第二三話
帝国軍の抵抗を排除しながら前進を続けるイーダフェルト派遣軍第1軍団。
第1軍団の中でも主力として中央部に配置された第2機甲師団は、各機甲旅団戦闘団を帝国軍の大部隊が集結しているとされるオルクス目前で待機していた。
「オルクスね……」
21/2機甲旅団戦闘団第1諸兵科大隊第1戦車中隊長の真崎中尉は10式戦車の車長用ハッチから顔を出すと、双眼鏡を目に当て丘陵地帯の方に向ける。
丘陵を越えた反対側には初戦で王国軍が構築した塹壕を流用した防衛線の存在が確認されており、先程から旅団戦闘団の野戦砲兵による砲撃が開始されていた。
「この砲撃で粗方吹き飛んでくれれば楽なんだがなぁ」
そうぼやいた真崎は戦車から降りると、各小隊長たちを集め砲撃後の展開について簡単なブリーフィングを開いた。
「散々確認したと思うが、これが最後だからしっかり頭に叩き込め。現在行われている砲撃終了後、我が中隊は丘陵を越えて敵防衛線に肉薄、突破する。その後は後方にあると思われる敵司令部を一気に突く」
「中隊長、敵の防衛線は事前情報から変化あるのでしょうか?」
話を聞いていた第2小隊長が尋ねると、真崎は首を横に振った。
「ドローンを用いた事前偵察では、帝国軍防衛線に変化はないとのことだ」
「では、戦車等の重装備も?」
「確認されていない。どこかに隠しているという可能性もあるが、連日の空爆でその数も微々たるものだろう」
「だとしても少々不気味です。流用できる陣地があるとはいえ、こんな場所では狙ってくれと言っているようなものでしかない」
他の小隊長の発言に、聞いていた全員が同意の意を示す。
帝国軍の防衛線は丘陵の麓から少し離れた位置に二重の塹壕があり、第二塹壕線後方に砲兵陣地が構築されているものだった。
「塹壕の他に反斜面陣地に近いものを作られていたら厄介だな」
「確かに。帝国軍が意図して構築しているとしたら、キルゾーンに入ってしまえば我々はまな板の上の鯉同然だ」
小隊長たちが真剣に話す姿を満足そうに見ていた真崎は、軽く咳払いして全員を注目させた。
「諸君らが慢心していないことは大変結構。実際、帝国軍はこれまで温存してきた主力をぶつけてくるだろう。各小隊は油断せず作戦を遂行するように」
「「「はっ」」」
真崎はそう締めくくりブリーフィングを解散させると、作戦開始を待つ自身の車輌を見る。
戦車中隊に配備されている10式戦車はM1A1 SEPV2に準じた改修が行われており、車長用と砲手用ハッチには防弾シールドが設置されるなどより実戦に即したものになっていた。
「迫水、エンジンの調子はどうだ?」
「ご機嫌ですよ。攻勢が始まれば、しっかりと敵防衛線を突破してくれるはずです」
「そうか。それは心強いな」
操縦手の迫水兵長の言葉に頷いた真崎は、車体を上り砲塔内に身体を滑り込ませた。
周囲で同じように待機していた隊員たちも戦車に次々と乗り込み、エンジンを始動させると辺りにディーゼルエンジンの音が響く。
『ケルベロスより各隊へ。最終弾着……今ッ!』
『大隊本部より各中隊へ通達。状況を開始せよ。繰り返す、状況を開始せよ』
「フェンリル1了解。中隊、前へ!」
大隊本部からの命令に真崎がそう告げると、第1戦車中隊に属する十四輌は真崎車と副隊長車を後ろに置いた横隊の形を取り丘を上り始める。
真崎が左に目を向ければ第2戦車中隊が同じように横隊で丘を上り、その後方から完全武装の歩兵を乗せている89式装甲戦闘車が続いていた。
「こちらフェンリル中隊、丘の頂上に到達。敵影は見えず。続けて敵防衛線に突入する」
「グラニ中隊、同じく突入する」
丘の頂上に帝国兵の姿がないことを確認すると、第1、第2戦車中隊は裾野を下り不気味なほど静かな帝国軍の塹壕に向かう。
「なぜ攻撃がない……?」
帝国軍からの反撃が一切ないことに違和感を覚えたが、第1戦車中隊は砲撃によって半壊状態となった第一塹壕戦に突入した。
「――目標、二時方向の機関銃陣地。弾種、対榴」
「了解」
塹壕の一画に機関銃らしき兵器の姿を認めた真崎が命令すると、砲手はタッチパネルで多目的対戦車榴弾を選択し砲塔を旋回させる。
「用意よし!」
「撃……射撃待て! 射撃待て!」
発砲を命じようとした瞬間、真崎は陣地の違和感に気が付き慌てて命令を取り消す。
直後に各中隊を停止させた真崎は、ハッチから顔を出すと目の前の塹壕に双眼鏡を向けて愕然とした表情を浮かべた。
「フェンリル1より大隊本部。塹壕は空だ。誰もいない」
「大隊本部よりフェンリル1。どういう意味だ? 詳細を報告せよ」
「そのままの意味だ。我々が帝国軍陣地だと思い込んでいた塹壕はダミーだ。帝国兵どころか兵器ひとつ置かれていない」
真崎の目の前に広がる塹壕の中にあったものは、帝国兵の軍服を着せた藁人形と木で作られた機関銃や砲の模型だった。
『なっ……』
予想を超えた報告に、通信相手の本部幕僚は絶句する。
「大隊本部、以後の指示を請う。我々はこのまま前進を続けるのか?」
『――各中隊は後退せよ。再度周辺偵察を実施し、敵主力の位置を特定する』
「了解。各車、聞いた通りだ。一度丘まで後退――っ!?」
大隊本部の命令を受け車内に戻った真崎が部下たちに指示を出していた途中、車内を鈍い音と衝撃が襲った。
「どうした!?」
「敵です中尉殿! 十時方向に野砲陣地らしきものを確認」
砲手用照準潜望鏡で周囲を確認した砲手からの報告に、真崎も車長用照準潜望鏡を言われた方向に向けると言葉を失った。
モニター画面に映るのは、掩蓋を取っ払いこちらに砲口を向ける野砲陣地。
帝国軍はダミーで構築していた塹壕の周りに中隊規模が収容できる壕を多数掘り、掩蓋の上に土を被せこちらの偵察の目を誤魔化していたのだった。
『こちらロヴァル。中隊後方にも敵の壕が出現! か、囲まれた!』
『フェンリル8よりフェンリル1へ、壕に嵌った! 我、行動不能!』
『ヴェルより戦車中隊へ。砲に狙われている! 早くあいつを破壊してくれ!』
真崎車への砲撃を皮切りに擬装陣地が次々と姿を現し、奇襲にも等しい事態に各中隊は一気に混乱状態に陥った。
帝国軍は戦車もタッグインさせており、比較的装甲の薄い89式装甲戦闘車が狙い砲塔を動かす。
砲火から逃れようと各車輌が勝手に動き始めると、帝国兵が詰める壕へと落ちてしまい行動不能となるものも出始めた。
『敵歩兵が肉薄してくるぞ! 近づけるな!』
『連装銃撃て! 撃て!』
「落ち着け! 各隊方陣を組み防御隊形。肉薄してくる敵歩兵については僚車と連携しながら対処せよ」
真崎の一喝を受け混乱していた各中隊も落ち着きを取り戻し始め、動ける車輌は方陣を組むと向かってくる敵歩兵や陣地に向けて反撃を開始する。
89式装甲戦闘車に乗車する隊員たちも、ガンポートからの射撃や戦車や装甲戦闘車の車体に身を隠しながら肉薄しようと突撃する帝国兵たちに射撃を浴びせ続けた。
「目標、八時方向の野砲陣地。弾種、対榴!」
「照準よし」
「撃て!」
真崎たちの戦車も目に入った敵陣地を片っ端から潰していたが、そんな中で僚車から焦った声で急報が入る。
『十一時方向より敵機甲兵器が出現!』
報告と同時にデータリンクを介して車長用モニターに敵機甲兵器の情報が表示される。
他の陣地と同様に地中に隠れていた機甲兵器は、穴から姿を現すと土を振り落としながら方陣を敷く第1戦車中隊に近づく。
「次目標、敵機甲兵器。弾種、徹甲」
「徹甲装填。照準よし」
「撃て!」
撃ち出されたタングステンの弾芯は、腕部に搭載したの火砲をこちらに向ける機甲兵器の胴体部に命中し巨大な穴をあける。
他の車輌も近づく機甲兵器に対して砲撃を行い、帝国軍虎の子の機甲兵器部隊は10式戦車に損害を与えることなく全滅した。
「敵の攻撃も弱まり始めた。ここから反撃に転じるぞ!」
真崎がそう言うと、中隊は方陣を解き徐々に壊走し始めた帝国軍の追討を始めた。
* *
「閣下、敵が反撃に出てきましたぞ」
「むう。今回の策ならば敵を打ち破れると思ったが……」
迎撃陣地から数キロ離れた地点に設けられた帝国軍指揮所。
単眼鏡で前線の様子を伺う幕僚の言葉に、閣下と呼ばれたゴードン・シャルク中将は苦い表情を浮かべながら呻いた。
「こうなれば仕方ない。砲撃を開始せよ」
「で、ですが今のままでは味方を巻き込んでしまうことに……」
「もとよりそれも考慮した作戦である。敵に打撃を与えるには肉を切らせて骨を断つ戦術を取るしかないのだ」
驚愕する幕僚にシャルクはそう冷たく言い放つと、再度別の陣地で待機する砲兵に砲撃を命じた。
「敵は兵器の性能に胡坐をかいている連中と考えていたが、当てが外れてしまったな」
「はい。敵に関する情報を集めきれなかったことが悔やまれます」
そう話している間にも司令部から離れた位置に展開した砲兵による砲撃が開始され、方陣を敷く敵部隊の周囲に次々と土柱が立つ。
その中には敵に肉薄しようとしてた帝国兵の姿もあったが、砲兵はそんなことに構うことなく砲弾を放ち続けた。
「これで一時でも敵が退いてくれれば御の字だが……」
シャルクがそう言った瞬間、ヒュウゥウウウという滑空音の後に砲兵陣地付近で爆発音が響く。
砲兵部隊を襲ったのは対砲兵レーダーによって陣地の位置を特定した第21機甲旅団戦闘団に所属する野戦砲兵中隊による効力射だった。
「馬鹿な……」
これまで隠し通してきた虎の子である砲兵部隊を一瞬で喪失したシャルクは、唖然としたまま暫く言葉を発することが出来なかった。
「はは。最後の戦力も失ってしまったか……こうなれば華々しく敵に突撃をするしか――」
「報告! 後方より敵の新手が出現!」
「何っ!?」
伝令の報告にシャルクが慌てて振り向いた瞬間、目の前が閃光に包まれ浮遊する感覚を最後に意識が遠のいていく。
それは指揮所後方に回り込んだ第18ストライカー旅団戦闘団が装備するM1129ストライカーMCから発射された120ミリ迫撃砲弾の爆発。
辛うじて直撃を避けられた帝国兵たちは呻き声を上げながら退却しようとするが、間髪を入れずに突入してきたM1126ストライカーICVから降車した歩兵によって無力化されるか捕虜となった。
その後も散発的な戦闘はあったものの二時間程度でそれも収束し、開戦当初六十万という兵力を誇ったローゼルディア王国侵攻軍はここに壊滅したのだった。
* *
ルディリア大陸から離れたイーダフェルトの総帥危機管理センターでは、蔵人を含めた国家安全保障会議のメンバーが固唾を飲んで戦況を見守っていた。
「アッシュフォード統合参謀本部議長及びレイトン・クラーク国防情報局長、入られます」
入口を警備する総帥軍士官がそう告げると、扉が開かれアッシュフォードとその後に続いて女性将官が入室した。
「総帥閣下、王国領内に侵攻した全帝国軍の撃破が完了いたしました。以降は、各方面に散った残敵の掃討へと移行いたします」
「ご苦労だった。と言いたいが、まだ最後の仕事が残っているのではないか?」
蔵人がそう言ったのも、侵攻軍の総司令部があるルーヴェスト防壁要塞の奪還が残っているからだった。
アッシュフォードはその言葉に曖昧な表情を浮かべると、背後にいる将官に前へ出るよう促す。
「お初にお目にかかります。国防情報局長のレイトン・クラーク陸軍中将です」
「国防情報局? ということはルーヴェスト防壁要塞に何か動きがあったのか?」
蔵人が尋ねると、クラークはコンソールを操作するオペレーターに事前に送付していたデータを
正面の大型モニターに表示するよう指示を出す。
大型モニターに映し出されたのは、ルーヴェスト防壁要塞を映した二枚の写真だった。
「右が五日前、左が一時間前のルーヴェスト防壁要塞周辺を偵察衛星が撮影したものになります」
説明を受けて二枚の写真を見比べた蔵人は、怪訝な表情を浮かべる。
「どういうことだ? 要塞周辺に展開していた帝国軍がいないじゃないか」
「はい。五日前まではルーヴェスト防壁要塞周辺には最低でも三個師団程度の部隊が展開が確認されていました」
クラークはそう言うとポインターで右の写真を指し示した。
そこには宿営用の天幕や野砲陣地などの存在を見ることが出来たが、左の写真にはそれら一切がなくなっていた。
「防壁要塞周辺の他に防壁要塞にも帝国軍の姿が確認出来ていません。国防情報局の見解では、帝国軍は帝国本土へ撤退した可能性が高いとみています」
「戦わず防壁要塞を放棄したと? 我が軍を誘き出すための罠ではないか?」
「総帥閣下の仰る可能性も捨てきれませんが、防壁要塞及びその周辺に潜む帝国軍部隊の存在は確認されておりません。また、帝国の侵攻艦隊主力にも動きは見られないため罠という可能性は低いかと思われます」
「……」
敵の意図が読めず黙り込む蔵人に、クラークと立ち位置を入れ替わったアッシュフォードが話しかける。
「総帥閣下、我々としてもこの機を逃したくはありません。当初の予定より早いですが、ルーヴェスト防壁要塞まで部隊を動かしたいと思います」
「可能性は低いが、罠だとしたら危険ではないか?」
「そのための支援体制は万全に整えさせてあります。この機を逸し、増強された帝国軍が再び防壁要塞に入れば我が軍の被害も増えるでしょう」
「……わかった。ルーヴェスト防壁要塞の奪還に取り掛かれ。ただし、帝国領への侵攻はするなよ」
「心得ております。それでは今後の準備がありますので、これにて失礼いたします」
アッシュフォードはそう言うと、クラークを連れて危機管理センターを後にする。
それから三日後、整備と補給を終えた第1軍団がルーヴェスト防壁要塞へ進撃したが、予想通りルーヴェスト防壁要塞とその周辺に帝国軍の姿はなく血を流さず要塞の奪還と帝国軍の王国領内からの排除を達成したのだった。
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