に迫っている今、私は周囲の視線と期待に嫌気がさし始めていた。

  

 ――そんな時だった。


「そこの君、突然話しかけて申し訳ないんだけど、職員室の場所がわからなくて困ってるんだ。よければ教えてくれると助かるんだけど……」


 あれほど聞き慣れた、いつも一番そばにいてくれた人の声にすぐには気づかなかった。


 だってそこにいたのは、一年前のお兄ちゃんとはなんだか全然知らないカッコいい人に見えて、それでいて包み込んでくれるような暖かさと懐かしを感じさせる人だったから。


 お兄ちゃんは私に気づいていなかったみたいだけど、当然だよね。むしろ、今度は絶対に妹扱いなんてさせるつもりはないから、これでいいんだ。


 全力アプローチで、絶対に振り向かせてみせるんだから!


 


 ――この時の小日向葉音は、ライバルの存在をまだ知らない……。







ーーーーーーーー


 ここまでで、少し長めのプロローグが終了したといったところです。登場人物は大方出揃いまして、次回からタイトル回収に向けて物語を展開していきます!




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