おもひで。
北の国のぺんや
第1話 それは きれいな空色で、自分には明るすぎて 恥かしかったことを覚えている。
どうしても、傘が必要なほどの悪天候でもなかった。
ただ、しとしとしと と、アスファルトの道路に 雨のしみこむ音がする。
それにまじって、小さな町の小さな駅の改札前で、誰か………親なのか、夫なのか、こいびとなのか、…に
携帯電話で連絡をとり、おそらく迎えを待っているひとたちの、息遣いや、ため息や くしゃみが聞こえた。
別にこのまま走っていっても 制服が濡れることや 鞄の中の教科書が多少歪むこと以外に損害があるかといえば、別にないし。
自分は男であるから、多少無茶苦茶さが見えても 問題ないと思う。
でもどうしてか、その日、俺は、小さな町の小さな駅の改札前で、止みそうにない静かな雨が 止むのを待っていた。
電車が到着するたびに、人が増えたり、減ったり そんなことが繰り返され
何度か見知った顔にも出会った。
そこで立ち話をしたりもしたが、長くても10分くらいであって 皆帰っていった。
一緒に帰らないか、と誘われたりもしたけれど
ひとを待っているから、と嘘をついて断った。
なんだあ、かのじょでもできたのか、と冷やかされたりもしたが、
まぁね、なんて 冗談で流したりして やりすごした。
本当のところ、自分がどうして ここに突っ立っているのかわからなかったから
どうしたんだ と きかれても、自分がわかっていないものだから、答えようがなかっただけなのだけれど。
1時間くらい、経った。
まだ、俺は 駅にいた。
止まない雨の音に耳を済ませて、 昼までは熱々に熱されていたアスファルトが 冷めていく音を そっと感じた。
そんなときだ、駅に一本の電車がやってきた。
どわどわと
人が降りてくる。
小さい町の小さい駅だけれど、その町には この駅しかなかったから 結構な使用量だった。
雨に阻まれ、帰路につけない人たちが、小さな駅の狭い改札前にたまり始めた。
流石に、窮屈で うっとうしかった。
熱気も出てきたので、いい加減嫌になって 俺は、駅を出た。
雨はまだ降っていた。
走りたくもなかったので のんびりと歩いた。
雨をはじく!がキャッチフレーズだったはずの、安い運動靴には、水溜りの水がシッカリと浸入してきて
おそらく、靴下はベショベショ。
もうすこししたら、靴の中に水がたまってきて、歩くたびにグショグショいう あの嫌な感触がやってきそうなくらいだった。
そんなときに、急に雨が止んで
不思議に思って、上を向いてみたら
そこには、すがすがしい青空が広がっている
ように見えた。
1人の女性が、俺との背の差を埋めるために 思い切り背伸びをして、傘をさしてくれていた。
女性というには早過ぎそうで、少女というには遅すぎる気がする、なんとも中途半端なひとだった。
そのひとは、俺と目が合うと
「風邪ひきますよ」
と、それだけ言って、空色の傘を むりやり俺の手に持たせた。
「あなたはどうするんですか」
と、きこうとした瞬間、その人は走り出し こちらが呆然としている間に 角を曲がって姿を消してしまった。
俺は、自分には少し明るすぎる空色に ちょっと引いたりもしたが
少なくとも それ以上は濡れる必要が無かった上に、彼女の名前と住所を知ることができたので まあ 良しとした。
それにしても、無用心な人だ。
普通、自分の名前と住所が記入された名札つきの傘を、他人に貸すだろうか。
しかも、自分は濡れて帰ったのだ。
世の中には可笑しな人がいるものだと しみじみ思う。
先草 ちさと
〇▼県 ●□町…
●□町って…ここじゃないか。あれ、結構ウチと近い…。
…?
ちさと、何か聞いたことがある気がする名前だな。
しかもなんだか、前にもこんなことが合った気がする。
なんだったのだろう。
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