第二一話

 港湾都市セーヴィルの占領から二日後。

 薄暮に覆われた空をUH-72Aラコタの三機編隊を先頭にして、AH-64EやUH-60M、CH-74Fといったヘリコプターの大集団が西に向かって飛んでいた。

 それらの機体に搭乗するのは、セーヴィルに増派された第101空挺師団第三旅団戦闘団第一大隊の兵士たち。


『目標到達まであと五分……』


 彼らに与えられた任務は、セーヴィルから北西三十キロの位置に存在する航空基地の制圧。

 初戦の空爆で無力化された同基地だったが、一週間前から人型兵器を含む連隊規模の部隊が進出し復旧作業が行われていることが確認されていた。

 また、セーヴィルと基地の間には幹線街道が通っており帝国軍中央部隊の退路を断ち、今後に控えているルーヴェスト防壁要塞攻略の前線基地として使用するにも占領が必要な要所だった。


『カーディナルより各機へ。攻撃態勢を取れ』


 指揮統制機からの命令に、各ヘリコプターに搭乗する兵士たちは自分たちの持つ銃火器に初弾を装填する。


「これだけのヘリがいるんだ。『ワルキューレの騎行』ぐらい流してほしいもんだな」


 UH-60Mのキャビンの外に足を放り出している兵士の言葉に、聞いていたほかの乗員も笑みを浮かべて頷いた。


「確かに。だが、うちの隊長はキルゴア中佐みたいに狂人じゃないからな。サーフィンもお預けだぜ」

「バカ。そもそも海も川もねえよ」


 戦闘が迫っているとは思えない軽口を兵士たちが叩きあっていると、自機の前を飛ぶAH-64Eのスタブウィングが煌めく。

 航空基地に複数ヶ所ある対空陣地の人型兵器に向けて放たれたヘルファイアミサイルは、寸分違わず操縦者がいない起動前の人型兵器に破壊をもたらした。


『対空兵器の破壊を確認!』

『全機、目標上空へ突入せよ……!』

 その瞬間、全ヘリコプターが速度を上げて黒煙が燻ぶる航空基地上空に突入する。

 突如上空に現れたヘリコプターの大集団に、復旧作業中だった工兵は慌てふためき銃火器を手にした帝国兵たちが入れ替わるように基地内を走り回る。


「て、敵襲ぅ! 敵ガッ――」

「戦闘配置! 戦闘配置! 敵は離発着上に降りる可能性あり!」

「工兵は退避! 退避しろー!」


 歩哨に立っていた兵は小銃の短連射で射殺され、機関銃が設置された見張り台はAH-64Eのハイドラ70ロケット弾により爆散する。


「遠慮はいらん! 撃ちまくれ!」


 UH-60Mに搭乗する分隊長がそう叫ぶと、兵士たちは小銃や軽機関銃を撃ち始める。

 三機編隊で飛び回るヘリコプターは、UH-72Aや指揮統制機の指示を受けながら配置につこうとする帝国兵に銃弾の雨を降らせ動く目標を殲滅していった。


『シーカー01からカーディナルへ。人型兵器の格納エリアに向かう小集団あり。兵器のパイロットと思われます』

『クロイツ03攻撃しろ。連中を絶対に辿り着かせるな』

『クロイツ03了解』


 指揮統制機からの命令を受けたクロイツ03ことAH-64Eは、UH-72Aから報告を受けた位置に向かうと走る集団に向けてロケット弾を発射した。


『目標の殲滅を確認』

『よくやった。帰ったら一杯奢ってやる。』

『シーカー02よりカーディナルへ。目標地点の周囲に敵影なし』

『ビショップ各機は目標地点に降下。LZを確保せよ』

『了解。ビショップ31、ビショップ32目標上空に侵入します』


 事前に定めていた離発着場の一画から敵が一掃されると、機内に完全武装の兵士を満載したCH-47Fの後部ランプから二本のロープが垂らされた。


「行け! 行け! 行け! 前の奴に遅れるなよ!」

「LZ周囲を確保。敵影の姿は見えず。後続の部隊も降下されたし!」


 地上の安全を確保した第一陣からの報告に、上空で襲撃を続けていたUH-60Mも順番に兵士たちを降ろしていく。


『第一中隊は格納庫方面。第二中隊は天幕方面の制圧にかかれ』

「了解。敵はまで基地内にいる。油断するな」


 指揮統制機からの指示を受け、中隊ごとに集結した兵士たちは目標の制圧に向けて動き出す。

 離発着場には初戦で撃破された航空艦の残骸や復旧のために用意された資材の山などが放置されており、兵士たちが身を隠しながら移動するには好都合だった。


『こちら第三小隊。敵部隊と遭遇。抵抗は軽微』

『第二小隊、敵部隊と交戦。一名負傷なれど軽傷のため行動に支障なし』


 無線機からは格納庫方面に向かった第一中隊からの通信がひっきりなしに入り、至る所から双方の銃撃音が聞こえてくる。


「ここを進めば目標の小屋だ。一帯は敵も陣を敷いているだろう。油断だけはするな」


 事前の航空偵察により他よりも立派な小屋を司令部ないし重要施設と推測した大隊司令部は、一個中隊を差し向けて制圧を企図していた。

 狙い撃たれぬよう遮蔽物に身を隠しながら進み目標の近くまで来たとき、銃弾が金属に当たった甲高い音が響く。


「撃ってきたぞ! 全員、散開せよ!」

「こちら第二中隊。制圧目標付近にて敵部隊と交戦」

「応射だ! 応射しろ!」


 航空艦の残骸に身を隠した中隊長は、通信兵の担ぐ無線機で指揮統制機に報告しながら部下たちに指示を出す。


「迂闊に身体を出すな!」

「クソッ。連中、機関銃を設置していやがる」


 身を隠しながら応射する兵士の一人が呻いた。

 小屋の周囲に積まれた土嚢を防衛線とした帝国軍は、数挺の機関銃を据え付けて近づくイーダフェルト兵に向けて弾丸をばらまく。


「目標前面に機関銃陣地を含む複数の陣地があり前進を阻まれている。航空支援を要請する」

『了解。クロイツ04、第二中隊の支援に回れ』

『了解』


 要請からしばらくすると、一機のAH-64Eが敵防衛線の上空でホバリングし機首下部に搭載する30ミリチェーンガンの銃口を下に向ける。

 一瞬の間をおいて撃ち出された30ミリ砲弾は陣地の周囲に降り注ぎ、帝国兵たちには自分たちに何が起こったのか理解する暇もなく肉塊へと変えられた。


「擲弾、撃て!」

「突撃! 一気に敵防衛線を突破しろ!」


 ダメ押しとばかりに小銃に装着された40ミリグレネードが投射され、爆発と同時に身を隠していた兵士たちが一斉に走り出す。


「帝国に歯向かう者に死を……!」

「甘いっ!」


 土嚢を飛び越えた兵士たちに生き残った帝国兵が銃剣を突き出してきたが、それを軽くいなした兵士は逆に自分の小銃に着剣した銃剣を深々と突き刺す。

 他の陣地でも生き残った帝国兵たちによる反撃が行われたが、抵抗空しく小銃の短連射や近接格闘によって躯を晒すことになった。


「目標の全周を包囲しろ!」

「中から撃ってくる可能性もある。迂闊に近づくな!」


 防衛線を突破した中隊は据銃のまま小屋の全周を取り囲むと、反撃を警戒しながら包囲の輪を徐々に狭めていく。


「焦るな……ゆっくりだぞ……」


 小屋まであと数メートルに迫ったとき、数発の銃声が小屋から響いた。

 これを敵の反撃と判断した兵士たちは伏射の姿勢を取り応射するが、小屋からの反撃はなく全員が困惑した表情を浮かべる。


「――扉を破れ」

「はっ」


 蹴破られた扉から待機していた兵士が雪崩れ込むと、一分もしないうちに制圧完了が小屋の中から報告される。

 中隊長も小屋の中に足を踏み入れると、指揮台の周囲に頭部から血を流した将校たちの死体が転がっていた。


「全員の死亡を確認しました」

「やはり自決か……通信、指揮統制機に報告。目標施設を制圧。敵司令部要員は全員自決、だ」

「了解」


 それから一時間経たずに残存する敵部隊の掃討が完了し、航空基地には増派された工兵部隊による復旧と拡張が開始された。

 また航空基地占領から遅れること三時間後、セーヴィルを出撃した第12海兵連隊が幹線街道を掌握し敵中央部隊の退路を完全に断つことに成功したのだった。



*      *      *



 帝国軍との激闘が続くルディリア大陸とは違い、イーダフェルト本土は軍事地区を除いていつもと変わらぬ平穏な日々が流れていた。


「主様、次はこれらのご確認もお願いいたします」

「また追加か……」


 総帥執務室で政務に取り組んでいた蔵人は、シルヴィアが持ってきた書類の束にげんなりとした表情を浮かべる。

 広々とした机の上にはすでに書類の束が積まれており、今シルヴィアが追加したものを合わせてちょっとした紙の塔が建設された。


「国家元首の仕事が楽じゃないのは理解しているが、この量はどうにかならないものかな」


 書類の内容を精査し、問題がなければ自分のサインを書類に書き入れる。

 転生時の特典なのか蔵人の事務処理能力には目を見張るものがあり、建設された紙の塔は徐々に高さを減じていった。


「シルヴィ、少し休憩してもいいかな?」

「そうですね。書類の方も今のが最後ですので、次の予定まで休憩にしましょうか」


 執務机の目の前に置かれた応接セットで同じように事務処理をしていたシルヴィアがそう言うと、蔵人は万年筆を置き座ったまま大きく伸びをする。

 その間に角盆を持った秘書官が入室し、蔵人とシルヴィアの前に茶菓子と紅茶の入った磁碗を置いて退室した。


「しかし、最近は持ち込まれる書類の量が一段と増えた気がするが……」

「仕方がありません。ここ最近は国家方針に関する案件が増えているため、どうしても主様の決裁が必要なのです」


 行政官庁から持ち込まれる案件の大部分は統括役である総帥府の職員たちによって処理され、どうしても総帥の裁可を得なければならないものだけを蔵人に上げることで負担を軽減する仕組みになっている。

 だが、短期間のうちに王国との同盟締結や帝国との開戦など国家方針に関する案件が増加したことで蔵人自身の負担も増していた。


「それでも主要な部分はシルヴィたちが担当してくれているおかげで、俺はお飾りのようなものだな」

「そのようなことを仰らないでください。主様は私たちにとって唯一無二のお方なのですから」


 その後もシルヴィアと他愛のない話をしていると、卓上インターフォンの呼び出し音が鳴る。


「何だ?」

『面会予定の方がお越しになりました』

「わかった。通せ」


 短いやり取りを終えて通話が切れると、扉が開き先に秘書官が入室する。


「統合参謀本部議長グレース・アッシュフォード閣下、お見えになりました」


 蔵人が頷いたのを見た秘書官が入室を促すと、アッシュフォードが一礼して蔵人のいる執務机の前で直立不動の姿勢をとった。


「早速、戦況を聞かせてもらおうか」

「はっ」


 蔵人から言われたアッシュフォードは、持参したファイルを蔵人に差し出す。


「当初の計画どおりセーヴィルの占領及び幹線街道の掌握を完了しました。これにより帝国軍中央部隊は完全に退路を断たれた形となります」

「それは朗報だな。それで、肝心の中央部隊包囲の進捗はどうだ?」

「北部及び南部軍が包囲に向けた機動を続けております。両軍とも帝国軍を撃破しつつ、両日中にも包囲網は完成する予定です」


 渡された資料に記載されている戦況図を見た蔵人は、満足そうに頷く。

 初戦の空爆で帝国軍は重装備のほとんどを喪失しており、戦車等の装甲戦闘車輌を先頭に押し立てて進攻してくるイーダフェルト軍に成す術なく殲滅されていた。


「敵中央部隊の動きは?」

「我が中央軍と航空部隊の動きに警戒しながら、前線を下げ戦力の温存を図っているようです」

「まあ、賢明な判断だな。ルーヴェスト防壁要塞からの増援到着を待って再度反撃に転じるつもりだろう。その増援の状況は把握しているのか?」


 蔵人の問いかけに、アッシュフォードは少し戸惑いの表情を浮かべる。


「どうした……?」

「それが……ルーヴェスト防壁要塞に増援を出す動きは見られません」

「何……? 増援をすでに出しているという可能性もないのか?」

「はい閣下。偵察衛星及び航空偵察で周囲の確認を実施しましたが防壁要塞の周囲に展開するのみで、前線への増援の兆候は見られませんでした」

「敵の指揮官は状況をよっぽど楽観的にみているのか、それとも中央の部隊だけでこちらの攻勢を跳ね返す勝算があるのか……」


 アッシュフォードからの報告に、蔵人は帝国の真意を測りかねているのか椅子に深く腰掛けて腕を組んだまま天井を仰いだ。


「まあ、幹線街道はこちらが握っているんだ。よっぽどのことがない限り対処は可能だろう」

「はい」

「それならいい。だが、防壁要塞の監視は怠るな」


 蔵人はそう言うと、再び資料にある戦況図に視線を落とす。


「今の予測でいい。帝国軍とぶつかるとしたらどの地点になりそうだ?」

「敵の集結状況などを考えると、オルクス周辺ではないかと」

「オルクス……王国軍主力が壊滅した場所だな」


 決戦の予想地点を聞いた蔵人はその地名を呟くと、皮肉な笑みを浮かべアッシュフォードに視線を向けた。


「勝てるんだろうな?」

「我が軍に抜かりありません。必ずや帝国軍を殲滅して御覧に入れます」

「わかった。期待している」


 蔵人の言葉に力強く頷いて見せたアッシュフォードは、扉の近くまで下がり一礼して執務室を後にするのだった。

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