第2話 彼は私に、ここで待つように 言った。
多分、覚えてないんだろうなあ。
笹枝という人は、いつもいつもそうだった。
なにかいつも、ぼけらーっとしていて 時々意味の分からない行動に出たかと思うと
次の日反動で休んだりする。
それなのに、何故か勉強はとてもできるし、友達づきあいも上手という 本当によくわからないひとだった。
傘には、名札がついたままだった。
名札をつけるなんて、小学生か、ってよく突っ込まれるけれど
自分のものには名前を書きましょうっていうのが 癖になっている以上 仕方が無い。
そのおかげで、高校生になって2年とちょっと。
落とした物は すべて手元に帰ってくるので、無くしたものは全くナシ。
ただ、母親に 物騒な世の中だから、住所を書くのは止めろと言われたので、
名前だけに留めるようにしていた。
傘だけは、前につけたものがつけっぱなしになっていた。
私は 先草ちさと、という名前が 好きだったから、自分の名前を書くことが好きだった。
何にでも 必ず名前を書いていた気がする。
その癖で、今も、もらったプリントやシャープペンにまで 名前を書く始末。
トモダチは いい加減突っ込み飽きたみたいで、今は何も言わない。
高校生の今でもそうなのだから、もっちろん中学の時も同様に名前書きすぎ人間だった。
笹枝というひとと 初めて話したのは
彼が、ノートを配っている時だった。
そのノートは前々日に提出したもので、先生の点検が終わり返ってきたらしい。
それを彼は配っていた。
彼は言った。
「先草ちさとって、なんか 全体的に植物っぽい感じがする名前だね。」
可愛い名前、と 褒められたことはあったけれど、植物っぽいという感想は初めてだったので 多少驚いた。
だけど、別に悪意はこめられているようではなかったし、そうかな、と返答してみた。
「うん、なんとなく、だけど。」
私のノートを手に持って、ノートに目を向けたままで 彼は言う。
「笹枝くんも、十分植物っぽいと思うんだけど。」
私は、どちらかというと引っ込み思案で、自分の意見をはっきり言わない人間だったけれど
そのときは、スラリと言葉が出てしまった。
しまった、と思って 謝ろうとしたら
「そうかなあ。」
彼はつぶやいた。
私もつぶやいた。
「うん、なんとなく、だけど。ね。」
それから、2人でこっそり笑ってみたりした。
私と彼の関係といったら、こんなものだった。
友達とも言えない、と思う。
本当にただのクラスメイトだった。
彼は ああいう人だし、最初から 自分ごときの名前を覚えてくれているなんて思っていない。
あの傘は、お気に入りの1つだったけれど…
ま、我慢しよう。また、似たのを探しに行こう。
実は、前にもこんなことがあった。
前にも述べたように、彼は時々 訳のわからない行動に出て、その反動で次の日に学校を欠席することがあった。
訳のわからない行動というのは、毎回毎回 他人には予想のつかないようなものばかりで
例えば、真冬に、プールへ行ってみて、そこになんでか泳いでいた魚をよく見てみようとしたら、うっかり足をすべらせて風邪をひいたとか
(私は、どうして鍵がかかっているはずのプールに 彼が入れたのかが 未だにわからない。それに夏の前プールを掃除しても魚はいなかった)
例えば、将来の夢は「掃除」大臣になることだあーとかいうことを 屋上から叫んでみたら 屋上が思ったより高かったらしくて そのまま気絶しちゃったとか
(その後、彼の将来の夢がどう変化したのかは知らない)
中学生がやるとは 到底思えないことを、平気で、なおかつ自然にやり遂げてしまう人だった。
先生たちは勿論、彼の友達さえも、彼の行動を予想できたことはなかった。
それなのに、何故なのか。
私には、わかってしまったのだ。
ぼうっとしているようで、彼は確実に これから行こうとしている場所を見ている。
そして、大抵は 普通ではありえないことを、彼はやりたがったので
私は 常識の全く逆を考えた。
すると、大抵当たったのだった。
いくら彼が優秀とはいっても、あまり休みすぎて良い事は無いだろうと思ったので
自分の笹枝くん行動予報が当たるということを 自覚し、自信を持ち始めた頃から、さりげなく、彼の行動を阻止するようになった。
ある日、彼は、じぃっと、手すりを見ていた。
その手すりは、2階にある私たちの教室のベランダにある 動物園のオリのようなもので
多分、どんな学校であってもあると考えられるくらい、平凡な手すりだった。
私は、彼がそこで動物の真似ーとかいって 手すりをガシャンガシャンしそうだと思った。
そして、彼は高所恐怖症であるということを思い出したので さりげなく止めることにした。
止めるといっても、意図的だと思われては駄目だ。
だから、私は、彼の心身にかかわることのみ、止めることにした。
別に怪我も無いだろうと思われる馬鹿馬鹿しいものは 見てみぬふりすることにしていた。
「笹枝くん、ちょっとこれ 配るの手伝ったくれないかな・・。1人だと重くて。」
止めるといっても、これくらいだ。
でも、こんな程度でも 大抵、10分の休み時間を埋めるには十分だった。
いちど思い留めてくれれば、飽きっぽい彼は、次の時間までそれをおぼえてはいなかったから。
どんなことを、どんなときに頼んでも
彼は 嫌な顔ひとつせずに やってくれたのだった。
端から見ると、(彼を見張るため)常に彼を見ていて、(翌日反動欠席防止のため)何かある度に彼に物を頼む私は
彼に気があるように見えたらしい。
決して、そんな感情は無かったのだけれど。
ま。中学時代なんてそんなものだった。
多少嫌な気持ちもしたし、うっとうしかったけれど、大半の冷やかしは無視したし
クエスチョンには、いつも、ノーコメントォーと答えて、逃げた。
そんな風に冷やかされたりしていたのに、私たちはお互いに それ以上踏み込むことなく 卒業した。
今日、傘を貸したのも、あのままじゃ絶対、風邪ひくこと確実だったからだ。
この程度の雨だから…と思って、服は換えても身体を拭いたりはしないだろう。
だから。
翌日、とても良い天気だった。
それなのに、学校帰り、右手に傘を握り締めている人と出会った。
制服を着て、スポーツバックを方にかけた彼は、中学の時より大人に見えた。
「ちょっと、ここで待っていてくれない?」
こんにちは、も お久しぶり、も 思い出したよ、とか 挨拶は一切なしに 彼は言った。
私は、うなずいてみせた。
今回の事だけは、ちょっと、予想できなかった。
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