第二四話
反攻作戦「フィンブルの冬」が成功裏に終わって一ヶ月。
対帝国戦が一段落したことで蔵人自身の政務にも余裕が出てきた頃、シルヴィアが新たな案件を持ち込んできた。
「戦勝記念パーティーの招待……?」
「はい。在ヴィ大使館経由で国務省に王国から招待状が届きました」
シルヴィアはそう言うと、蜜蝋で封緘された洋型封筒を差し出す。
「いくら何でも気が早すぎやしないか? 我々はともかく王国はまだ帝国と継戦中だろうに……」
内容に目を通した蔵人は封筒を机の上に置くと、身体を背もたれに預け呆れたように言う。
王国領からの帝国軍排除という戦略目標を達成したイーダフェルトとは違い、王国は帝国と国境の防壁要塞を挟んで睨み合いを続け予断を許さない状況が続いていた。
「主様の言うことも分かりますが、帝国から占領された領土を取り戻したことを誇示する必要があるのでしょう」
「それはそうだろうが……やっぱり出席しなきゃ駄目だよな」
「当然です。主様は帝国軍を撃退した軍を率いる国家元首なのですから」
「だよなぁ……」
シルヴィアからそう言われ、蔵人は気の乗らない声を漏らす。
文字通り蔵人が一から創り上げたイーダフェルトは他国と違い自身の権力を盤石とする宮廷工作をする必要がなく、蔵人自身も様々な人間の欲と策謀が蠢くパーティーに出席することを忌避していた。
「主様がこのような場を好まないことは理解しています。ですが、王国内で我が国の発言力を増すためにも出席された方がよろしいかと」
「それは分かっている。だが、ああいう場にいる連中の目がどうも苦手なんだ」
シルヴィアに諭された蔵人は、そう言って唇を尖らせる。
「今回のパーティーには私も出席します。私が傍にいれば、そういう輩への牽制にもなるでしょう」
「そうか。シルヴィが傍にいてくれるのなら安心だ」
そう嬉しそうに言う蔵人に対し、シルヴィアは複雑な笑みを浮かべる。
イーダフェルトの最終目標を考えれば他国での人脈構築を強く進言しなければならないのだが、蔵人から全幅の信頼を向けられることがシルヴィアは嬉しくもあった。
「出席するなら、小夜に警備計画の立案を命じないといけないな」
「小夜なら三十分後に、アッシュフォード議長と定例報告でこちらに来る予定です。話すならその時でも大丈夫でしょう」
「それもそうか。それじゃあ、国務省には出席する旨を伝えといてくれ」
「かしこまりました」
そう言って封筒をシルヴィアに返した蔵人は、机に積まれている書類を手に取りサインを書き入れ始める。
それから三十分後、執務室に数冊のファイルを持った小夜とアッシュフォードが入室した。
「堅苦しい挨拶は不要だ。早速、報告を聞かせてもらおうか」
蔵人がそう切り出すと二人は頷き、先にアッシュフォードが持参したファイルを蔵人とシルヴィアに差し出す。
「ルディリア大陸派遣軍は、その規模の縮小を完了しました。駐留を継続する部隊の詳細については、ファイルの五ページ目に記載しています」
アッシュフォードがそう言うと、蔵人は指定されたページを開き記載されている内容に目を通す。
「――随分と思い切った縮小だが、本当にこれで大丈夫か?」
目を通し終えた蔵人は、アッシュフォードにそう言って不安気な視線を投げる。
派遣している陸軍三個軍団のうち二個軍団、空軍と海軍も同じようにそれぞれの保有戦力を半数に減らされていた。
「国境要塞を奪還した現状であれば問題ないと判断しました。陸軍は機甲及び空中機動を主体とした部隊に再編し、空軍も戦闘爆撃機を中心に近接航空支援を行える部隊を残しています。再度帝国軍の侵攻が確認された場合は、機動防御にて対処することになります」
「ふむ……それで、肝心の帝国軍に動きは?」
蔵人が尋ねると、アッシュフォードは首を左右に振って見せた。
「帝国軍に動きはありません。国境付近には残存兵力と増援と思われる部隊の再配置が確認されていますが、その数は侵攻するには少ないものです」
「帝国軍も休養期間ということか?」
「そこのところは何とも……ただ、再侵攻の予兆が見られないのは確かです」
アッシュフォードの報告を聞きながらファイルを捲っていた蔵人は、とあるページが目に入り手を止める。
そのページには、偵察衛星が捉えたとある島周辺に停泊する大艦隊の衛星写真が貼られていた。
「アッシュフォード、敵艦隊にも動きはないのか?」
「はい。哨戒活動のため小型艦や哨戒艇は出入りしているようですが、主力艦は全くと言っていいほど動きはありません」
「ここまでくると、怪しいを取り越して不気味だな。連中は一体何を考えている……?」
「ご指示があれば、威力偵察として敵泊地に一撃加えることも可能ですが」
「敵が何かを企んでいるとしたら、迂闊に手を出すのは危険だ。現状は監視だけに留めろ」
「了解いたしました」
アッシュフォードが報告を終えて後ろに下がると、次に小夜が前に進み出て持参したファイルを差し出した。
「今作戦の損害ですが、戦死四一九名、負傷者六三三名との集計結果が出ました」
「......あれだけの規模の敵相手によくやったと言えるか?」
「はい。我が軍が受けた被害の大半は、敵のゲリラ戦術に嵌ってしまったことが原因です」
「敵も一方的にやられる馬鹿ではないか……再侵攻では、我が軍への対策も取ってくると仮定していた方がいいな」
詳細な報告が書かれたページに目を通しながら蔵人が言うと、小夜とアッシュフォードも同意するように頷く。
「王国領内の残敵掃討はどうだ? 遊兵化した帝国軍も多いと聞いていたが」
「現地部隊からの報告では、後一ヶ月で掃討を完了するとのことです。新生王国軍も経験を積んでいますし、掃討を免れた敵がいたとしても対処可能でしょう」
「わかった。総帥軍も任務を終えた部隊から順次、内地へ引き上げさせろ」
「かしこまりました」
「それと、王国から戦勝記念パーティーの招待状が届いた。俺とシルヴィアが出席するつもりだから警備計画の立案を頼む」
「そちらについても承りました」
蔵人の指示に恭しく頭を下げた小夜はアッシュフォードと共に扉まで下がると、再び一礼してから執務室を後にした。
* * *
戦勝記念パーティー当日。
総帥専用機から総帥専用ヘリ、専用車両と乗り継いでウィスデニア宮殿に到着した蔵人一行は、応接の間でオーフェリアと非公式な会談を行っていた。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、招待していただき光栄に思います」
務めて笑顔で形式的な挨拶を返す蔵人に、オーフェリアは何かを感じ取ったのか眉尻を下げて話始める。
「このような時ですから開催するのはどうかと言ったのですが、ロディアス宰相がこのような時だからと言って聞かなかったのです」
「お気になさらず。戦争の陰鬱な空気を払い飛ばすにもこのような催しは大切でしょう」
オーフェリアの言葉に、蔵人は内心の不満が表情に出てしまっていたかと慌てて首を振る。
「それと急で申し訳ないのですが、宰相からシノミヤ閣下にもお言葉をいただきたいと提案が出ているのですが」
「私の……ですか?」
「はい。と言っても、簡単な挨拶程度で構いません」
「それなら構いません」
蔵人がそう言うと、オーフェリアは安堵したように胸を撫で下ろした。
「陛下、そろそろお着替えの時間となりますので……」
「もうそんな時間ですか。では閣下、またパーティーの席でお会いしましょう」
アレクシアから声をかけられたオーフェリアがそう言って応接の間を出ると、蔵人やシルヴィアたちもパーティーで着る礼服に着替えるのだった。
* *
「イーダフェルトのドレスは美しいものが多いですな」
「確かに。あのような女性の美を活かすデザインは、社交界でも好意的に受け入れられるでしょうな」
戦勝記念パーティが始まり一時間程すると、これを機にお近づきになりたいと考える貴族や豪商が蔵人の許を訪れて美辞麗句を並べる。
特に服飾を扱う商人たちはシルヴィアや女性護衛官が着るイヴニングドレスに興味を示しており、イーダフェルトから輸入できないか聞いてくる者が少なからずいた。
「今回はシルヴィがいてくれるからか、厄介な縁談を持ってくる輩がいないな」
挨拶も一段落し、グラス片手に蔵人は呟く。
蔵人の隣にネイビーのイヴニングドレスと宝飾品で着飾ったシルヴィアが常に寄り添っており、傍から見ればさながら恋人同士のようだった。
「これを機に主様のパーティー嫌いも治ってくださるといいのですが」
「……それは難しい相談だな」
そう言って意地悪な笑みを浮かべるシルヴィアを見た蔵人は、少し顔を赤らめながらグラスの中の飲み物を煽る。
シルヴィアとそんなやり取りをしていると、近衛の制服を着た兵士が近づいてきた。
「ご歓談中失礼いたします。そろそろお時間となりますので、こちらへお越しいただけますでしょうか」
「もうそんな時間か。わかりました」
持っていたグラスを護衛官に渡した蔵人は、シルヴィアや他の護衛官を連れて近衛兵の案内で会場の前に移動する。
オーフェリアと蔵人が揃ったことを確認した典礼官が鐘を鳴らすと、それまで騒がしかった会場は静かになり全員の視線が会場前面に向けられた。
「皆様、今夜はこのような場を設けることが出来てとても喜ばしく思います。建国史上最大の国難に見舞われながらも我が国が今あるのは、ここにいらしゃるシノミヤ閣下のお陰であると言っても過言ではありません」
オーフェリアはそう言って隣に立つ蔵人を紹介すると、そのまま自分は一歩後ろへ下がる。
「ご紹介に与かりましたイーダフェルト総帥、篠宮蔵人です。本日はこのようなめでたい席に呼んでいただき光栄に思います。今後も我が国と王国が友好的な関係を築いていきたいと――」
蔵人が話し始めたとき、恰幅の良いひとりの男が人混みを掻き分けながら最前列に来ると懐から回転式拳銃を取り出した。
「王国に栄光を……!」
そう叫んだ男は、銃口を蔵人へ向けようとする。
「っ!? その男を取り押さえろ!」
「「「は、はっ!」」」
いきなりのことに固まってしまい初動が遅れた面々だったが、いち早く我に返ったウォルターズが部下に命じる。
その言葉で男の近くにいた護衛官たちが即座に動き、男から銃を奪い床に組み伏せた。
「は、放せ! この男を殺さねば、王国はダメになってしまう……!」
「この男を駐屯地へ連行しろ。尋問して背後関係を吐かせろ」
「――お待ちいただきたい」
護衛官にウォルターズがそう命じたとき、ローゼルディア王国宰相のロディアス・ドゥ・レスヴァントが待ったをかけた。
「この男は我が国の貴族。まずは我が国で取り調べをさせていただく」
「仰ることは理解できるますが、我が国の総帥が狙われたのです。まずは当事者である我々が取り調べさせてもらう」
「それは横暴というもの。まずは我が国を信用して男を引き渡していただきたい」
「話になりませんね。我が国の要人を狙った貴族のいる国を信じろと?」
ロディアスとウォルターズが一触即発の空気となり、周りにいるパーティーの出席者たちも固唾を飲んで事の成り行きを見守る。
そんな中、男が取り押さえられている反対側からひとりのメイドが貴族たちの間から回転式拳銃を蔵人に向けた。
「――主様ッ!」
周囲に警戒の視線を巡らせていたシルヴィアは偶然にもそのメイドの姿が目に入った瞬間、そう叫んで蔵人を抱き込む。
シルヴィアの動きとほぼ同時、乾いた音共に放たれた銃弾はシルヴィアの背中を貫いた――
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