第3話 いつも、楽しそうなくせに、実はそうじゃなかったんだ。


「まぁ、なにかまた、突拍子ないんだろうなぁ、とは、思いました。」



―――― 彼女は言った。

その目は、心から驚いているようにも、前からこうなることがわかっているようにも思えた。


彼女、つまりは 先草ちさと に、ここで待っていてほしいと言った後、

俺、つまりは 笹枝雅樹 は、家に走り帰って、昨日のうちに買っておいた

似たようで、微妙に違う、空色と言うよりは むしろ、マリンブルーとかに近いんじゃないかなぁという色の傘を取って来た。

――家が駅に近いとはいえ、往復10分かかった。それでも、彼女は、声をかけたその場から 一歩も動いていないように待っていた。





「この、空色の傘は 自分がもらいたい。でも、そうしたら君が困る。だから、ちょっと違うけど、これを代わりに使ってもらえませんか。」



―――― 一瞬、何を言い出したんだこいつは、また。と、思った。

だって、いくら予想がつかないとはいえ、予想どころか、この行動においては 動機までわからない。

しかもなんだって、中学生が英文を直訳したような言葉遣いなんだろう。

私は、彼の行動を予測するのが得意だったはずだけど、今回は、いくら、じっと傘を見つめていたとはいえ、どうにも予測不可能だったと思う。

いくら、ずっと彼を観察してきた私でも。




「別にかまいませんけど…。それ、名前書いてあったとおもうんだけど、それでいいの?というか、理由を聞く権利はあるよね?」



―――― 非常に丁寧に、言葉をひとつひとつ選ぶように、かなりゆっくりしたスピードで彼女は言った。

もちろん、理由は説明しなくてはいけないと思う。

なんたってかなり無茶苦茶なことをしているのだから。

でも、説明したいのは やまやまだけれど、実際のところ、よくわからない。

丁度、この傘を借りた日に、意味もなく駅で 止みそうにない雨が止むのを待っていたときのように。

自分は昔から、そうだった。

何かを見て、あー…あーゆーことしてみたいな。と思う。

だけど、そこに動機なんてない。




「話したいのは山々だけど、あいにく理由は持ち合わせてないんだ。残念ながら。」



―――― はて、これは、残念とかそういう類の話だっただろうか。

私はますます、今回の彼の行動の先が読めなくなってきた。

読むどころか、だんだんぼやけてくる。

知りたいことが、だんだん、でも確実にぼやけてくるなんて、初めてのことだった。

故に、私は多少、あせり始めていた。もちろん、自分では気付いていなかった。





「んと、ごめん、意味が分かりません。」


―――― ごめん、俺のほうがわからない。と言いかえそうかと思ったけど、やめておいた。



「…つまり……。傘ください。代わりにコレ使ってください。」


―――― それは 先ほど聞いた気がした。





「それは、わかりましたけど、なんでなのか教えてください。」


「だから、よくわからないんだってば。」


「私こそ訳がわかりません。」


「とりあえず、傘を受け取ってください。」


「理由が分からないのに受け取れるものですか。」


「そういわず。」


「いいえ、駄目です。」


「人の好意は 素直に受け取るべきですよ。先草さん」


「好意も何も、傘を交換する意味がわからないんです。」


「だから、俺・・・僕が、先草さんのこの傘がほしいってことです。」


「別に 俺 でかまいません。」


「あ、そうですか。ていうか、どうして敬語なんですか。」


「知りませんよ…。何で私の傘が欲しいんですか。色あせかけているのに?」


「それが、いいなって。」


「はあ?」


「先草さんが、この傘を気に入っているのだなぁって 伝わってきたから。」


「貴方は その 私が気に入っているであろう傘をもらおうとしているんですよ、笹枝くん。」


「わかってます。だから似たのを探してきたつもりです。」


「別に良いです、そんな古い傘と こんな 新しい傘を交換するなんて 牛とねずみを交換するようなもんですから。」


「先草さんって、面白い。中学の時から思ってたけど。」


「そうかな。面白いって言われたのは初めてです。」


「俺の行動を先読みできる人とは、少なくとも中学生になるまで出会わなかった。」


「知ってたんですか。先読みしてること。」


「昨日気付いた。」


「遅いですね。」


「…ごめん。」


「別に 謝ることじゃないです。」


「…昨日、初めて、気付いたんだ。あーそいえば。って。」


「…。」


「中学の時…いや、もっと前から。俺が突拍子もない行動とるから 変なヤツだって思われてたと思う。」


「わかってるんですか、自分が突拍子もないって。」


「一応…。で、そんな変な俺に流れで仲良くしてくれる人は沢山いたけど、逆らってきたのは 先草さんだけだった。だから面白かった。」


「…誰も止めないからって、危険なことはしないほうがいいと思います。」


「でも、やりたいって一度思うと、どうにもやってみたくて。」


「怪我したり、気失ったり、風邪ひいたりしてまで やりたいですか。」


「要するに、先見の明がなかったんだと思う。多分今も。」


「はあ。」


「先草さんは、俺と逆だなあって思って。先見の明があるから。」


「それは、笹枝くんの行動においてだけです…。」


「それに、俺は、自分の行動や、意思に、動機がなくて、なんとなくが多い。」


「うん。」


「でも、君は、好きとか、嫌いとか、そういう感情や動機があって、行動にもいちいち意味がある。」


「…そうでもないとおもうんだけど。」


「少なくとも俺にはそう見える。」


「はあ…」


「だから、先草さんの傘を ほしいなって、思った。相変わらず、このことに動機はないけど、なんか久しぶりに、何かを欲しいって思ったから。」


「…。なんでまた、それが私の傘なんでしょうね。」


「さあ・・、あ、ちなみに、先草さんの傘には、先草さんの名前が書いてあったんで、こっちの傘に俺の名前書いてみた。」


「……っほんっとに、訳わかんないよ、笹枝くんは…」


「…泣いてるの?」


「誰のせいですか。」


「え。俺ですか。」


「笹枝くんが、あまりにも訳分からないので 涙が出てきました。」


「え…」


「嘘ですけど。」


「は…?」


「嬉し涙です。気にしないでください。」


「うれしい時にも涙が出るの?」


「そうだね、本当にうれしい時に。」


「先草さんは、今本当に嬉しい?」


「うん。嬉しい。」


「何が?」


「内緒です。」

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